第6話ビデオの巻
ときは元号が平成に代わるほんの少し前。ところはT県の西のはし、芯斗市中那村。
ウチは、古い木造の日本家屋である。家族は姉と私、そして弟と父と祖母。
新学期も少しずつ落ち着いてきた。四月の半ばすぎ、あたたかく静かな夜だった。柑橘の花の香りが漂っている。
姉は「仮面ライダー1号」のファンであり、そのシリーズの作品はすべてチェックしている。姉が好きなものは他にもいくつかあるのだが、今回はこれについて語ってみよう。
姉は「ルパン三世」のシリーズもすべてチェックしているのだ。
正確には、姉は「ルパン三世の第一シリーズ」のみが好きなのであり、後々の作品については、さほどお好みではない。私も見ていたが「第一シリーズ」は、明らかに作品の空気が違っていた。姉は「第一シリーズ」独特の、乾いた、ハードな、外国映画のような雰囲気が好きなのだ。「第一」も「第二」も、よく再放送されたのですべてチェックしていた。少し前に「第三シリーズ」も放送された。姉は毎週、文句を言いながら見ていた。結局のところ「第一シリーズ」がよかったという結論に落ち着くのだが。「銭形警部をアホみたいにしたらイカン!」そうだ。
姉がビデオテープを取り出している。「ルパン三世」の劇場版三作目の「バビロンの黄金伝説」である。去年の「金曜ロードショー」を録画したものだ。姉はいつもの上下赤ジャージ、私は白トレーナーにジーパンだ。
「お姉ちゃん、また、それ観るん?」
「また、とは何よ。『八つ墓村』何回も観るひとに言われとうないけど…」
「あちゃー、それ言われると弱いー。でも、あの作品のオープニングは、全部の映画のなかでも最も美しいオープニングなんよ。私にとっては…」
「あー!そりゃあ、わかる!あの始まりかたは、素晴らしいね。あの哀感がええよねえーー!♪ちゃららちゃーららちゃららーってか?」
「そー、そー!さすが!わかってるやんー!お姉ちゃん!」
「ふふん!姉をナメるな。ああいうフンイキ、あんた大いいっ好きやもんねえ」
「そうながよ…。あれは、さすが『砂の器』のスタッフだなあーと思うわけよー」
「ああー!あれもえーえ映画やねえ。ラストの十分が、泣けるでねえ」
「そう、そー!ええでねえ!あのラスト!あの映画は、作者からも『映画でしか表現できん』と言わしめた作品やけんねえ。でー、お姉ちゃん。何の用事?」
「トモ美、この映画の話、覚えてる?」
「全っ然!たしか昨年くらいに一緒にテレビで観たけど…記憶に残ってない!」
「そーやろおー!アタシも、そのとき確っかに観たけど、気がついたらエンディングになってた!タイムスリップしたかと思ったよ」
「わかるー。観たキオクはあるけど、どんな内容やったか、すっぽり抜けてる」
「そうそう、銭形のとっつぁんと、バイクで走るところとか、空飛ぶおばあさんとか、ところドコロ頭にあるだけで…」
「あ、そうや。そんなシーン、あったねえ」
「全体のお話が全っ然わからんのよねー」
「お姉ちゃん、映画館でも観たがやなかった?」
「そう!友達らと『サンシャイン館』に観に行ったで」
「そのときは?」
「終わったあと、みんなでお茶したけど…話は…同時上映の『ランボー2』のことばっかりやった気がする…」
「覚えてなかったか…」
「それで、昨年『金曜ロードショー』で観たけど…」
「お互い、記憶がないと…」
「そーなんよ!ルパン三世で、コレだけ覚えてない!」
「えと、『VS複製人間』とか『カリオストロ』は?」
「はじめから終わりまで、ここにあるよう」
姉は自分の頭を指さす。
「アタシぁ、セリフ、BGM、効果音、アクションのタイミングまで脳内再生できる」
「この『バビロン』はムリ?」
「ムリ。ちいとも思い出せん。このアタシがー、くやしいんよー」
「そーか。わからん気もするけど、そうかそーか。で…?」
「まあねえ。『ルパン三世』の映画は、どれも謎のところがあるけど、これはアタシには特別なんよねー」
「謎?ナゾ?なぞお?『VSマモー』にナゾあったっけ?」
「ほらあ、肉体をコピーするのはわかるとして、記憶はどうなるかとかあ…その技術を発明したのは誰なんだとかあ…そもそもあの『オリジナル』何なんだ!とかアタシには、いろいろあるわけよねー」
「なるほどねー。たしかにナゾだ。映画観てたら、あの画面に圧倒されて、すべて納得した気になってたよ私」
「それと『カリオストロ』については、一ヶ所!ただの一ヶ所だけ!タダの一ヶ所ォォ!そこだけにナゾの一点集中ゥゥゥゥなのだァァァァ!」
「どこよ、それ?お姉ちゃん?」
「だってあの映画『ルパン』が公国に入り込む理由がわからんもん!」
「えっと……『クラリス』を救い出すんじゃあ……?」
「彼女に会うのは、公国に入ってからやんか。ほら、車で追われるクラリスを救けてからやもん。わざわざ、公国に赴く理由がどこにあったかアタシはわからんのよ…」
「ええとおおお……あ、偽札の機械とか!」
「そう…それもねえ、映画のはじめで盛大に撒き散らすやん、カジノから盗ったすぐ後で!」
「あ、そうかー!『こんなもんいらん!』って感じでバラ蒔くもんねえ」
「そうやろそうやろー!つまり『ルパン』はニセ札には興味が無いわけやんかあ!なんでそんなもん作る国に入るわけよ!」
「そーいやあ、そうやねえ…。なんで『ルパン』は公国に行ったんやろう…」
「そうなんよー!そこが、この映画の唯一の謎なわけよー!それを理解したくて見返すんやけど、そのたびに『炎のたからもの』が流れるあたりから魔法にかかったみたいにガァァァーっと最後まで一気に観てしもうて、気付いたら『水野さん』がインターポールの解説しよるわけよー」
「なるほどねー。聞いてみると、よーわかるわあ」
「で、ね、トモ美、頼みがある。コレ、『バビロン』一緒に観てくれん?」
「ええけど?どうせ今ヒマやし」
「でね、アタシが寝そうになったら、起こしてほしいんよ」
「なるほど!」
「トモ美が寝そうになったら、アタシが起こすけん!」
「それやったら、ちゃんと観えるねえ。協力しませう」
お菓子とジュースを取りにいっていたら、弟が声をかけてきた。上下とも青いトレーナーだ。
「何しようの?トモ姉?」
「今からお姉ちゃんと『ルパン三世』のビデオ観るけん、用意しようんよ」
「わあ!オレも観たい!どのビデオ?」
「ええよ!『黄金伝説』一緒に観よう。ねえ、お姉ちゃん」
「アタシも、ええよー。それに、この『スノーマウンテンプロジェクト』を行うにあたって、人数が多いほうが、敗北の確率は下がるだろう」
「カズ姉?何?その計画?」
「あー、なるほど。『スノーマウンテン』ね。寝るな!寝ると死ぬぞ!ってやつね」
「????」
弟には、後で説明しておこう。
「さー、アタシはカルピスー」
好きだなあ。
ビデオを再生する。
とりあえず「水野さん」の解説はワープさせる。
いきなり「河合奈保子」の歌うオープニングが始まった。そして本編…。
ルパン三世と、謎の老婆がバーで話している。そうだ、こんな始まりかただった。
弟が、きいてきた。
「このお婆さん、何者?」
「私、わからん。お姉ちゃん、知ってる?」
「アタシもわからん。全てのナゾの鍵を握るらしいけど…記憶が…」
「そうそー。そのキオクを取り戻すために観よるんやけんねー」
「あー、そうなんやー」
お宝を狙うギャングたちとの戦いがはじまった。よくキャラが動く。が、ダラダラした展開で、話にメリハリが無いので、こちらは動きまくる画面をぼーっと眺めるしかない。
姉が弟に声をかけた。
「ユウ、あんた結局『おニャン子』のだれのファンなが?」
「エ…べつに、だれいうのはおらんけど…みんなのファンやしオレ」
「ウソやー!絶対ダレかおるはずで、あんたあ!」
「オレは、全体として『おニャン子』のファン!あー、解散がかなしーなー」
「何、その棒読みは?」
「うるさいよ!それよりカズ姉こそ、ええ話はないのかえ?」
「ア、アタシは…『本郷さん』ひとスジやもん!」
「彼氏はー?カーレーシーワー?」
「ア、ア、アタシのカレシは、ケン!ほらあケン!ケンやもん!冬だけ旅からもどる『スナフキン』野郎やけどね!」
「え?ケンいうて…アレのこと?あの、アレ?アレ?あのアレ?アレえ!?」
「アレとは何よ!あいつ、アタシに気があるんよ!」
「まあねえー。たしかに、カズ姉には懐いてるけど…ねえー、トモ姉!」
「うん…人間だったらよかったんだけどねえ…」
「ええの!アタシのカレシはケン!あこがれのひとは本郷さん!」
「あれえ?ジョウ治さん…」
「私は、あえて何も言わん」
「あああああ!あ!あ!あの、あの、あの、あのひとは!ジョウ治師匠は、し、し、し師匠!拳術の師匠!せせせせせ、先生やもん!先生!先生せんせいセンセイ!そそそそ、そんなのじゃあないもん!なななななな、なんにもないもん!何にもナンニモなんにもないもん!」
「ホントにー、カズ姉?」
「ホ!ほ!ホント!ホントほんとホント!ああああ、あのひととは、ジョ、ジョ、ジョウ治師匠とは、しっしっしっし、師弟のっカンケイやけん!ホント!ほんと!ホントに師弟!ホントに!ほんっっとにホント!」
「前から思うけどお姉ちゃん、どうして『さん』付けせんかなあ…」
「トモ美!うるさい!許さんよ!かかかかか、か、勝手やんかあ!アタシのォ!」
姉は、頭をかきむしりはじめた。
「でもお、カズ姉、どうしてえ?」
「だ、だ、だ、だってだってだってだって、だだだだ、大師匠が亡くなって、永津流拳術を孫の、ああああ、あのひとがが、あのひとがジョウ治師匠が継いだことになったがやけん、しっしっし、師匠でええやんか!ええやんかああ!師匠でええええ!ねえ!そうやろう!ねえ!ねええ!」
バサバサの髪の毛に、真っ赤な顔で叫んだ。
「そこまで」
「ムキにならんでも」
「許さんよ!トモ美!あ、あ、あんた、あんたこそ理想のひとは、五十過ぎの妻子持ちのオッサンやんか!」
「あー、何、お姉ちゃん!そのスキャンダルみたいな言い方!」
「トモ姉…それ…本当のこと…?まさか…フリン?」
驚いたのはわかるが、そんなに哀しい目で私を見るな、弟よ…。
「違うちがう!小説の主人公のこと!鬼平さん!『鬼の平蔵さん』のことやけん!私は『鬼平犯科帖』のファンやけん!」
「あーよかったー。『鬼平さん』かー。オレ読んだことないけど」
「平蔵さんは、理想の上司とするひとも多いんやけんね!」
「ユウは、だれかおらんが?となりのクラスとか」
「へっ『北芯斗中学』に、オレの目にかなう女はおらん」
「誰みたいなひとお?」
「そっりゃあ『ジョウノウチ』みたいな女、ここにはおらんでー」
「そうか!」
「語るに落ちたり!」
「え?オレ、何か言うたっけ?」
「シブいねえ、あんた」
「そうかー『城之内小百合』やったかー」
「あー!なんで解るが、姉ちゃん!」
姉が呟いた。
「わが恋をはじめて友にうち明けし夜のことなど思い出づる日…石川啄木…」
三人とも、画面なんて観ていない。
「まー、しかしユウ。弟のあんたは、つくづく健全な少年に育ったねー」
「そうやね、お姉ちゃん。姉二人が、こんなシュミやけどねー。弟だけは、マトモやもんねー」
「どうゆーこと?」
「つまり、アタシがアニメと特撮とマンガ大好きの投稿生きがい女で」
「私は歴史、時代劇マニアでアニメマンガ好き」
「姉二人がこんなマニアックなやつらで、よーアイドル好きのスポーツ少年になったもんや、とねー」
「そうそう、私もそう思う」
「あー、そうなんやー。そりゃあ、やっぱり姉二人がこんなけんやないかねえ」
「あ!そうか!それだ!」
「そーやね!ユウの言うとおりやね!」
「やっぱりそうか。あははははは!」
「そーだ!そのとおり!わははははは!」
「そうそー!そのとおり!ぎゃはははは!」
「あはは!ハラ痛い!あははは!」
「わははははは…はは…は…は………!」
「ぎゃはははは…はは…は…は………!」
「あははははは…は…え?」
「き~さ~ま~!」
「お~の~れ~は~!」
そして、二人同時に声が出た。
「ゆーてはならんことをー!」
「わぁ!ごめんなさい!お姉サマ!」
ビデオの方は、どうなっているんだっけ?
「あ!このコマーシャル、なつかしい!」「ユウはラーメン好きやけんねえ」
「もう、これ売ってない?カズ姉?」
「う~ん『農協ストア』には、無かったと思うよー」
「あー食いたいー『まだむやーん』!」
「ユウ『ドリフ』のそのギャグ、すんごい好きやったもんね。ねえ、お姉ちゃん」
「そうそー。畳ころげまわって笑うてねえ!」
「まだむやーん!このころ、まだ『全員集合』しよったっけ?」
「どうやったかなー」
「ユウ、知ってる?『全員集合』と『ひょうきん族』都会じゃあ両方とも、土曜日の夜8時からやりよったって」
「うっそおおお『ひょうきん族』日曜の3時やないの?」
「あんな半年遅れの放送、そのまま本放送と思うてたの?」
「え~そーなんやー。オレ、どっち観るか悩みまくるやんか」
「私もそう思う」
「土曜日に学校行っても、昼までオレ、うわの空になるろうなあ…」
「帰りの道でもそうやろねえ」
「オレ、田舎でよかった!両方楽しんで観られたけん」
逆に、他の様々な番組が、このT県では放送されていないんだが。
姉が言う。
「つまり『タケちゃんマン』は『ブラックデビル』だけじゃなしに『ドリフ』とも戦いよったわけやねえ」
「すごい戦いやねえ『たけし、さんま』対『ドリフターズ』!」
思い出したことがあった。
「ねえ、ユウ?」
「なに?トモ姉?」
「あんた『志村』のギャグ覚えて、よう言いよったやん。あれ、あんたまだ覚えてる?」
「あー、あれね!アタシも思い出した。カルタのやつやろう?学校コントの!」
「正月に『志村』が作ったカルタ、学校で読むやつやろ?」
「そう!それが全部『いかりやさん』の悪口のやつ、あんた、よう言いよったやん」
「今でも言えるで、オレ」
「じゃあ、アタシが『いかりや』やるわ!ユウ『志村』ね」
「よっしゃ!やろ!やろう!面白い!」
「志村あ、お前カルタ作ったのか?たいしたもんだ」
早速いかりやさんのマネがはじまった。背筋を伸ばしてシャキっと立ち、眼鏡をクイっとなおすなど、いろいろ芸が細かい。
「はい!先生!」
志村のマネも、きちんと背を丸めて、上目づかいをしてるじゃないか。
「じゃあ、いろはの『い』は?」
「いかりやが通ればオバケも逃げる!」
姉は、うしろにずっこけた。
「まあいい。次!いろはの『ろ』は?」
「論より証拠にひどい顔!」
横に倒れた。
「次!いろはの『は』は?」
「ハンパじゃねえよ、あの顔は!」
「じゃあ最後、いろはの『と』は?」
「とうとう死んだか、いかりやは!」
姉は、コタツに顔面をぶつけた。弟は涙を流して笑っている。姉もコタツに突っ伏したままゲラゲラ笑っている。私もお腹が痛い。
おもいきり笑って、ふと我にかえった。テレビから銭形警部の声が聞こえていた。
そうだ、我々は「ルパン三世」を観ていたんだ。
あらためて、きちんと見直すことになった。
そして…
時は過ぎた。
私は再びワレにかえった。今度は11時の鐘に起こされた。
いつの間にか、意識がとんでいた。
姉も弟も、半開きの目でぼおっと座っている。
ビデオは終わっており、自動で巻き戻されていた。
ホオ!ホホオ!ホホオー!
すぐ近くでフクロウが鳴いている。
私たちは、何も映っていない画面をずっと眺めていたのだった。なんだか、怖い。
「起きて!お姉ちゃん!ユウイチ!起きてオきて!ビデオ終わってる!」
「ふわあああ…あ…アタシ…なに…しよったっけ?………って、ビデオ終わったあああーー!?」
「え!ウソやろ、トモ姉!オレどこまで観たっけ?全然おぼえてない!」
「私も、全っ然無いよ。意識が遠のいてた」
「アタシも、また覚えてなーい!またやっちまったああ!ちくしょう!」
「二人とも、もう11時過ぎたで」
「ええ!オレ朝練あるけん、先に寝るで!」
「かまんよ、どうぞ。付き合わしたけん、洗い物アタシがやるわ」
「お姉ちゃん、私、手伝う!」
「それでは」
三人一緒に、
「今宵は、ここまでにいたしとう存じまする」
姉が、このビデオをまともに観られる日は来るんだろうか?
4月半ばの、妙にあたたかい夜のことであった。
ビデオの巻 終
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます