吸血鬼殺し

 阿鼻叫喚。

 その一言が、何よりも似合う。

 ここは吸血鬼の街。日が当たらない地下にある、大きな街だ。

 いつもは静かな場所なのだが、今日は例外。


 何せ、彼らの天敵がここに侵入してしまった。

 しかも。その天敵はおかしなことに、本来なら彼らに捕食される側の人間だ。だと言うのに、彼らは逃げようと必死になっている。


 ここにはもはや、静寂などない。

 あるのは、人間天敵による殺戮だった。







 ※※※※※







 たった1匹を除いた、全ての吸血鬼を葬った後。



「儂は、始祖バクムスク。全ての吸血鬼の始まりの者だ 」

「・・・・・随分と遅いお出迎えだな 」



 黒い外套を羽織った吸血鬼が、俺の目の前に現れた。音もなく、突然にだ。

 心臓に悪いことこの上ない。



「少しばかり、居眠りしていたからね。その辺は、目を瞑ってくれると助かる 」

「少し寝ている間に、お前を除いた全ての吸血鬼が死んだんだがな 」

「言われなくても知っている。そのようなことよりも、吸血鬼同胞のお出迎えは受けて、なおまだ生きている君の方が興味がそそられるものだ。おめでとう、よくも生きて儂の前に立てるとは 」



 ぱちぱちぱち。

 手を叩く音が響き渡る。



「儂が直々に殺してもいいのだが・・・・・。少々、死ぬには惜しい逸材だ。君、儂の従者にならないかね? 」

「断る 」



 どうして俺が、こいつに従わなければならないというのか。

 断じてごめんだ。



「そうか。非常に残念だよ。・・・・・本当に、残念だ 」



 コツリ。

 なんの躊躇いもなく、俺に一歩近づいてくる。


 途端、ぞわりと俺の体中を鳥肌が駆け巡った。

 足がすくむ。体の震えが止まらない。

 本能が、俺の頭が、逃げろと叫ぶ。こいつは危険だと、この場にいては駄目だと。逃げろと、俺に命令している。



「選択の余地を与えてやろう。逃げるか、このまま死ぬか 」



 けれど。植え付けられた思考と、握られた刀は俺に囁く。

 一匹残らず殺し尽くせ、と。



「さあ、どうする? 」




 目の前には、明らかに格が違う化け物がいる。

 逃げるのが、確かに最良の選択なのだろう。こいつは、俺の手には余る存在だ。殺すことなんて、以ての外。仮に戦ったところで、多分俺は死ぬだろう。

 なら、選ぶべき選択は分かりきっている。


 だというのに、俺はどちらの選択も選べずに固まったままだ。



「どちらを選ぶべきかは、一目瞭然だと思うがな 」



 嘲笑いながら、そいつは俺との距離を縮めていく。


 コツリ、コツリ。



「・・・・・どうして、そんなに俺を逃がしたがる。それともあれか?俺が背中を向けた瞬間を狙ってるのか? 」



 のしかかる重圧に耐えかねて、俺は言葉を振り絞った。


 本当は分かっている。

 こいつが、わざわざ騙し討ちなどする必要はないことは。



「そんな面倒なこと、どうして儂がせねばならんのだ? そのようなずる賢い真似をしなくとも、殺そうと思えばこの一瞬にでも殺せるのだぞ 」



 余裕を崩さず、悠々とした態度のまま。

 やはり、俺の予想通りに答えた。



「しいて言うのなら、惜しいからだ。君には大きな素質がある。いずれ、この儂とすら同等の、いや、それ以上の力を手にするかもしれん。それを今潰すのは、つまらないとは思わんか? 」



 足を止め、楽しむように口を釣り上げる。その目は今を見ていない。ここではない、遠いどこかを見ているように思えた。



「潰せるはずなのに、放置しようとすることは理解出来ないが。・・・・・けど、その気持ちはありがたい 」



 理由はどうあれ、見逃してもいいと言っているのだ。

 殺せるものなら今すぐに殺したいが、残念ながらそれは望めそうにないし。今ここで命を失っては、課された責務を果たせない。


 屈辱も、プライドも、今一度飲み込もう。

 自らに付けられた名を汚す行為だが、甘んじてそれを受ける。


 責務を果たせないということだけは、あってはならない。



「賢明な判断だ。せっかく逃したのだがら、次は儂を楽しませてくれよ? 」

「安心しろ。次は楽しませる間もなく、斬り殺してやる 」

「・・・・・去れ、人外殺し 」

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る