第12話 リヤカー オブ ザ デッド

 今まで海外のことを真剣に考えたことはなかった。それは自分がゾンビであるから単にそれほど興味が沸かなかったってだけにすぎない。海外が無事かどうか気になるのは普通の人間が考えることでゾンビには関係ない。


 きっとどこも似たような感じなんだろうと予想もついている。

 病気はかかり始めが肝心だ。現状の日本を見れば初期対応が満足に行えなかったのは明白。ゾンビになるまでには二四時間。これだけの時間があれば人間どこえだって行ける。北から南に新幹線で移動することも、海の先、国境を超えるのだって可能だ。海外もドラマみたいにゾンビ塗れにきまってる。

 もしパンデミックが日本だけだったらアメリカとかが兵隊を送って、俺らは今頃「ファッッキンゾンビーズ!」とか言われながらLMGや火炎放射器で消毒されていたはず。それが無いのはそういう事だ。


 思うにゾンビの怖さってのは感染力とか人を襲うってのもあるが、信じられないってこと怖さの一つなんじゃなかろうか。

 初めてニュースで報道があったとき皆信じなかった。『ゾンビ病が発生しました』なんていくら真剣な顔してキャスターが言おうが嘘か冗談としか思わない。あまりにも突拍子がないってんでな。俺もそうだ。信じてたら顎の診察中に噛まれたりしない。

 三日たったくらいでようやく事の重大さに気づいたがもう遅い。あとはお決まりの滅亡コースさ。


「加藤さん。なんだかぼうっとしてませんか?」


 そりゃそうだろう、こんだけ暑いと頭の中に避暑したくなるってもんだろ。

 アスファルトは熱を照り返して肌を焼くし眩しいし、おまけに風は弱い。幸い湿気はそれ程でもないが暑いのは苦手だ。

 まだ初夏なのに真夏なみの日差し、来る本格的な夏の暑さを想像しただけで熱中症になっちまう。


 文明が滅びれば夏は涼しくなるもんだと勝手に思ってた。停まったままの車、エアコン、煙の出ない工場。ゾンビによる温暖化防止策のたまものだな。どこの国の政策よりも凄まじい影響力だ。

 人間目線では恐ろしい俺らも少し視点を変えれば地球温暖化の救世主だな。少しばかり救世主の数が多すぎるが。

 涼しくなるまでは行かないが東京の濁っていた空気がスッキリしているのは事実だ。一年たてばもっと変わるだろうな。 


「加藤さん?」


 でも待てよ。その救世主もこのまま本格的な夏が来たらみんな熱中症で倒れちまうんじゃないか? そうなるとゾンビを駆逐するのは軍隊でもゾンビ特効薬でもなく自然環境ってことになる。おお、何よりも強いのは母なる大自然であったか。


「ちゃんと探してますか?」


 ちゃんと探しているとも、多少考え事に気を盗られてはいるが……。

 俺と小野川が何をしているかと言えば新しい拠点を探しているのだ。荷物を載せたリヤカーを牽きながらな。


 小野川いわく、あのアパートは駄目なんだと。「塀は無いし、バリケードも無いし、罠も無い!」とかなんとか。ゾン真似の時以来の厳しい駄目出しだ。

 確かにその通りだと俺も思う。防衛力は無いに等しい家だ。でも俺ゾンビだし、気にする必要ないし。


 流石にそんな事は言わなかったが「敷金礼金家賃ゼロ円時代に突入して何を言ってるんですか!」と怒られた。「この機会ですから金持ちの良い家でも探して住んでみるのも良いと思うのです。ひとまず高級住宅地辺りなら高い塀もあるでしょうし。せっかくならフカフカベットで寝てみたいと思いませんか?」なるほど確かに。今ならどんな高級家具もタダで手に入る。などと賛同してしまったのが良くなかった。


 そのせいでこんなクソ暑い中、リヤカーを牽いて遠くのユラユラとした逃げ水を追いかけながら家探しをするはめになった。

 荷台にはアパートや近所のコンビニ、スーパーから持ち出した物資。その上にはシーツで簀巻きにされた彩香を寝かせている。口には猿ぐつわも噛ませてある。一見すると犯罪臭のすごい光景だ。警察がいたらすぐに捕まっているところだ。


 簀巻き彩香だがちゃんと暑さ対策は考えている。扇風機付き帽子と濡れタオルだ。帽子は太陽光で動く便利な奴だ。

 兄としては簀巻きになんてしたくないのだが、小野川に興味津々で齧りつこうとしてしまうので仕方がない。小野川としては妹が自分に興味を持ってくれていることが嬉しいらしい。ご飯として見られていることは理解しているのだろうか。よくわからん。


「あの家とか……うーん。でももうちょっと可愛さが欲しい……あっちはちょっとものたりない」

 ずっとこの調子だ。あーでもない、こーでもないと五月蠅い、決まらない。

 こちらから提案しても何かと言って次へ次へと物件回り。

 覚束ない手つきでクシャクシャになったチラシをポスティングし続けるゾンビをやり過ごし、道路工事の作業員ゾンビの横をすり抜け、ポリスゾンビから職質を受けるゾンビを横目に歩いていく。もう何時間もずぅっっっとこの調子だ。さっさと休みたい。もうどこでもいいじゃないか。


 だいたい入れるのか? 電気が止まっててもセキュリティは厳しかったりしない?

「任せてください。私そのへんのこと詳しいので!」

 こいつ、こうなる前って何してたんだろう……。


「そろそろ日も暮れるし、この家で我慢しましょうか」

 やっと休める。

「ちょっとピッキングするので待っててください」

 マジで何してたのこの人……。


「あんたらなにしてんだ?」

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