第4球 初投球

 投手板に足を置く。

 この瞬間、俺はピッチャーになるのだ。

 ボールを握り、何万回もこなした投球フォームをイメージする。

 体はイメージと寸分違わぬよう動き、

 そして俺の手からボールが放たれた。

 違和感。

 まただ。

 しかし、その違和感は甲子園の時に起こった暴投に近いものではなかった。

 妙な感覚だった。

 ボールがいつもよりも手に吸い付くようで、力が必要以上に入っている。

 これはすごい球になる。

 確信しながらボールを指先からリリースした瞬間。

 ゴゥン

 空気が切り裂かれ、ボールが視界から消えた。

 瞬き一回にも満たない時間だった。

 空気を歪め、バッターを吹き飛ばし、白球がペトラのキャッチャーミットに吸い込まれていた。

 ドボンッ!

 爆発音にも似た捕球音。

 まさか、音が、遅れて聞こえてきたのか。

 シ・・・・・・ン。

 静まった球場。

 目の前で何かが爆発したように数メートル飛ばされたバッターの手からころりとバットが落ちた。

「バッター、ノックアぅッ! グランボール! エンドウォー!」

 審判が球場に響き渡る声で告げた。

 そして。

 

 うおおおおおおおお! 


 巨大な音の壁が俺を通り抜けていく。

 驚きと賞賛と祝福。

 そこで俺はようやく気付いた。

 ここはこのチームのホームなんだな。

「なんですか、あの球・・・・・・。あれが姫の祝福?」

 セカンドから感嘆の声が聞こえてくる。

「おーい!」

 右手からの声に視線を向けると、少女がサードから走って来ていた。

「あんたすごいじゃない! わたしメイ! サードね。あ、もう知ってるか。ほら、拳!」

 俺と近い年頃に見える少女は早口で自己紹介をすると俺に拳を突き出してきた。

 俺は人懐っこい笑みを浮かべた少女が出している拳を真似て、顔の前に出した自分の手を握り込む。

 ごん、と中々強い力で拳がぶつけられ、思わずよろけてしまう。

 メイはあはは、と笑う。

「意外と控えめな性格? ねぇ貴女、名前は?」

「大山翔」

「オーヤマショー? あれ? ね、ねぇ。貴女もしかしたら・・・・・・」

「見苦しいからあまりふざけないで。サードの

 何かを言いかけたメイへ冷たい声が飛んできた。

 切れ長の瞳、セカンドを守っていた女性と似た雰囲気を持つ選手がメイのすぐ背後に立っていた。

「あ?」

 いきなり不機嫌そうに声の主を睨みつけるメイ。

「何かしらその目」

「いつもいつもそうやって言うけどさ、いい加減あんた――」

「貴女すごいわ! ねぇねぇ! 今のもう一回! もう一回見せて!」

「ちょっとフィオナ様。あんまり走ると転んじゃうよー!」

 帽子から溢れそうな金髪と笑顔が眩しい少女と、僅かに緑がかったセミロングの髪を持つ少女がやってくる。

 改めて見ると女子ばかり。年齢もバラバラだ。

 一番年上はセカンドとライトの女性か。

 そして一番年下は、今外野から走ってきた少女。

 あ、もう1人同じくらいの小さい女の子がゆっくりレフトから歩いてきていた。

 一瞬、空気が悪くなったメイとライトの女性だったが、

「まぁいいや。今日勝てたから許してあげる。チェレが神器持って逃げたときはほんとどうしようかと思ったもんね」

 メイが帽子を帽子を取りながら言った。

 黒よりも薄い、灰色に近いショートヘアが汗とともに踊る。

「許す? 意味が分からないのだけど」

「マジさ、なんなの・・・・・・!」

「カリーナ」

「アレシアさん!」

 さらにメイを煽ろうとするカリーナと呼ばれたライトの女性は、セカンドの女性――アレシアが声をかけると、分かりやすいくらいに顔と声音を明るくして駆け寄っていく。

 ぐるるる・・・・・・! と喉を鳴らし威嚇するメイに軽く手を振って『心配ないわ』と軽く手を振るアレシア。

 どうやらメイとカリーナは仲が良いという感じでは無さそうだ。

「ほら抑えさん。手、振ったげないと」

 フィオナ、という女の子を様付けで呼んでいた少女が未だに興奮冷めやらぬ観客達に向かって手を手を振っていた。

「あ、わたしはステラ。フィオナ様のお目付役みたいな感じのことしてるよ」

 軽い感じの少女だ。

 少女に倣い、俺もとりあえず全方位に手を振りながら、ふとペトラを見た。

 ペトラは、俺のボールを受けた体勢のまま止まっていた。

「おいペトラ?」

 俺は彼女の名を呼びながら近づいた。

「姫? どうしました? って姫!」

 アレシアもペトラの異変に気付いたようだ。慌てた声でペトラに駆け寄った。

 そして、はっと顔を強張らせた。

「姫、ボールをキャッチしたまま気絶してますね」

 どうしよう、という顔で俺を見てもらっても困るよ。

「死んでないよな?」

 一応確認。

「多分大丈夫じゃないですかね」

 アレシアが額に汗を浮かべながらキャッチャープロテクターを外すと、捕球したままの体勢でペトラがコテンと転がった。

「わ、わたし・・・・・・」

「あ、喋った」

 ペトラが喋った。

「死ぬかと思った」

 息も絶え絶え、といった感じのペトラは視線だけ俺を見た。

「あなた・・・・・・あとで、はんせいかい・・・・・・」

 それだけ言って、白目を剥き意識を無くすのだった。

「おいペトラ――」

 あれ。

 いきなり耐えがたい疲労感が全身に訪れた。

 なんだ、これ。

 まるで何試合も連続でこなしたような感覚。

 膝の力が入らなくなり、

「あ、やば・・・・・・」

 目の前が一瞬で真っ暗になる。

 一瞬の浮遊感の後、頬が殴られた。いや、これは俺が地面に倒れた衝撃か。

 その思考を最後に意識も黒に染まるのだった。

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