第19話 校内探索、以外と難航する
綾小路はそっと河田が向かう方向を確かめた後に理科室へ向かった。単なるトイレだとすぐに戻ってしまう恐れがあるからだ。河田の尾行させるのも兼ねて千沙子に家庭科室の鍵を取らせに同じ方向へ向かわせた。もし河田が引き返して来たら連絡が来る。
しかし、頭に叩き込んだ校内地図には途中にトイレはないはずだ。ならば職員室へ何か所用があると考えて良い。
とはいえ、泥棒の時もそうだったが、すぐに戻ることも多々あるからタイムリミットは五分、長くても七分。これは長年の経験の勘だ。作業服やスーツを着て民家に侵入するのなら三十分は探れるが、今回はいろいろと勝手が違う。
しかも、普段なら金目の物がある場所は検討がつくが、今回は肥料や危険物の探索。
「久しぶりの仕事にしては難易度が高いなあ。まずは薬品棚、と」
素早く理科室の扉を解錠すると、中に入り見渡す。さすがに薬品棚までは今回は見る時間はない。場所の確認と不審な点が無いかの確認が関の山だ。
「見たところ、実験していたのか。ビーカーなど器具が出しっぱなしってことは、すぐに戻るな。おや?」
隅にある薬品棚らしき鋼鉄製ロッカーを見ると床の傷がやたらと多く、床のワックスのすり減りが周りと違う。ということは、頻繁に開け閉めが行われているということだ。
「あちこち撮るか。俺にはサッパリだが、苑の誰かがわかるかもしれない」
時計を見ると五分経過している。素早く鍵を元に戻す時間だ。プロの泥棒なら破った鍵を戻すものだ。発覚を遅らせて時間を稼ぐテクの一つでもある。
「しかし、探索時間足りないなあ」
鍵を戻し、振り向いたら河田が戻ってくるのが見えた。ギリギリセーフだが、疑われるのは間違いない。なんとか言い繕わないと。
「おや? サッカー教室の方ですね? どうされましたか?」
どうやって言い訳するか。ジュースの材料が足りないから探しに来たなんてものは通用しない。理科室の薬品類なんて、食用は無いに決まっている。
「い、いやあ、小学校なんて何十年ぶりで懐かしくて、つい探検を。ほら、理科室には骸骨の標本だとかホルマリン漬けの生き物や内臓とかあるじゃないですか。令和の今もあるのかなと。こ、怖いもの見たさに来てみたのですが、鍵がかかってますから諦めて戻ろうと思ったものです」
本当はどちらも大嫌いだ。理科室の授業はなるべくそちらを見ないで受けたくらいだった。泥棒する度胸とオカルトやグロテスクな耐性は別のものだが、当初は苑の連中からそのあたりをいじられて大変だった。一番怖かったのは侵入して捕まった時の浅葱所長のあの一言であったが。
「ああ、最近は児童が怖がるから授業以外は準備室にしまい込んでます。でも、奇遇ですね。私もホルマリン漬けは好きでね。あと、なんという名前かな、魚の骨だけを着色したホルマリン漬けもコレクションしてましてね。良ければお見せしますよ」
「あ、いや、ドリンクの準備をこれ以上サボると怒られるのでこれで。コレクションはまたの機会に」
それだけ告げると綾小路は廊下を小走りに家庭科室へ戻った。危なかったと綾小路は思ったが、なんとか切り抜けたようだ。しかし、ホルマリン漬け収集が趣味とは自分には受け入れがたい。確かに子供たちが疑いそうな人物だと思った。
一方で、河田は扉の片隅をチェックしてつぶやいた。
「張っておいた糸が切れている。しかし、鍵がかかっていたと言っていたし、今も鍵がかかっている。どうやら、あの人はただのサッカー教室関係者ではないですね」
途中、空き教室を念の為にのぞきながら家庭科室へ向かう。途中、何かの匂いが漂ってきた。
(もしや、肥料の隠し場所か?!)
「サッカー教室の方ですよね? どうしました?」
今度は肥料を抱えたメガネの女性教師だ。エプロンに手袋、ポケットにガーデニング用品っぽいものが見えるから栽培委員会の先生だろう。
肥料を見つけたことは見つけたが、本来の使われ方していることに安堵していいのか、見つけそびれたとガッカリしていいのか分からなくなりつつも綾小路は誤魔化す。
「い、いえ、トイレ行ってたら家庭科室の方向が分からなくなって片っ端からのぞいてたのです」
「家庭科室ならこの廊下をまっすぐ進んだ突き当たりの右側の教室ですよ」
「あ、ありがとうございます」
二度も教師に見つかるとは。きっと休日出勤だ。教師がブラック企業というのは本当なのだな、と感じた。しかし、自分の待遇も一つ間違えれば桜の栄養になるからホワイトとは言いきれない。
「綾小路さん、どうでしたか?」
家庭科室では千沙子がテキパキとシソジュースの支度をしていた。あとはロックアイスの到着待ちでアイスの素をクーラーボックスから取り出しているところであった。
「理科室内の写真が精一杯でした。河田先生が戻ってきましたから。あとで室内の写真を皆に見てもらいましょう。この家庭科準備室も見た方がいいですかね?」
「そうですわね。火が使える所だし、天ぷら火災があるくらいだから、サラダ油も危険物と言えますし、いつか、健さんが言ってた圧力鍋を置いてあったとしても家庭科室ならおかしくないですわ」
アイスクリームの素をボウルに移し替えながら千沙子は答える。やはりミステリ好きだけあって凶器に関する知識は詳しい。
「じゃあ、千沙子さんはそのまま料理してください。準備室をチェックしてきます」
やはり鍵がかかっていたので、綾小路は工具でピッキングして開けていく。
(就職できたのはいいが、段々不安になってきた。い、いや、とりあえず目の前の仕事だ)
綾小路は家庭科準備室の扉を開けてチェックを始めた。目の前にあるのは大鍋やミシンなどの器具類、調理実習用と思われる塩などの調味料ストック、小麦粉などだ。
(小麦粉による粉塵爆発なんてのも漫画にあったが、効率悪いよな。恐らくうどんかパンの調理実習が近いのだろう)
念の為にそこも写真に収めた。
「綾小路さん、調理の準備は私に任せてください。ロックアイスを徳さん達が持ってきてくれてアイスクリーム類ができるのにあと三十分くらいです。そのくらい時間あればかなりの場所を調べられますよね」
「うーん、途中で教師に二人も遭遇してしまいまきてね。空き教室はほとんど見ましたが、今回はこれ以上は動けませんね」
「あらまあ、こんな休みにサッカー教室の付き添い以外の教師が多いのですか。学校が“ ぶらっく企業”というのは本当のようですねえ」
(あの河田の様子からして仕事で来ているとは思えないが確証が掴めないな)
綾小路は考え込むのであった。
一方、河田は理科室の片付けを終えて裏庭の花壇で会話をしていた。
「弘道さん、どうかしたの?」
「私たちの行動を探っている勢力がいるようです。反対派かもしれませんが、正体がよくわからない。あなたも慎重に行動してください」
「……わかりました」
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