第5話空中回転、大風車

 ときは元号が平成に代わるほんの少し前。ところはT県の西のはし、芯斗市中那村。

 ウチは、古い木造の日本家屋である。家族は姉と私、そして弟と父と祖母。


 四月最初の土曜日、朝六時半。姉と私は、朝稽古を終えて家に戻った。稽古はいつも、近くの無人の社の境内である。姉は風呂の薪置き場に、へし曲がった杭を乗せた。姉のライダーキックで折れたものだ。


 姉は、さっさと仕事着(戦闘スタイル)に着替え、汗だくのジャージを洗濯機に放りこんだ。ささっとシャワーを浴びたいところだろうが、残念ながらそれはウチには存在していない。


 朝食後は家族みな、それぞれの目的で家を出る。

 父は、仕事に。

 姉は、アルバイトに。

 弟は、部活に。

 私は、祖母と洗い物をかたづける。

 洗濯物のすすぎがおわった。いそいで洗濯槽から脱水槽へうつしかえる。世の中には、この手順の必要ない「全自動式洗濯機」とやらがあるそうだが、そんな文明開化のような機械がウチにおとずれる日はくるのだろうか。


 庭には、一面にムシロが敷かれ、ワラビが干されている。

 祖母は、いつもここでいろんなものを干して保存している。

 春には、ワラビ、ゼンマイ、タケノコ。

 夏には、ウメ。

 秋には、シイタケ。

 冬には、ダイコン、サツマイモ。

 ラジオのニュースが聞こえる。今日は四月二日か…。

 あ、姉の誕生日だ。十八歳かあ…。

 不思議なものだ。姉は、生まれるのがあと一日早ければ、もう高校を卒業している。

 そういえば、進学希望だったなあ…。


 午後。

「ユウイチー、おつかいしてきてくれんかね?」

「ええけどー、ちょっと休んでからでかまん?」

「急がんよー。夕方までにカツオ一本買うてきてくれたらええけん」

「わかったー、ジュースも買わせてねー」

「あー、そうやね。ついでに大きいビンのジュースもお願い」

「え?今日は何で?」

「ほらあ、今日、お姉ちゃんの!」

「あ、そうか!誕生日!カズ姉、カツオ一番好きやもんねえ。けど、カズ姉他のジュース飲むかねえ?」

「カルピス以外、絶対飲まんわけじゃないよ。それに私はそろそろカルピス以外が飲みたい」

「そうやねー。わかった。ファンタでもなんでもかまんね?」

「まかせるー。よろしくー」


 姉のカルピスへのこだわりはすごいのだ。

 原液と水の配分率は、カッチリ決まっている。「大正八年以来の、伝統の味」だそうだ。

 そして、冷蔵庫にいつでも飲める状態になっていないと気がすまない。

 したがって、ウチにはカルピスの茶色いビンが常に存在する。

 このビンは使い勝手がよく、姉はユズの絞り汁や出汁の保管に活用している。

 たしかに、このフタの開閉できるのは便利だ。

 そういえば、少し前に「カルピスウォーター」という、カンからそのまま飲めるものが発売されたが、姉はその味を認めていない。物足りなさすぎるそうだ。ついでにいうと「カルピスソーダ」はもっと認めていない。乳酸菌に対するボウトクだそうだ。

 さて私は、注文したケーキを受け取りに行こう。


 そうこうしているうちに、あっという間に夕方になった。

 カツオは捌いてサワチに盛った。

 タケノコの煮物もできている。

 風呂を沸かしておこう。風呂焚きは、すっかり私の役目になった。


 今朝の杭を薪にしておこう。

 愛用のナタを手にする。

 マキ割り台に、一尺に切った杭を立てる。

 外側の指から、ナタの柄を握っていく。涅槃経を唱えながら、指一本ずつ力を込める。

「諸行無常」

「是生滅法」

「生滅滅已」

「寂滅為楽」

「!」

 カツン!

 ナタを振り下ろすと杭が真っ二つに割れた。さらに細かく割っていく。

「いちじゅうつんではちちのためー」

 カツン!

「にじゅうつんではははのためー」

 カツン!

「さんじゅうつんではにしをむきーきょうだいしまいを…」


 やがて、姉が帰ってきた。

 2メートルの丸太を持っている。叔父のところでもらったものだ。

「お姉ちゃん、おめでとう、誕生日!」

「あー、今日やったかー忘れておったー」

 コケた…。

「トモ美、見てみて、新ワザ!」

「何?」

 丸太を肩にかつぎ上げた。

「ライダー!きりもみシュウトォォ!」

 大回転してブン投げた。

「今度、ユウで試してみよう!」


 夕方の空に、コウモリが群れて飛んでいく。

         空中回転、大風車 終




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