第9話
うららかな春の日差しが差し込む車内で、フィオはあくびをかみ殺す。
「どこへ行くんですか?」
「首都さ。ちょっくら用があってな」
移動を開始してしばらく経ち、フィオが唐突に尋ねた。
「待ち合わせだよ。『教授』とのな」
「『教授』ですか……?」
「そう、今でこそ本物の教授だけど、昔はただのあだ名だった。古い馴染みでな。しばらく会ってなかったが、歴史や文化に関する知識は本物だ」
「……人攫いにしては妙な伝手を持ってるんですね」
「人攫いは否定しねえけど、これでも一応自力で金稼いでる大人だぜ? 実力は勿論だが、コネもなきゃやってけねぇのは社会じゃ常識だよ」
フィオの探るような目。
相変わらず人を疑っている事を隠しもしないのは、素直さ故か世間知らず故か。
その幼さを好ましく思いながら、だけど今度こそ悟られまいとポーカーフェイスを貫く。
「シドーが学者と縁のあるような、真っ当な職に就いているとは思いませんでした」
納得いかない。嘘臭い。そんな表情だった。
「そう言えば聞いていませんでしたが、仕事は何をしているんですか? 誘拐犯、お宝を探す、ナンパ師、少しだけ喧嘩が強い。どうも共通点が日陰者くらいしか思い当たりません」
「ふっふっふ、その中に正解がある。何を隠そう俺はトレジャーハンターさ!」
「…………」
「わ、ちょっ、待った、タンマ! やめて! その、もう何も信じないと言わんばかりの冷めた視線はやめて!」
穏やかな昼の陽気が一気に氷点下まで下がるほどの、冷めきった視線だった。
僅かでも期待した自分が馬鹿だったと、もう二度と誰も信じないと言うかの如き表情。
少しくらいは信頼を得た気になっていたが、どうやら気のせいだったようだ。
それにしても、真面目に言ったのになぜ……。
「一応ちゃんとした黒字経営だからな? それなりの貯蓄もある。世間一般の人が思う運任せのばくち打ちみたいな、いい加減な働き方じゃないからな?」
「夢やロマンという名の空想を追い求めて借金まみれになった挙げ句に、どこかで野たれ死ぬか他国に高飛びするのがトレジャーハンターだと思っていました。……ああ、貴方にぴったりじゃないですか」
「なんでそこで納得したの!? 違うって言ったよね? 夢もロマンも追い求めるけど、キチンとお金も稼いでるからね!」
「ですがそういう職業ではないのですか?」
「んな事ねえよ! 同業者のジョンはちゃんと家族養って……アイツこの前自己破産してたな。マイクなんて……あれ、アイツと最後に連絡取ったのいつだっけ?」
「…………」
勢いでマイクに電話を掛けてみたが、『お掛けになった電話番号は現在使われておりません』などという定型文が返って来ただけだった。
フィオが無言のまま、白い目で見てくる。
「ほんと、言われてみればこの業界碌な奴がいねえのな……」
偏見でもなんでもなく割と当たってた。
いや、俺は違うけどな!
「まあアイツらの事はあれだ。ポイして忘れろ」
覚えておく価値のない情報だ。
「それよりも想像してみろよ。未だかつて誰も行った事のない秘境を探索して、自分だけの光景を見て、世界にたった一つしかないお宝を手に入れる所を! 謎を解き明かし、
その先で、唯一無二の宝を得る。
「それを達成した瞬間ってのは、最っ高の気分だろ!」
その快感を知ってしまえば、やみつきになる事間違いなしだ。
「それは俺が、俺だけの為に与えられる、他の何よりも輝かしいトロフィーだ。俺は俺が生きてるって事を実感するために、最高にワクワクする
「正直言って、私には分かりません」
「ま、だろうな。俺は俺のやりたいようにやってるだけさ。結局、他人から見ればただの自己満足でしかない。簡単に理解はされねえし、出来るもんでもないさ」
少しだけ申し訳なさそうに呟くフィオ。
その素直さに、気にするなと告げる。
「……やっぱり変態です」
「なんでそうなる!?」
「それより」
「まさかのスルー!?」
「先程は何度も冒険をしているような発言をしていましたが、発掘の際に国の許可は得ているんですか?」
「はっはっは、どう思う?」
予想外の鋭い指摘に、たらりと冷や汗が落ちる。
賢い事は分かっていたが、その手の知識まで持ち合わせているとは思ってもみなかった。そして、たったそれだけのやりとりでこの賢い少女は悟ったようだ。
「ええ、今のでもう十分に分かりました。トレジャーハンターではなく盗賊の類のようですね」
「おいおい、そんな野暮な連中と一緒にすんなよ。こう見えて歴史には敬意を払ってるんだ。お宝のために問答無用で建造物を破壊するような、情緒を知らねえ盗掘屋共と一緒にしないでくれ」
「ですが、違法でしょう?」
「……あ~、まあ、うん、そうだな」
自然と歯切れは悪くなり、ジト目で見てくるフィオと視線を合わせられない。
だけどこのままでは信用という言葉が大暴落を起こしてしまうので、慌てて付け足す。
「いや、だが待て! 一応俺にも言い分はあるんだ。行政は中々許可出さないし、結構な確率で袖の下を要求しやがる。チンタラしてたら、その情報を得た同業者に出し抜かれる事もあるんだ。袖の下を要求した挙句、その職員が情報を流す場合もあるしな」
過去に何度、汚職官吏に煮え湯を飲まされたか。
「しかもケチでな。国にもよるが、酷い時にゃ沈没船のお宝全部没収だとか普通にやるんだぜ? 俺達トレジャーハンターが何もしなけりゃずっと海の底に沈んだままだというのに、折半さえしやがらねえ。野良のトレジャーハンターが真っ当にやってちゃ大赤字になるんだ」
「ああ、なるほど。それに、実際に許可なんて得なくても捌くルートさえ持っていれば、余程運が悪いか間抜けじゃなければ見つからないからそうするわけですね?」
「おお、そうだとも。分かってくれたか」
ようやく一定の理解を示してくれたフィオの言葉。
ここから挽回し、信頼を得なければいけない。
この少女が己の非を僅かなりとて認めたならば、この傷をつついて大きくする事で評価も持ち直すはずだ。
「言い分は分かりました。仕方がないという事も理解しましたが、シドーが盗賊である事に変わりはありませんね」
「おう……」
思わず額に手を当てて天を仰ぐ。
正論は残酷である。
「まあでも実際、密林に分け入って何かしようと、広大な海のど真ん中でダイビングをしようと気にする奴はそういないさ。ましてトレジャーハンターなんて言ったって、馬鹿が夢を追いかけて破産すると真っ当な奴ほど思うだろ?」
「ええ、まあ事実その通りですしね」
目の前にいる人間もまたそんな馬鹿の一人だと言わんばかりの視線は無視し、話を続ける。
「そう、真っ当な奴は、確率論に従って博打だと考える。だけど俺は違う。確かな情報に基づいて探索し、長年の勘と経験を頼りに何度もお宝を発見してきた実績もある、真のトレジャーハンターだからな!」
確かな実績があるから堂々と胸を張る。
だけど実績を知らないフィオは疑わしげな視線を隠しもしない。
「つまりトレジャーハンターとはろくでなしの類が主で、シドーの言う自称腕利きは脱税を恒常的にしている犯罪者であるというわけですね?」
「ねえ、なんかさっきからなんか当たりが強くない? 北風と太陽の話知ってる? お兄さん、さっきからやけに寒いんだけど。ブリザード級の寒波が吹いてるんですけど?」
「気のせいではないですか? それとも、まがりなりにも罪の意識があるからでしょうか?」
「あーもう、分かった! この話はやめだやめ!」
心身共に痛い所を何度も突かれてしまえば、白旗を上げるしかなくなる。
勝ち目がないばかりか、勝った所で何も得られない不毛な勝負からはさっさと撤退するのが賢い人間のする事だ。
「ほら、もうすぐ目的地だ。無駄話はここで終わりにするぞ」
露骨な逃げに対して、仕方がないですねと言わんばかりに小さく頭(かぶり)を振るフィオ。
その際に、まるで我が儘な子供を見る保護者のような目だった事だけは最後まで納得いかなかった。
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