第8話 幕間
「まったく、生意気なガキだな」
眉間に突きつけられた銃。
冷たい、
「生憎と、俺は女にゃ甘いが野郎には厳しくいく方針でな」
出会いは最悪だった。
「だが、運がいい」
帽子から覗く鋭い眼光が、少しだけ柔らかくなる。
「野郎といえど、俺は子供にゃちょいと優しいんだ」
くるりと、男は引き金に掛けた指を支点に銃を回す。
月光を反射しキラリと輝くシルバーの銃。
こんな状況なのに、思わず目を奪われてしまうほど滑らかなガンスピンだった。
その流れのまま、男はホルスターに銃をしまう。
「だから、このくらいで勘弁してやる」
「〰〰〰〰っ!」
そして振り下ろされた拳骨。
一切の加減ない一撃に、堪らずしゃがみこんで頭を押さえる。
「へっ、これで少しは懲りたか?」
頭上で、男が鼻を鳴らした。
「どの道こいつぁお前みてえなガキには扱いきれねえ代物だ。今後はこんな物騒なモンに手を出そうとすんなよ」
仕舞ったばかりの銃を軽く叩く。
懐から葉巻を取り出し、咥えて火を着けた。
そんな余裕ぶった態度が、気障ったらしい言動が、伊達男のように洒落た格好が。
――男の全部が、気に入らなかった。
だから痛みを堪えて素早く立ち上がり、手頃な位置にあった男の急所に全力でパンチをお見舞いしてやる。
「うがっ!?」
葉巻もライターも取り落とし、内股になって両手で急所を押さえる男は変な悲鳴を上げた。
「テメエ……! それだけは……やっちゃいけない事くらい、同じ男なら分かるだろ……っ!?」
「知るか! 何も知らない癖に知った風な口を利くな!」
男は内股になり、痛む箇所を抑えながら息も絶え絶えに悶える。
そんな情けない姿は幾分か溜飲を下げるのに役立った。
「今会ったばっかのガキの事なんざ知るかよ! このクソガキめ。手加減してやりゃいい気になりやがって……!」
「お前こそちょっとデカイからって調子に乗るなよな! ガキ扱いしやがって! いいからそれを俺によこせ!」
「こいつぁガキの玩具じゃねえんだ。お前さんにゃまだ早い」
「うるさいっ!」
そこから先は、よく覚えていない。
ただただ取っ組み合い、無我夢中に殴り合う。
体格の不利はあっても、痛みでぎこちない動きの男とはいい勝負ができた。
「まったく……。ガキのくせに、随分と、手を焼かしやがる……」
「そっちこそ……。オッサンのくせに、随分と、しぶといじゃないか……」
お互いがボロボロだった。
向かい合って座り込み、荒い息をつきながら路地裏の壁に身を預ける。
殴り合いの
まして何を言われたのかなど。
だというのに、随分と分かり合えたように思うのはなぜだろうか。
「おい、クソガキ。お前は今、触れちゃいけない所に触れた。大人の男を呼ぶ際に、オッサンなんて単語は存在しねえ。お兄さんか、お爺さんのどちらかだ。俺のことは敬意を込めてお兄さんと呼べ。それが出来ないなら……第二ラウンドといくか?」
壁に寄りかかりながら、男はゆっくりと身を起こした。
どう見ても強がりでしかなく、満身創痍だ。
そして、それは自分も。
だけど男に負けたくはなかった。
痛む体で、同じように立ち上がる。
「言ってろ、オッサン。今度こそ這い蹲らせてやる」
今更、地面に落ちた銃を奪おうとは思わなかった。
不毛なはずなのに、勝負をやめる気にはならない。
やけにムカつく。だけど同時に、目を惹く。
自分でさえ良く分からない意地の張り合いだ。
ゆっくりと両腕を上げ、ファインティングポーズをとる。
全てが鏡映しのような状況だったから、きっと結末までそうだったのだろう。
最後の一撃で相討ちになり、揃って仰向けに倒れ込む。
もはや指一本動かす事すら億劫に感じるほどの乱闘だ。そのまま、一度たりともお互いを見ることなく、ただ星を見ながら一夜を過ごす羽目になった。
そのくらい、お互いにお互い様だ。
どちらからともなくぽつりと零した言葉はすぐ応酬になる。
その過程で親を殺された事も、復讐のために銃を奪おうとした事も全部話した。
一晩経って、まだ語ることは尽きない。
そんな中、それでも会話が途切れた事で出来た妙な間。
「……なあ、ガキ」
空が白んできた時、男がぽつりと零す。
胸の上に置いていた中折れ帽子を、顔まで持って行く気配。
なぜか、これからの出来事が自分の人生を左右するような予感がした。
「なんだ、オッサン」
「おっさ……まあ、いい」
男は何かを堪え、呑み込む。
三ラウンドに突入する元気は、さすがになかった。
それに、ガキ呼ばわりする以上お互い様だ。
「……俺と、来るか?」
視線は顔を覗かせ始めた太陽に固定したまま。
今もまだ、お互いに一度も横目で窺う事はしない。
「……………………、ああ――――」
なんで頷いたのか、正直解からない。
それでも不思議と、悩む事はなかった。
「――ああ」
久しぶりに、夢を見た。
懐かしくて、嬉しくなり、少しばかり、物悲しい。
いつでも会えるけど、もう会う事はない。
横を見ればフィオはまだ寝ている。
穏やかな寝顔。
布団にくるまって丸くなっている姿は、まるで子猫のように愛らしい。
「ああ、まったく本当に……」
フィオと比べて随分と、可愛げのないガキだった。
本当にどうしようもない、
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