第4話




昼前になってようやく、少女の眠るベッドに動きが見えた。

そこから更に三十分は経ってようやくもぞもぞと動き出し、少女はゆっくりと起き上がる。

やはり疲れが溜まっていたのだろう。半日以上は寝ていた計算だ。

そのおかげか、目の下の隈はだいぶ薄れていた。



「おはよう」

「…………おはようございます」



寝起きでまだ頭が働いていないのか、反応が鈍い。

呆けたように虚空をじっと見ている。



「顔、洗ってきたらどうだ?」

「……そうします」



のっぺりとした足取りで洗面台まで歩き、顔を洗うフィオーネ。

その時になってようやく目が覚めたのだろう。洗面台を前に服をはだけ、何かされていないか確認する辺り地味に傷つく。

そうやって自身を検め、何もなかった事を確認し終えたフィオーネが戻って来る。



「腹、減ってるだろ。とりあえずこれでも齧ってろ」

「……ん」



テーブルの上に置いてあったリンゴを投げ渡す。

それを胸で受けとめるようにキャッチして、齧り始めた。

こころなしか昨日より機嫌は良さそうだ。

食べ終えたのを見計らい、二人の仲を一歩前進させるために声を掛ける。



「よし、それじゃお兄さんとデートするか」

「…………変態」



フィオーネはボソッと言い残し、布団に潜り込んだ。



「いや、ちょ、待った、悪かった! いつもの癖で言い間違えただけだ! 買い物! ただの買い物だから!」



つい普段通りの発言したため、フィオーネの機嫌は急降下。

あの手この手で説得を初めて三十分。

フィオーネはようやく、渋々ながらも了承してくれた。










「退屈です」



石造りの建物が並ぶ、メインストリートに軒を連ねる飲食店。

そこで少女は、退屈そうに空になったパスタの皿をフォークで突いていた。

なんとか連れ出した美容室で髪を整えて薄く化粧を施され、新しい服を買ってシンプルながらも品のある淡い青色のワンピースに着替えた少女。



その姿は誰が見ても裕福な親の元、満ち足りた生活を送っているようにしか見えない。

埃に塗れ、傷み、枝毛が飛び出たままだった青銀の髪は歳相応の艶を取り戻し、輝きを放つ。大粒のルビーのような真紅の瞳はその白い肌に映え、人形めいた美しさを際立たせていた。



老若男女が思わず見惚れてしまうほどの美しさで、すれ違った少年が思わず足を止めて見入るのも仕方がない。

中には勇気を振り絞って声を掛けた者さえいる。

それに対して無視を決め込んだフィオーネは、将来なかなかに罪深い女になりそうだ。



実際、ホテルでのやりとりを始めとし、服を選ぶ際には店員に任せたのにやはりロリコンらしい服装、下着が好みなのかしらなどと周囲に聞こえるように尋ねられ、美容院に行く際にも髪型は幼く見えるような髪型の方が良さそうね、などと店員に聞こえるように呟かれた。



そもそも、少し前まで浮浪児だった少女をそのまま連れ歩く訳にはいかない事くらい理解しているはずなのだ。

狙いは不明ながら、意図的に困らせようとする気配さえ感じられるのは考え過ぎだろうか。



そういう意味でも、男で遊ぶ趣味をこんな年頃から発現するのはいかがなものだろう。

まだ拾って少ししか経っていないというのに、早くも気疲れする。

とはいえ、自ら探し出した少女を放り出すわけにもいかない。

勿論、そんな事をするつもりもないが。



「聞こえなかったのですか? 私は退屈ですと言いました」

「…………あ? ああ、悪いな。考え事してたんだ」



誘拐犯と攫われた少女という関係の割に、拘束もない。

それどころか遠慮も気後れもない。

その少女の見た目と態度が相まって、まるで良いとこのお嬢様と言った雰囲気まで醸し出す始末だ。



気付けば、主従関係に似た何かさえ形成されていた。

そう、何故か俺の方が従僕で、少女がご主人様のようになっていたのだ。



「男性なのに目の前にいるレディを放っておくとは、女性の扱いも知らないのですか?」

「おおっと、そいつぁ聞き捨てならねえな。これでもレディからは中々に人気があるんだぜ? 泣かせた女も数知れず、ってな」



「それ以上に女性に泣かされてそうですね。たとえそれが見栄でなくとも、女性を泣かせるのは最低の男性という証拠です」

「はっはっはっ、コイツは一本とられたな」



正論だった。



「だけど待て。泣かされた事は、まあ確かにあった。シャワーを浴びてる間に貴重品がなくなったり、レディに声を掛けたらあからさまな軍人やらマフィアやらが出てきたりな。だがしかし、その逆もまた然りだ。男たるもの女性を泣かせる……、いや鳴かせたのはいつだってベッドの上――っつう!?」



その時、全てを言い切るより先に容赦なく脛に蹴りが入る。

買い与えたばかりのブーツは新品特有の固さを発揮し、的確なダメージが入る。

幸い、動きやすさを重視したブーツだからヒールよりはマシだったが。



「最低ですね。そういう気遣いが出来ない辺り、いかにもモテないB級の男という証拠です。精進してください」

「へいへい」



なんでもないと言わんばかりのツンとした澄まし顔は変わらないが、フィオーネが肉体言語に訴えたのはこれが初めてだった。

その意味に気付けば、澄まし顔で取り繕っているフィオーネが微笑ましく思えて、自然と笑みが浮かびそうになる。



それをすればへそを曲げるだろうから顔には出さないが。



「何気持ちの悪い顔をしているんですか。蹴られて喜んでいるんですか、この変態」

「はっはっはっ」

「笑った所で誤魔化されませんよ」



顔に出さないよう注意したつもりだったが、機敏に感じ取ったのか。

ゴミを見るような目で見られた。

中々に手厳しい。



「伊達男を気取るなら、せめてその格好をどうにかした方が良いですよ。白いスーツも似合っていないですが、そのみすぼらしい帽子だけは早急に何とかする事をお勧めします」

「ああ、まあ似合ってはないだろうな。まだ、俺にこの帽子は似合わない」

「……? まあどれだけ格好を改めた所で、中身が伴っていない以上すぐにボロが出るでしょうけど」



本当に、手厳しい。

帽子に手をやり、少し深く被り直す。



「それより、そろそろ私を攫った理由をちゃんと聞いてもいいですか?」

「え、なに? お兄さん傷ついて、今それどころじゃないんだけど……」

「とぼけないでください」

「とぼけてるわけじゃないんだが……」



割と本気で落ち込んでいたが、フィオーネの冷たい視線は相変わらずだった。



「そうですか、分かりました。短い間でしたがお世話になりました」

「オーケー分かった。だから帰ろうとしないで! 話すから!」



立ち上がったフィオーネの手をとっさに掴む。



「ほら、お目当ての物探すのに何がヒントになるかも分からないからな。関係ないと思ってた事さえ、蓋を開けりゃ案外鍵になってたりするもんさ。ましてお前さんのような立場なら尚更な」



フィオーネは不満顔ながら、席に座り直す。



「…………それは、先日も聞きました。それに、その……貴方の言う物はどんな物で、本当にそれが私に関係しているのですか?」



言い難そうにフィオーネは尋ねる。

裏を疑う。それは正しい事だ。

ましてフィオーネの境遇を考えれば、そうせざるを得ない。

少女は、実際に何も知らないとしても、自分が狙われる理由をおおよそながら察しているのだろう。



「ああ、関係しているはずだ。君が、と言うよりは君が育った村がだけどな。どんな物かはおおよその見当しか付いてないから確かなことは言えない。下手な先入観を持たせたくないしな。ただ、俺の予想通りなら何か凄いモノがあるはずなんだよ」



続く言葉はフィオーネ以外の誰にも聞こえないよう顔を近づけ、声を潜める。



「誰も知らないような、お宝がな」

「ですが、私は本当に何も知りません。どこにでもあるただの田舎の村だと、私自身そう思っていました。ですから――」



「安心しろよ。別に知ってる事は全部話せって言ってるわけじゃない。知らないなら知らないという事が立派な情報だ。それにもし知ってたとしても、話したくなけりゃ何一つ話さなくていいさ」

「……やっぱり馬鹿ですね。話さなければなんの意味もないじゃないですか」



目には多少の温かみを取り戻したが、呆れの色は今も多分に含まれている。



「分かってねえな。意味ならあるさ。かわいい女の子と一緒の旅なんてのもいいもんだ――ったい!?」



今度は足の甲を踏まれたせいで反射的に足を跳ね上げてしまい、膝をテーブルにぶつけて二度悶絶する羽目になる。



「本当に馬鹿ですね。貴方に聞いた私も馬鹿でした」

「ほら、やっぱり俺達似た者同士――痛い痛い、分かった悪かった! だからこれ以上蹴らないでくれ」



痛む足をさすりつつ、慌てて距離を置く。

怒ったフィオーネの頬が紅く染まっている。

だけどそこには、羞恥から来るものも少なからずありそうだ。そんなフィオーネはぶつぶつと何か呟いている。



「見た目、性別、頭の中身、あらゆる面で正反対です」



……らしい。

少しの間は口を慎むことにしよう。



「まあいいです。早いところ全部終わらせて貴方との関係も解消しようかと思いましたが、その気はありますか?」

「貴方との関係だなんて何かいけないニュアンスが……」

「…………」

「いや、ほんとごめんなさい性分なんです!」



余計な口を慎もうと思ってもついいつものノリを発揮してしまった。

フィオーネが無言で席を立つ。

慌てて引き止めるも伸ばした手はするりとかわされ、止まる気配はない。



「いやいやいや、ちょっ、待った……!」



お札を叩きつけるようにして会計を済ませ、釣りも受け取らずにフィオーネの後を追う。



「なあおい、悪かったって。ほら、機嫌直してくれよ」

「…………」



フィオーネはすたすたと前だけを向いて足早に歩く。

結局、その後は何を言っても無視された挙げ句、ホテルに戻ろうとすらしなかった。



なんとか拝み倒して了承されたと思ったら、危うく部屋から締め出されかけたのだからほんと、困ったお嬢さんだ。





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