第4話 それは突然に
ゾンビになって半年が経とうとしている。
周囲のゾンビは獲物がいないので、殆どが休眠状態になり静かなものだ。どこからも「あー」も「うー」も聞こえない。
初めは何の面白みのないと感じていた呻き声も無くなってみれば寂しく、恋しくさえ思えてくる。
一週間くらい前に田中さんがまたカフェの前で髪を弄り始めたが、暫くして休眠状態になった。直立不動でいられるのはちょっと怖いのでカフェのカウンターに移動させてエプロンを着させてみた。エプロンが似合いすぎて腹立つ。感想が我ながら理不尽。
ゾンビになったことは最初こそ焦ったり戸惑ったりした(特に食生活の偏り、一向に解消されない全身の疲れ)が慣れるとそれが基本になるので、以前の生活の方が現実感がないと言うか、元々ゾンビだったような気さえしてくるのは不思議だ。
ここまで生活してきて思い返すのだが、特にゾンビらしい事はしていないなと。
ショッピングモールに集まるとか、内輪もめで崩壊した生存者グループを襲うとか、武装バスでチェーンソウを振り回す生存者に追いかけ回されるとか……。フェスティバルばりに犇めくゾンビの群れ、やってみたかったな。
そんな孤独で憂鬱な生活は既に過去のこと。何故か今は生存者の一団の中で生活している。
あれは炭酸飲料をコンビニで補充したときの事だ。炭酸飲料の在庫が少なくなり、試しに飲んだアルコール類が大丈夫なようだったので袋にそれらを詰めて外に出た時だった。
ドアを抜けてバッタリ、そこにいたのは武装した生存者五人グループ。
それぞれの手にはバットやガムテープと包丁でできた槍なんかを持っていやがるし、ゴーグルとマスクして完全防備って感じだ。
そのとき「あ、終わったわ、これ」と思ったね。五人相手に正面から戦えるわけがない。ゾンビ最大の武器は何と言っても数による圧倒だ。でもゾンビはまばらにいるだけだし、どちらにしても一番近い俺の頭がかち割られるのは確実。
だが、ただでやられるのも性に合わない。向こうもビックリしているようで隙が生まれている。
炭酸で腹が一杯なので食欲はそんなでもないが、別腹勘定で噛み付いて、一人くらいは道ずれにしてやる。俺は一番近い男に「うー」と言って掴みかかった。
うん、まぁ顎が開かないし、脚がもつれて抱き着くだけになった。あと激痛に涙が出た。
正直、忘れていたよ。『顎は開けないもの』という変な常識が自分の中で確立し、さらに痛いのが嫌なので動かす事すらしなかったので顎関節症の存在を忘れていた。それで思いっきり顎を開こうとしたんだ。我ながらアホだ。
凝りに凝った筋肉の痛みたるや、もう激痛よ、尋常でない激痛。顎使ってなかったんだもん、そら痛いよ。凄く。涙が止まらないし「うー」しか言えないのよ。
いつしか手は洋服を掴んだままズルズルと崩れ、地面に膝をついて咽び泣いていた。酒の缶が地面を転がっているがそれどころじゃねぇ、痛いんだよ。
そしたら男が「辛かったな、良く生き延びたな」とか背中ポンポンしながら言うのよ。
内心「は?」って思ったけど痛みで嗚咽みたいな呻きが止まらん。マジ辛い。
顔あげたら男も号泣しているし、周りもメンバーも泣いてんの。でも奥の一人は「良かったなぁ、良かったなぁ」って号泣しながら寄って来るゾンビをフルスイングで撲殺してんの。行動がチグハグすぎてめっちゃ怖いんだが。
結果、俺は生存者に襲い掛かったゾンビでなく、涙を流して助けを求める生存者としてグループに迎え入れられたという訳だ。
そんなことある? 映画では感染を隠す生存者とか、ゾンビのふりをする生存者とかあったけど、生存者に勘違いされるゾンビとかある?
しかも『一人で生き抜いてきたが、孤独を紛わす為にいつしかアル中になっていた』という設定が勝手につけ加えられている始末……。
「調子はどうだい?」
「……」返事はしない。
ゾンビ溢れる世紀末世界において人間はその地位をはく奪された弱者なのがお決まりだが、人間社会に意図せずして入り込んでしまったゾンビも同様であり、俺はカルト教団に潜り込んだ潜入捜査官のような気分を味わっている。バレたら撲殺される未来しかないのだ。血塗れバットの染みになるのはご免被る。
一思いにやってくれるならまだ良いが、娯楽が少ないのは生存者も同じだ。楽しみ半分に手足ちょん切られて吊るされたあげく、サンドバックになって生き地獄を味合わされる可能性すらある。なんて恐ろしい! 俺の生活がサイコサスペンスまっしぐらだ。
「まだ、話す気になれないか」
死にたくないからな。
「その人は目の前で家族を亡くし、そのショックで言葉を失ったって聞いたわ。いつか話せるようになる日が来るといいけど」
誰だ、そんな設定を考えたのは。生死不明なだけだ。
うう、カフェに戻りたい。帰りたい……。
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