第10話 レコードの巻

 ときは元号が平成に代わるほんの少し前。

 ところはT県の西のはし、芯斗市中那村。

 ウチは、古い木造の日本家屋である。

 家族は姉と私、そして弟と父と祖母。


「お姉ちゃん、田舎嫌いやろ?」

 ストレートに訊いてみた。


 私は「必殺シリーズ」のレコードを持っている。「仕掛人」「仕置人」「助け人」等々、好きなシリーズのBGM集のレコードを所持している。時代劇のBGM集が発売されるのは異例のことなのだそうだ。

 まず、一般的に時代劇というと年配者むけのイメージがあり、BGM集など出る幕もないのだが「必殺シリーズ」の場合は違うのだ。ファンは若いひとが多く、特にアニメや特撮のファンが観ていた。そういった人たちをターゲットにして販売されたのがこのレコードだった。


「お姉ちゃん、ちょっとええかねえ?」

 私は姉の部屋のふすまをたたく。五月半ば、連休が終わって何日か過ぎた。夜になっても、ぬくもりが残っている。風も、湿り気が感じられる。

「どーぞー」

「しつれいしまーす」

 姉はいつもの上下赤ジャージ、私もいつもの白トレーナーにジーパンである。

「なに?お土産もって」

 お盆には、冷えた麦茶と芋ヨーカンが乗っている。

「お姉ちゃん『仕留人』のレコード、またダビングさせてもろうてかまんかね?」

「ええよー。お安い御用。あれ?レコード全部ダビングしたんやなかった?『必殺』のは?」

「それがー『仕留人』のカセット、調子悪いんよー。カタカタカタカタ鳴って」

「そっかー、壊れよるかー。それ、デッキに悪いでえ」

「そーなんよねー」

「あんた、ウォークマンの電池がもったいないけん、ペン刺してカラカラ回したんじゃあないかねえ?」

「そんなこと、せんよー。それこそテープに悪いやんかー」

 私のラジカセは、カセットテープが二本入れられる作りになっていて、テープ同士ならダビングができる。また、デッキの一つは取り外すことができ、ウォークマンとして使えるのである。この、ウォークマン部分をデッキの上部に取り付けることを、姉は「パイルダーオン!」と呼んでいる。

「かまんよー、使うたやー。あんた、使い方わかるでねえ」

「うん、わかる。使わしてもらいまーす」

 姉のレコードプレーヤーは、ラジカセにコードでつながっている。この二台で私はいつもレコードをダビングしているのだった。「必殺シリーズ」のBGM集はカセットテープでも販売されているが、私はレコードで購入している。レコードのほうが音が良いそうだし、それに第一、カセットは壊れたらおしまいだ。


「マクセル」の「クロームテープ」のビニールカバーをはずし、姉のラジカセに入れる。姉のも私のラジカセも「メタルテープ仕様」にはなっていない。もっとも、あんな高いテープは買えない。

 ラジカセの入力を切り替え、レコードプレーヤーに「仕留人」のレコードをセットし、ラジカセの録音ボタンを押す。そして、レコード針を静かにレコードにのせる。一連の動作は、もはや儀式のようになっている。


 この作業は、以前は姉に頼んですべてを姉まかせでやってもらっていた。しかし、問題が生じた。姉は、テープの余白がキライなのだ。ダビングが終わってテープに何分か残りがあると、その部分を埋めたがるのだ。姉本人は、いろんなヒーローものやアニメの曲をダビングして、よくオリジナルのヒット曲集をつくっており、人からダビングを頼まれたときは快くダビングしてあげている。このときに、やってしまうのだ。例えば「宇宙戦艦ヤマト」のレコードをダビングしてあげると、余白に「仮面ライダー」の主題歌が入ったりするのだ。本人はサービスのつもりらしい。


 私のテープでも、そうだったのだ。「仕掛人」のレコードをダビングしてもらった時、A面のおわりには「秘密戦隊ゴレンジャー」の、B面のおわりには「ジャッカー電撃隊」のOPとEDがそれぞれ入っていた。仕掛人のA面が終わったので、カセットをひっくり返そうと手をのばしたら「進め!ゴレンジャー」のイントロがどかあん!と始まった。私は硬直した。歌の半ばまで、何がおこっているのか状況が理解できなかった。完全に思考停止していた。

 そういうわけで、私は自分のダビングは自分で行うのだ。「いつもやってもらうと、悪いけん」と理由をつけて。


 ふと思った。この機会に確かめておこう。姉は、気を悪くするだろうか……。

「お姉ちゃん、田舎嫌いやろ?」

 ストレートに訊いてみた。

 前から訊いておきたかったことだった。

「うん、わかる?」

 意外にあっさりと、答えが返ってきた。

「なんとなく……ねえ…そんな気がしとった…私…」

「そっかー…そりゃあ…そうやろうねえ……。あんたには、気付かれても不思議じゃあないわねえ……」

「進学したら、もう………帰って…こんつもり?お姉ちゃん?」

「うーーーーーん、わからん……。その時にならんと、ねえ…。まだ高校行きよる状態じゃあ、ねえ…」

「でも、やっぱり出たい?お姉ちゃん?」

「進学の理由としては、山ほどあるんよーー。ただ…ね、社会に出るまでにもう少し成長したい、いうのはあるねえ……。このまんま、社会には出とうない。ましてや、こんな田舎で!」

「うん…………わかる…………」

「ずううーーーーっと、こんなトコおるより、他の場所で暮らしてみたいし……ねえ。目標は、あっち行ってから決めていこうと思うとるし……何よりアタシは、田舎がもう嫌でイヤでねえ……」

「そうながや……」

「どこに行ってもつきまとう、田舎の、イナカならではのベタベタした人間関係がイヤでねえ。表向きにええこと言いよっても、ウラじゃあどうやらわからんもん、ねえ。もっと人との間に距離とって、サバサバしていきたいんよ、アタシ」

「そう……か…」

「前にアタシ『萩原朔太郎』の『田舎を恐る』いう詩、読んでねえ。大正時代に、よう、こんなすごいのつくったなあ……と、ねえ。アタシ共感して……ねえ」

「見たことある……。『私は田舎を恐れる』いうやつやっけ?」

「そう、『わたしは田舎をおそれる………田舎の空気は陰鬱でくるしい』……」

「……………………」

「アタシ、中学のときから決めとった。かならずアタシは出ていく!とね…」

「……そう………か……お姉ちゃん………」

「ただでさえド田舎のT県の、さらに郡部の西のハズレって、どんだけ端っこやねん!アタシは耐えられん!こんなトコでずううっと生きねばならんのはああああ!」

「お姉ちゃん、このT県、自身をあんまり好きじゃあないでねえ」

「そおおおおーー!そおなんよおおおーー!T県も、この県人のありようも、アタシぁ嫌でイヤでいやでイヤでたまらんのよ!」

「………うん………」

「なあにが『T県には海と山と川がある』じゃあ!それしか無いんじゃあ!T県には、それダケしか無いんじゃああああ!ソレ以外が何っっっにも無いんじゃああ!この県わああああああ!」

「う……うん……」

「だいたい、その言葉は、外部のひとがこっちに向かっていうことやんか!内のもんがいうのは恥ずかしいコトやんかああ!こんなの、言い訳の、負け惜しみの、強がりの、まやかしでごまかしの、悔しまぎれの、薄っぺらな開き直りだよおおお!」

「…………………………」

「ご自慢のその自然に、毎年毎年、災害くらいまくってるんだよ!この県民は!さすがは森林率九割だよ!山と山に挟まれて、へばりついて暮らしてるようなもんだよ!」

「…………………………」

「ええい!『すべて自然の中が一番素晴らしい』なんて、フィクションの中の話しやんかあ!」

「……………………」

「自然の恐さなんて、全然知らんヤツの言うコトやんかああ!それはあああ!」

「…そう…やね…」

「この県で、ほかにちいとでも自慢できるもんいうたら、あとは幕末維新の志士がおったことだけやんか!それしか、そんだけしか、ありゃあせんのやんか!それらを何度もなんどもネタにして使いまわすだけやんか!おんなじようなコトばっかり!」

「…………………………」

「県民の学力も収入も全国最低レベル!それで災害は多いって、どんだけ暮らしにくいトコロなんだよ!ここは!さすがは流刑の地でございますなあ!」

「…………………………」

「年間降雨量日本一にして、年間日照時間も日本一ってどういうことだよこの県は!何なんだよ、この相反する、アイハンしすぎる日本一は!戦隊のリーダーにして、悪の大幹部かよ!吸血鬼にして波紋の達人かよお!……あ、それって……」

「…………………………」

「どこ行っても野菜の腐った臭い、水の淀んだニオイ!魚の傷んだ臭い!どこいっても関係者ばっかり!息の詰まりすぎるトコロだよ!アタシは人には恵まれたと思う。けど、出て行きたい、アタシは!こんなところでこんな県でこんな田舎でこのまんま、終わりとうない!」

「………お父さん、知ってるん?」

「うん……父さんには……話してある…」

「そう………か………」

「大変やけんど、アタシもできる限りがんばるけん、おねがいします、いうて……」

「うん……」

「……『かくかくに渋民村は恋しかり おもひでの山 おもひでの川』……か……石…川…啄…木………ねえ……」

「………お、お姉ちゃん………」

「とにかく、アタシぁこの村から、この県から出たいんよ!とにかく兎に角トニカクうううう!このバカでビンボーなどうしようもない県が、負のスパイラルの『神砂嵐』の吹きまくるこの県が大っっっっっ嫌いなんじゃあああああ!」

 姉はヒートアップしていく。

「なあにが『一億総中流』じゃあ!アホぬかせえええ!水源のキレイな流れにずっとおるヤツらに下流の海水と泥に混じって生きとるもんらあの気持ちは分かりゃあせん!」

「ちょ、ちょっと、お姉ちゃん」

「アタシはもう、泥はゴメンなんよ!ドロにまみれて、ぐっちゃんぐちゃんになって生きるのはもうイヤなんじゃあああ!もう、ええ!こんなトコは、もう、ええ!」

 ガッチャン!

 姉の演説がクライマックスに達したとき、ラジカセのスイッチが上がった。

 A面のダビングが終了した。


            レコードの巻 終






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