第2話 ゾンビは読書家
家族はどうしているだろう? 一人暮らしだったので両親と妹とは離れているのだが探す気にはなれない。
再会したところで美味しそうで新鮮な肉に見えるに決まっているし、襲いたくないがこの食欲を抑えられる自信は全く無い。理性が残っている分だけ悲惨な結果にしかならないのは目に見えてる。皆ゾンビになっていればある意味ハッピーとも言えなくはないが、五体満足な状態でゾンビになっているとも限らないし……考えるのはよそう。なんだか気分が悪い。
新発見だ。ゾンビでも気分が悪くなるみたいだぞ。
それにしても暇だ。映画に出てくるゾンビも裏では暇に悩まされていたのだろうか? 国と共にあらゆる娯楽も崩壊した今では時間はあまりにも膨大で巨大なものとなっている。
生存者であれば違うのだろうが俺はゾンビだし、周りを見てもゾンビだらけ。話し相手なんかいない。
田中さんは傍を通ると「あー」と言ってくれるが条件反射みたいなもので、最初こそちょっとした楽しみにしていたが今では俺も条件反射で「うー」と返すだけになった。
野球ゾンビの野外練習に紛れてもみたが投げたボールがバッターに届かないので進まないし、試しに至近距離でバットに当てさせてみたがナメクジ並に動きが遅いので一塁につく前に飽きてつまらん。
俺の体もナメクジ並とは言わないが人間からすれば遅いのでスポーツ事態に無理がある。
電気が無いのでゲームで遊ぶこともできない。
災害時用の手回し発電機でスマホを充電すればゲームができないこともないが発電時間とプレイ時間があまりにも釣り合わないので止めた。無料ガチャで引いたSSRを自慢する相手がいないというのもあるが。
ゲームダメ、映画もダメ。テレビもダメ。そこで乗り捨てられた車で都心を爆走しようとしたがゾンビの反射神経で乗りこなせるはずもなく、速度標識を三本破壊し、田中さんを跳ね飛ばしたところで止めた。田中さんは元気だ、安心して欲しい。
となると行きつく娯楽は読書だ。空腹を忘れられるのは胃袋が炭酸で満ちている時と読書に集中している時で、そんな俺は駅中の大型書店に入り浸るようになった。
炭酸飲料過積載ぎみのレジ袋を片手に空のリュックサックを背負い、ヘッドライトの灯りを頼りに暗闇の店内で書物を漁るのはなかなか楽しい。
暗闇で微動だにしないお仲間にバッタリ会うのは心臓に悪い、が死んでいるので……厳密に言えばゾンビも奇病で病気だから死んではいないのだが、まぁ細かいことはいい。
大型書店は今や古代文明の遺跡と化していて、俺はダンジョンに宝を求めて探索に来た探検家だ。ゴシップ雑誌やファッション雑誌は貴重な歴史書だ。
闇の中で遺物を漁り、リュックサックに詰め込んでは一階の日の当たる元カフェに持ち込み、そこで読んでいる時は宝の鑑定をしているような気分になれる。
興味の無かったジャンル、あらゆる少年、少女漫画に小説、自己啓発本、中でも自己啓発本は面白いぞ。どんなに良い事が書いてあっても終末世界だから意味が無いんだ。笑えるだろ。
ダンジョンに潜ってはカフェという拠点に持ち帰っているうちに平積みされた本がビル群みたいになるのにそんなに時間はかからなかった。
皮肉なことにゾンビになってからの方が読書家だ。
そもそも漫画は読書に入るのか? という論争が起きそうだが、自論ではこうだ「読者の感情が動いたら読書」誰かの言葉な気もするがたぶん違うだろう。この論の支持率が100%であることがその証明だ。
反論する奴がいれば聞いてやってもいいが、まず死んでいるか「あー」としか言わないので討論になることは今のところない。
だが楽しい読書にも大きな欠点があり、それも終末世界ならではのものだ。それは続きが読めない事だ。
気に入った漫画も小説も軒並み休載で未完で、あるいは廃刊。短編集や完結済みのものを探しているが読んでみるまで分からない事も多いのでどうしても永遠の休載に遭遇してしまう。未完で面白いほどに大体がモヤっとした気分で終わるのはとんでもない生殺しだ。
唯一その心配をしなくていいのは図鑑や写真集に専門書だな。
そう言えばゾンビになって読書に対する価値観が大きく変わったことが一つある。ポルノ雑誌だ。あれは腹が減るだけなので読まないことにした。
しかし休載、未完のクソったれなことよ。
食欲だけにとどまらず、この知識欲(?)までも飢えに侵されるというのか! 未完という顎関節症じみた鍵に阻まれるのか!
あぁ神よ! どうか休載に救済を……等のくだらない考えが浮かぶくらいには脳ミゾが腐ってきたのかもしれない。むしろ理性が消えて悩みも消えると喜ぶべきかも。
カフェの外では田中さんがあいかわず前髪を弄っている。俺も早くああなりたい。
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