第9話 埋めてしまえ!
ボロアパートの一階。道路側から数えて右に二つ目が俺の部屋となっていて左隣が例の部屋で、これが五月蠅いのなんの。部屋の壁に手を当てればスピーカーのように振動し、コップの水はジュラシックパークの有名なワンシーンみたいに揺れている始末。
感染前も五月蠅かったがそれでも遠慮がなんとなく感じられた。
それがゾンビになって理性と一緒に遠慮も行方不明になり、叩くことに一切の迷いを感じないのが音楽に疎い俺でも分かるくらいなんだ。
ロックバンドが好きなら感想も変わるのかもしれないが、あいにく俺が好きなのは別のジャンルだ。えーと、テクノ? ニューウェーブ? 確かそんな……。
一先ず彩香の手を引き、自分の部屋に招き入れる。こんな世紀末でなければJKを連れ込んでいかがわしいことをしているとか近所で噂にされそうな光景だなと自分で思う。噂好きの奥様がたの目に触れようものならたちまちのうちに近所に行き渡ってしまうだろう。今いる噂好きの方々は〝元〟奥様であられるので心配する必要が無くて気が楽だ。
久々の我が家だ。なんと汚い! 凄まじい散らかり具合! 男の一人暮らしはこんなものと言ったらおそらく全男性の反感を買うくらい汚い。もはやそう言った言い訳の通じる散らかり様ではないのだ。
はっきり言おう、俺は片づけが苦手だ。だって面倒だし。
テーブルや床に転がる空のペットボトル、菓子の空箱、脱いだままの服。「後で纏めて片づけよう。ここに集めて片づけよう」をテーマに『楽して片づける宣言』のもと進められた家庭内政策の惨状がここに転がっている。綺麗好きの奥様が見たら卒倒するといっても過言ではないかもしれん。それくらいの自信がある。
部屋中に点在するいくつものゴミや服の島。それらはゾンビ化による面倒くさい意識の拡大に呼応して領土を拡大。支配者である俺はその島々の統一と団結を黙認。
気付けば我の領土は布団一枚分。見事な汚部屋ができあがっていた。我ながらなんとだらしない奴だ。
ゾンビ化前はまだ片づける意識があったのだけど理性より先にそっちが死んだらしい。
布団の上に高校の制服で座る彩香。ゴミに囲まれる可憐な女子高生の図だ。
近所の人に見られたらいかがわしさマックスだけど写真をとってテキトーな名前を付けてニューヨークの画廊に飾ったら高く売れそうな芸術的な感じもする。芸術はよくわからん。一般人には落書きに見える絵が何億の値段がつく世界だし、ワンチャンいけそう。ニューヨークが無事ならばだけど。
この部屋にもはや俺の居場所は無いに等しい。精神的では無く物理的な意味でだ。
これは一つの作戦だ。居場所を確保するためにはゴミを片づけなければならない。自分を追い込んで奮い立たせるしか面倒くさがりなゾンビを動かす方法は無い。
放っておけば彩香はいずれゴミと同化してしまう。兄として見過ごすわけにはいかん。
なおこの状況に妹を座らせたことは不問とする。
さあゴミどもよ覚悟するがいい。今からお前らはこのビニール袋の餌食になるのだ! 分別などしてやるものか、無慈悲な未分別で缶も瓶もプラも全部まとめて燃えるゴミ送りにしてくれる!
バンドマンも覚悟するがいい! ゴミ袋の行く先は貴様の部屋なのだ!
恨むなら騒音と防音を考えなかった自分を恨むことだ!
徐々に埋もれていくバンドマン。周りにゴミが増えてもお構いなしにドラムを叩く姿は真のドラマー的な姿に見えなくも無いが五月蠅いのが悪い。大人しくそのまま埋もれてくれ。いつかゾンビ特効薬でも開発されたらそこから掘り起こしてやるから。
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