第18話 サッカーばあちゃん、サッカー教室を開く

「ピィーーッ!」


 ホイッスルの音が放課後の校庭に鳴り響く。六月の梅雨入りのため開催が危ぶまれたが、ぎりぎりのところで雲が多くどんよりした天気となってくれた。


「参加者は全員集まったかい?」


 すみれはホイッスルから口を離し、周りを見渡して呼びかける。


「はーい」


 グラウンドに集まった体操着姿の児童たちが答える。その人数は一クラス分と言ったところだが、よく見ると学年がバラバラである。


「声が小さいよ! もう一回! 全員集まったかい?」


「はーいっ!」


 先ほどより大きな声で児童たちが答える。


「第一回若葉苑主催の子どもサッカー教室へようこそ! 講師は私こと内野すみれが務めさせていただきます。よろしく!」


 すみれがお辞儀をすると児童達から拍手が起こった。



「サッカー教室だって?」


 談話室中に響く声ですみれが聞き返すと、総一郎はマイペースにアイスを食べながら頷いた。


「ええ、若葉苑は地元に貢献したイベントを数々行っています。こないだの食育イベントみたいにね。せっかくサッカー上手なすみれさんが来たのですから、これを生かさない手はないです」


「どうせなら探索する側になりたかったのだけどねえ」


 不満げにすみれは抗議するが、総一郎はズバッと言い切った。


「贅沢言ってはいけません。講師役はその腕前やコーチライセンス持っていることからして、すみれさんの適役はいませんよ。学校側もサッカー教室なら快諾するはずです」


「確かにそれなら小学校に堂々と入れるけど……って、あんまり過去の経歴に触れないでくれよ」


「それなら探索は任せてください!」


 ガタンと派手な音を立てて綾小路が立ち上がった。


「鍵を素早く開けるなら私しかいませんよ」


 綾小路が珍しく名乗りを上げた。


「決まりですね。囮がすみれさん、探索役は綾小路さん、細かいことは後で詰めましょう。まずは学校へオファーです」



「じゃ、まずはボールの扱いだよ。二人一組になって、お互いにパスをしてみよう」


「えー、シュート練習じゃないのー」


 参加者の一人、美桜が不満げに声をあげる。


「まずは基本! そうして上達したらシュートまで行くから」


「えー、でもシュートしたいー」


 美桜が駄々をこねるように言う、すみれはやれやれと言った体でボールをポンポンと蹴りだし、頭上まで蹴り上げた。


「まだまだ早いよ、こういうシュートとかはすぐにできるもんじゃないよ!」


 ボールが地上まで三十センチほどに落ちてくる絶妙なタイミングでボレーキックを繰り出し、鮮やかにゴールネットに吸い込まれる。その間わずか数秒。子供たちからざわめきと歓声が上がった。


「すげえ!!」


「早いよ、見えないよ!」


「もう一回やって!」


「しょうがないなあ、じゃあ、もう少しスピード落としてみるよ。よぉく見るんだね!」


 すみれは再びボールを高く蹴り上げてゴールをしてみせる。しかし、スピード落としたという割りにはほとんど見えない早技なのは変わらない。


「やっぱり早いよー!」


「もう一回ー!」


 子供たちは今やすみれとボールに釘付けになっている。


「いやあ、すみれさんはすごいですなあ。プロ並みの素早さに、力があるシュートだ」


 綾小路が見学席から感嘆の声をあげる。


「しっかし、改めて見ているとなんとなく、ボールさばきが見たことあるような?」


 同じく見学している健三が不思議そうに首を傾げる。


「そうですか? すみれさんは毎日練習しているから誰かと勘違いしているのでは?」


「うーん? 誰かのプレーに似ているけど、思い出せない」


「綾小路さん、そろそろ家庭科室へ行きますよ」


 千沙子が二人の間に入って声をかけてきた。


「あ、そうでした。“準備”しないと」


 綾小路は慌ててその場を離れ、千沙子と共に立ち合いしている教師の元へ近づいた。


「あのう、休憩時間用のドリンクを持ってきたんですが、冷蔵庫をお借りしてよろしいでしょうか。保冷剤も用意してきたのですけど、やはりちょっと暑いから冷蔵庫にしまいたいのです」


「それにしては量が少なくないですか?」


 にこやかに話す千沙子とは対照的に教師が訝しげに見るが、平静を装って綾小路がクーラーボックスを持ち上げる。


「ああ、これはしそジュースの原液です。あとでコンビニにて氷を調達して氷水で希釈するから参加者全員に行きわたりますよ。それからアイスの素も作ってきたので、仕上げに家庭科室をそのままお借りしたいのですが」


「しかし……」


 なおも心配そうに渋る教師に千沙子がコピーを提示した。


「大丈夫ですよ、私は管理栄養士と食品衛生管理者の資格がありますから。施設はもちろん、浅葱さんへの食事もいつも作っていますの」


 途端に教師は安心した顔つきとなって態度が軟化した。


「ああ、なるほど。いいですよ、家庭科室は東校舎一階です。そこの昇降口が近いかな。鍵は職員室で借りてください」


 教師は指を指して方向を示す。


「ありがとうございます。では失礼してお借りしますね。あと、出来上がったアイスが入りきらなかったら保健室の冷蔵庫もお借りしますね」


 二人は教師に礼を言い、教えられた昇降口へ向かった。


「本当にすんなり通れましたね」


「この町の人間にとって、浅葱一族は絶大なものです。彼らの関係者なら大丈夫という謎の信頼というか安心感があるのですよ」


「なるほどねえ。田舎の閉鎖的な空気がこういう時は役に立つのですね」


「それより、限られた時間で探索する手順は大丈夫ですか」


「ああ、空調服に隠した工具類で教室やロッカーの鍵程度なら開けられます。優太君たちから聞いた空き教室の場所は主に東校舎に集中している。すみれさんの見事なサッカーテクニックで子供達の注目を浴びていてくれているうちになんとかなるかと」


「その点はさすが元泥棒ですわね」


「シッ、誰が聞いているかわかりませんよ。まずは職員室で鍵を借りて家庭科室へジュース類を運びましょう」


「ええ、そして綾小路さんがお手洗いへ行……きゃ、すみません」


 千沙子が白衣の教師とぶつかり、慌てて謝った。


「いえ……」


 白衣の教師は憮然として一言返すと足早に廊下を歩き、職員室へ向かった。


「今のは白衣を着ているところからして、恐らく理科の河田って教師ですね。職員室に向かったのなら理科室は空いているはずだ。ちょっと前倒しして調べてきます。千沙子さんはそのまま職員室で鍵を借りてください」


「くれぐれも見つからないようにね、綾小路さん。私は念のため家庭科室の後に準備室も探ってみます」


 こうして二人はそれぞれ探索を開始した。

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