第6話 再開も突然に

 俺は小野川さんに連れられて日課の『ボールを投げてゾンビからのヘイトを溜める』デイリークエストを順調にこなしている。小野川さんはもしかするとキャッチボールを間違って教えられたのではなかろうか。


 そんなのに付き合っているものだから、柵越しに聞こえる呻き声が、罵声に聞こえるくらいになったのは気のせいではないのかもしれない。明らかに俺がボールを投げた時の反応が彼女と比べて濃い。これ、帰れないやつだと思う。


 そんな事を考えていたら、なにやら校門の辺りが賑やかだ。軽トラを中心に人だかりができている。小野川さんが言うには、『調達組』と言われる。物資補給に行っていた人たちが帰ってきたらしい。俺が外でバッタリ会った五人組がそうだ。


 俺としてはあまり近づきたくない。特に笑顔でゾンビを撲殺していたあのサイコ野郎の傍によるのは避けたいのだが、小野川さんに荷下ろしの手伝いを促されては断わるわけにもいかない。表は笑顔だが内心は苦虫を噛み潰したような思いだ。


 荷台には食料をはじめとした様々な物が並んでいる。大きな姿見に幾つかの本もある。きっと誰かが欲しがったのだろう。必需品以外の物は生きるだけなら不必要だが、心には必要だ。俺が貪るように読書に齧りついたのと同じだ。

 運ぶのは大変だっただろうな。それを武装しているとはいえ五人で行うのは神経を使う事だろう。

 バット、ボール、食料、ボール、本、ゾンビ……ゾンビ? 荷台にエプロンを着た見覚えのあるゾンビが……。

「五木さん、このゾンビどうしたんですか?」

「ああ、小野川さん。このゾンビさ、いつの間にか荷台にいて。ずっと鏡の前から動かないから乗せてきちゃった」乗せてきちゃったって。そんなヒッチハイカー拾ったみたいな。


 調達組は危機意識皆無なの? そして田中さんはゾンビとしての自覚皆無なの? 俺が言えた立場ではないが。

いや、しかしこれは崩壊の前兆が見えてきたのかもしれん。だってゾンビが紛れ込んで……いや、これ以上は何も言わん。説得力が皆無だ。


「ずっと鏡に向かっているし、このまま飼育小屋の檻に入れられないか?」

 という五木さん。ペットを飼うみたいに気軽に言ってくれるな。さすがにそれは無いだろ、目的も不明だし。そう思っているうちに、台車に載せられた鏡を素直に追いかけていく田中さん。兎と共に檻の中で大人しくしている田中さん。ゾンビとは一体……。

 捕虜が増えてしまった。一応は仲間だが戦力としては期待しない方が良いだろう。できることなら助け出したいが。


 そうこうしている荷下ろしも整理も終わった。良いように使われている。

「整理も終わったところですし、的当てにでも行きましょうか」

 おお、ついに小野川さんの口から正しい名称が出てきたぞ。的当てしている自覚はあったんだな。ここにきてワザとキャッチボールと言っていた可能性が出てきた。

「こうして毎日、投げていると顔も覚えてしまいますね。元は人間だから当然ですけど」確かに、もう大分覚えてしまった。

「あのサラリーマンは鈴木さん。あの女性は木梨さん。えーとあのブレザーの子は……あれ? あの子は新顔ですね」

 見覚えのある制服に校章……ショートボブ……。

「どことなく加藤さんに似ていますね」似ているも何も妹の彩香じゃないか!


 無事でいて欲しかった、こんな形で再会など果たしたくなかった。せめて再開しなければどこかで元気にしていると希望もあったのだが。

 感情を捨ててしまえるのなら今すぐ捨ててしまいたい。あの虚ろな目にはもう何もまともに映ってはいまい。あるのは肉塊と食欲のみ。

 何で俺の意識は人間のままなんだ。何で俺の意識は消えないんだ。こんなことならあの時自殺して……待て待て待て!「とりあえず挨拶に一発……ってええ! なんですか!」


 こいつ! 自然に投球フォームに入りやがって! 少しはセンチメンタルな気分になってもいいだろ! 間に入らなかったら投げてただろ!

「加藤さん! 邪魔してもダメですよ。私の番だし、初めては私なんですから!」

初めての意味がわからんし、駄目だって、ゾンビとはいえ女の顔に傷は付けちゃダメだって。さんざんぶつけたけど妹は勘弁してくれ。

「もう邪魔ですよ、これじゃ狙えない……あー! 加藤さん、もしかしてあんな子がタイプなんですか! JKが好みなんですか!?」

 違う! 妹だからだ! ホワイトボードは……ああ、クソ。軽トラのとこに忘れて来ている。


「好みのタイプだからボールを当てたいんですか!? 好きな子の顔に自分の手で初めての傷をつけたいんですか! しょうがないなあ」

 初めてってそういう意味かよ。俺はそんな事なんて微塵も思ってないぞ。どうしたらそんな発想になるんだ。この女、サイコパスか!? ゾンビよりヤベー思考の奴が目の前にいるんだが!


「もう、そうならそうとハッキリ言ってくれれば……どうしました? 急に地面にしゃがみ込んで……『俺の妹』そうだったんですか。それは残念です……」

 分かってくれたか。その“残念です”が言葉通りの意味だと願うよ。……って何でボールを差し出してくるんだ?

「どうか。これで最後のお別れを」え、ボールで?

「ボールをぶつけて成仏させてあげましょう。コツは顔面にめり込ませる気持ちで投げる事です」

 そのボールで俺は恨み買ってんだよ! 成仏するわけないだろ! こいつマジでサイコパスか!


 見つけてしまった以上、妹の彩香を放っておくわけにはいかない。

身内がストラックアウトに差し出せるほど俺は非情にはなれないからな。脱出作戦の前にまずは救出作戦だ。しかしどうしたものか……。

 田名さんは、まあ。放っておいてもいいだろ。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る