第4話見たか!載ったぞ!ファンロード

 ときは、元号が平成に代わるほんの少し前。ところはT県の西のはし芯斗市中那村。

 ウチは、古い木造の日本家屋である。家族は姉と私、そして弟と父と祖母。


 三月三十一日木曜日。春休みは半分になった。陽が落ちると、田んぼからレンゲの香りが強くただよう。あれが枯れはじめたら、耕運機で掘り返して水を張る。カエルも鳴きはじめた。

 入浴、夕食後、洗い物をすませると、各自の時間である。

 わたしは、買ったばかりの「鬼平犯科帳」の新刊を読み返している。上下グレーのトレーナーに渋茶色の半纏をはおっている。コタツにはミカン、せんべい。ティッシュもごみ箱も手にとどく範囲だ。私の炬燵ライフは完璧である。

 姉は、今日買ってきた「月刊ファンロード」を開いていることだろう。

 この月刊誌には、毎月十五日発売と書かれている。表紙にも、裏表紙にも毎号必ず書かれている。しかし、この雑誌は、毎月かならず月末に書店に並ぶ。だいたい、月刊誌の発売日は、記載している日にちよりはやくなるのが一般的だろう。T県が田舎すぎて遅いのかと思っていたが、どうやら全国的なことらしい。

 この雑誌は、なぜ二週間も遅れるんだろう。

 姉に一度聞いてみたが、「世界の謎」と言われてしまった。

 ちなみにどんな雑誌かというと、説明がとても難しい。一般にいうとアニメ誌の部類にはいると思う。現に、当のこの雑誌自信が「アニメック(月刊アニメ誌)の姉妹誌」とうたっている。アニメがこの雑誌のメインコンテンツであるのは間違いない。しかし、この雑誌が取り扱うことがらは、アニメだけにとどまらないのだ。特撮、プラモデル、アイドル、マンガ、時代劇、グルメ情報、海外レポetc.、とにかく範囲が広いのだ。オタク系の若者のシュミをごった煮にして、その抽出したエキスで印刷したような雑誌だった。

 そして、この雑誌のすごいところはもう一つある。読者の投稿コーナーの多さだ。雑誌の内容の半分以上が、読者の投稿ページなのだ。イラスト、コメント、写真、マンガ、クイズ(ネタ)あらゆるコーナーが読者の投稿ページであり、さらには毎月の雑誌の表紙まで、読者の描いたイラストだったのだ。この雑誌の常連投稿者のなかで、プロのクリエイターになった人は、

少なからず存在する。姉は、この雑誌に投稿することが趣味なのだった。


 どんなものか、少し姉の投稿作品を出してみよう。先に説明しておくが、クイズの場合、答えさせることが目的ではなく、あくまでもクイズ自身がネタなのである。


 今月のクイズ

問・以下の文章の空欄にあてはまる言葉を語群より選び、記号で答えなさい

              P・N紅点女

迫るショッカー□□□□□□□□我が町ねらう黒い影世界の平和を守るため


語群

A・地獄の軍団

B・悪魔の軍団

C・恐怖の軍団

D・影の軍団

E・たけし軍団

F・石原軍団

G・猿の軍団


 こういった具合なのだ。クイズ形式のネタのコーナーなのだ。ちなみに正解はCである。


 もう少し出してみよう。今度は、今月の新語コーナーの作品だ。アニメや特撮に出てくるようごをつかって、新しい意味の言葉をネタとして出すコーナーなのだ。


 今月の新語

              P・N紅点女

アボらす

対戦相手を、口から泡を出して溶かして倒すこと

使用例

「ザ・グレートカブキ、天竜を見事にアボらして勝利しました」


 ウルトラマンに登場する、青色発泡怪獣を元ネタにしたものなのだ。次は、タツノコプロのアニメが元ネタの作品だ。


ペガす

相撲取りが、フェンシング選手を背負って駆け回ること。フェンシング選手は、力士に乗る前に、化粧まわしの中にもぐりこむ必要がある。

使用例

「高見山関、ペガしてもらえませんか」

「オーケー、テックイン、オーケー」


 「紅点女」は姉のペンネームである。読み方は「クレナイテンニョ」ではなく「アカテンオンナ」だそうだ。


「ノックしてもしもーし!」

 部屋の入り口のふすまが鳴った。

「はいどーぞー」

「トモ美ーちょっといい?」

「ええよ、お姉ちゃん」

「じゃーん!おみやげー」

「イカダ羊羮やん!やったー!」

「バラで売りよったけんね。はい、あんたに二本」

「ありがとう。お礼にお茶を淹れましょう」

「そなたは、ほんに和菓子好きよのう」

「あい、まことにもって大好物にございます。お代官様」

「そちも、ワルよのう」

「いえいえ、あなた様には、かないません」

 二人同時に。

「わっはっはっはー」

「ぎゃははははは!」


 ほうじ茶を淹れる。私の部屋には、湯わかしポットがある。姉のところは部屋中が本で、あとは机と布団で一杯だ。

「で、お姉ちゃん、今月の成績はどう?」

「上々やね。ま、見てみ」

 今月のファンロードが渡された。いくつか、しおりが挟まれている。

「今月のシュミ特は?」

「らんま1/2。アニメ化記念やって」

 シュミ特とは「趣味の特集」の略である。一つの作品にしぼって投稿を集める特集なのだ。これも、アニメ、特撮、時代劇、さらにはアニメ化していないマンガ作品まで、なんでもありの大特集だ。

「らんま1/2」は少年サンデーに連載中のマンガであり、主人公は格闘家の少年なのだが、水をかぶると女の身体になってしまう体質なのだ。逆に、女の状態でお湯をかぶると男の身体にもどる。アニメ化したら、声優さんはどうするんだろう。

「シュミ特のところに、しおりがあるねえ」

「ふふん!」

 Vサイン!

 開けてみると、主人公のページだった。

「どれよ」

「これ、ここ」

 指さした項目をみる。


早乙女乱馬

彼を縛りつけて、ビニールで体の真ん中から縦に左右真っ二つに分けて、右側から水を、左側からお湯を同時にかぶせたら、あしゅら男爵みたいになるんだろうか。

              P・N紅点女


「ぎゃはははははは!やるやんか!」

「ふふん!」

「で、お姉ちゃん今晩この本借りてOK?」

「もちろんOK!隅からスミまで読んだわよ。アタシゃあ今夜は次号のネタ出しで大わらわよー」

「ありがとー」

「…『新しき本を買いきて読む夜半のそのたのしさも長くわすれぬ』…石川啄木…静かに笑ってね🖤」

「うん、可能なかぎり努力する🖤」

 そして、二人同時に声が出た。

「それでは」「それでは」

「今宵は、ここまでにいたしとう存じまする」

 お辞儀。これが私たちの「おやすみなさい」なのだ。

 バササッ!

 外で羽音がした。

 キョキョキョキョ!キョキョキョキョキョキョ!

 ヨタカが飛びたった。

 もう、そんな季節なのか。


  見たか!載ったぞ!ファンロード 終

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