第5話



真夜中に目が覚めた。

その理由はすぐに判明する。



「お、とう……さん……! おかあ、さん……っ!」



か細くも悲痛な叫びが聞こえてきたからだ。

フィオーネが見ている夢の内容を悟り、陰鬱な気持ちを溜め息に変えて無理やり吐き出す。

ベッドから出て、うなされているフィオーネの傍にしゃがんだ。



「……フィオーネ」



目をギュッと瞑り、歯を食いしばるフィオーネに小さく声を掛ける。

しわになるくらいに強くシーツを握りしめている手。

その上に、出来るだけやさしく手を乗せた。

小さな手だ。


住んでいた村を襲われ、着の身着のまま逃亡しなければならない目に遭うべきじゃない。

歳相応の、華奢な手だった。



「――ダメッ!」



やさしく手を握ったつもりだった。

それでも、フィオーネは跳ね起きる。



「ハッ、ハッ、ハッ――――!」



浅い呼吸。激しい動悸。

目を見開き、視点が定まらない瞳。

呆然と虚空を見ているのはやみに怯えるか弱い少女だ。



「落ちつけ、フィオーネ。深呼吸をしろ」



おこりのように震えるフィオーネの肩を叩き、無理やり視線を合わせる。



「――ッ!? …………ぁ」



ビクリと、一際大きく体を震わせた。

浅く、早い呼吸から、荒い深呼吸に変わる。

ほどなくして、瞳に色を取り戻したフィオーネとようやく視線が交わった。



「水、飲むか?」

「…………」



フィオーネは力なく首を振る。

俯いた顔に、影が落ちた。



「なにかして欲しい事はあるか?」

「…………」



今度は首を振ることすらしない。

そんなことも億劫なのか。

ぎゅっと唇を噛み、シーツを掴む手に力が入る。

そんなフィオーネに、掛ける言葉は見当たらなかった。



「…………私の村に、宝があるって言ってましたよね?」

「ああ……」



何もできない間にフィオーネが呟いた。



「貴方も、それが目的なんですか……?」

「……そうだ」



それを、否定は出来ない。



「無理ですよ。私の家族は、他の村人は、殺されました。何十人もの人が、銃を持って村を襲ったんです」



淡々と語る。



「警察もいました」



くたびれていた。



「どうして……なんでしょうね」



疲れ果てていた。



「私は……皆は、ただ普通に生きてただけなのに……」



理不尽に、打ちのめされていた。



「…………なんで……、なんでなんですかッ!!」



だけどそれは最初だけだ。



「なんで、あんなことが……っ!」



起こってしまった事を、なかった事にはできない。

フィオーネ自身、どうしようもないと頭で分かっているだろう。

何もできないし、一人だけでも逃げ延びた事は正しい。

それでも、少女は叫ばずにはいられなかった。



「私は……ただ見てました!」



その怒りは、自分自身にも向けられた。



「たまたま森に出掛けて、村が焼かれて、草むらの陰から、村の皆が、お母さんが、お父さんが殺されるのをただ見ていたんです!」



一瞬で反転した状況を恨み、その中で何も出来なかった自分を憎んでいる。



「何も、出来ませんでした! 一緒に死ぬことも、復讐することも、全部忘れて生きることも……。私は何も、選べないんです!」



何をすればいいのか、何をしたいのか。

自分自身すら理解できない、混沌とした感情を吐露する。



「お母さんと目が合ったんです! 気付くはずのない距離で、隠れてて、それでも確かにこっちを見て微笑みました!」



昂ぶった感情が、声を震わせる。

えずきながら、叫んだ。

罰を求め、懺悔するかのように。



「生きてと……言われた気がしたんです……」



自らが泣くことを許さない、儚い笑み。

母親とのことが都合の良い幻想ではないかと、ただただ怯えていた。



「いいか、フィオーネ。きっと母親のことは見間違いなんかじゃない」



フィオーネには赦しがいる。

自分自身が赦せなくても、誰かが赦してくれたという記憶が。



「世の中にはどうにもならない事もある。難しいだろうが、あまり考えすぎるな」

「――ッ!」



突如、フィオーネが腕を突きだした。

急な行動に、尻もちをつく。



他人あなたに、いったい何が分かるって言うんですかッ!!」



俯き気味だった顔が上を向く。

先程とは正反対のギラギラとした目。

その目に映るもの全てが、敵だった。

小さな体には、怒りが溢れている。

己を取り巻くどうしようもない理不尽への怒りが。



「――――っ!」

「待てッ!」



フィオーネが勢いよくベッドから飛び出した。

伸ばした手は空を切り、引き止める間もなく走り去る。

激しい音を立てて、扉が閉まった。



「……分かるさ」



扉越し、遠ざかる足音に向けた呟きは届かない。



「何をされても、何を言われても苛立つ事くらい……」



頭の内が、腹の奥がぐしゃぐしゃになって、自分自身の事すら訳が分からなくなっている事くらい。



「それを他人が理解出来るはずないって思ってる事くらい……」



何かに当り散らさなきゃ、壊れそうな事くらい。

だから傍にいなきゃいけないと、そう思うのだ。

どれだけ邪険にされようと、その時には分からなくても、そうすることで伝えられる何かがあるから。



「全部が嫌になって、自分を傷つけようとしている事くらい、俺にも分かる」



おもむろに立ち上がり、帽子をとって目深にかぶり直した。

やり場のない想いを溜め息に変え、後を追う。



「ああ、まったくほんとうに。これは苦労しそうだ……」



経験して初めて知るが故に出た言葉は、過去を思い起こして苦い笑みに変わった。



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