第20話 探偵団達、空振りにガッカリする
「ふうむ、これがその時の写真類か」
健三たちが綾小路が撮ってきた写真を眺めながらうなった。
「これは、どうみても……」
すみれが言いかけると、同じことを考えた千沙子がツッコむようにかぶせてきた。
「ビーカーに加熱器、その上には黒い粉の入ったドリッパーにこれは多分コーヒーミル」
「理科実験用具でコーヒー淹れてたようにしか見えませんね」
「やっぱりそうですよね。テロリストでなくても変人なのはわかりますね」
そこへ悦子が話に割り込んできた。
「河田先生の噂ならききましたわ。保護者の母親と付き合っているとか実は教師と二股しているとか穏やかではありませんわ」
「悦子さん、知りたいのはそういう情報ではなくてね」
すみれが窘めるが悦子はウキウキが止まらないようだ。
「いえ、こういう無関係っぽい情報が役に立つこともありますよ。あとで相関図作らないと」
「ダメだ、こりゃ」
その時、談話室の隅からカラカラと乾いた音が鳴り響いてきた。
「なんだい?あの音は?」
すみれがキョロキョロしていると、ランドセルを背負った美桜と優太が談話室に入ってきたのはほぼ同時だった。
「こんにちはー!」
「おう! 優太達か」
「じいちゃん、今回のこれはトラップ? 新しくなってたから敢えてそのまま入ってみたけど、トラップにしては無害だね」
「いや、チャイム代わりの鳴子だ」
「なるこ?」
「ああ、江戸時代には不審者が入ると絵馬に棒を付けたようなものが沢山鳴り響くセンサーがあったんだ」
「へえ、江戸時代にも防犯センサーがあったんだ」
「健さん、時代を遡り過ぎだろう……」
「いやあ、朝の時代劇再放送を見てたら作りたくなってな」
「そんなことより、じいちゃん達は昨日ガサ入れしたんでしょ? 見つかったの?」
「私も気になる! 」
二人とも気になっていたらしく、ランドセルも下ろさずにすみれ達の元へ駆け寄ってきた。
「ちょうど、皆が集まってたからそれを話してたところさ。残念ながら空振りだよ」
すみれがアメリカ人よろしく、両手を広げて首を振った。
「えー、せっかくシュートをせがんで、皆の注意を引き付けたのに」
美桜がつまらなそうにランドセルを置いて、空いている席に座る。
「でも、サッカー教室はまたやるのよね。その時にもう一度探す?」
「そのつもりではいるけど、私は短期滞在だからあと一回くらいしか開けないね。それに、あまりチョロチョロできないからしっかりルートを決めないと」
「じゃ、早く決めよーぜ!」
「まあまあ、まずはアイスでも食べなさい。今日も手作りだからバニラとアサツキしかないけど」
「あ、こないだの千沙子ばあちゃんお手製アイスだね! 前はバニラだったから次はアサツキちょうだい!」
「私はこないだと同じアサツキ!」
「あ、千沙子さん。わたしはバニラでチョコソースかけてサッカーボールのデコに挑戦するわ」
「相変わらずすみれさんはサッカーに情熱かけてるわねえ」
千沙子が微笑みながらチョコソースのボトルを手渡す。アイスの冷たさで固まるものだから素早く書かないと不格好になる。
「日常でもサッカーはほしいものさ。ところで、確か美桜ちゃんは栽培委員会だったね?」
二人が席についてアイスを食べようとしたところ、新たな疑問点をすみれがを上げる。
「うん、そうだよ。あとは栽培委員会とは別に学年ごとに植木鉢で朝顔やチューリップなんかを育てているよ」
美桜の代わりになぜか優太が答える。
「それの肥料はどこに管理しているんだい?」
「確か、校庭の体育倉庫の隣にシャベルとかしまう倉庫があって、そこに入っているけど、そんなに大きくないよ。なあ、池内」
「うん、なんですみれおばあちゃんは気になるの?」
美桜はおやつに差し出されたアサツキアイスを突っつきながら不思議そうな顔をした。
「いや、思ったんだが、木の葉を隠すには森の中と言うように、肥料を隠すには肥料の中じゃないのかえ?」
「ええ? あそこは体育倉庫より小さいから無理じゃないの?」
「いや、例えば近くに穴を掘って埋めるとか、なんか不自然に新しい穴はないかい?」
「さすがにそんなのあったら気づくよ。って、このアイス固てぇ! 食べ物の音じゃねーよ」
優太がアイスの器を持ってガンガンとスプーンをつつくが、食べ物とは思えない固い音を立てるだけで刺さる気配はない。
「あら、優太君ごめんなさいね。器ごと冷やしたのだけど、どのくらい固く凍らせたら凶器になるのか考えながら作ってたから凍らせすぎたかしら」
「相変わらず千沙子さんはミステリばっかり考えてるなあ。でも、カップアイスより棒アイスが向いてないか?」
「確かに、棒アイスなら夏なら証拠隠滅ができますものね。優太君、取り替えましょう」
千沙子が申し訳なさそうに言うが、優太は腕を振り上げてはアイスを叩くようにスプーンを刺そうとする。その様子は何かに挑戦する目付きだ。
「くっ! シンカンセンカタイアイスがこんなところで体験できるとはっ!」
「レンジで三十秒くらいチンすれば溶けるわよ、貸しなさい」
「いや、千沙子ばあちゃん、手を出さなくていい!
これは俺とアイスの戦いだ! 俺が勝ってアイスが食べられるか、アイスが勝ってスプーンが折れるか勝負だぁ!」
「おお、何にでも全力で戦うとはさすが我が孫だな、優太」
「……優太君、やはりレンジにかけるわ」
「おやおや、そんなに凍ってるからサッカーデコのチョコがうまくできたのか。じゃ、私も勢い良く! いただきますっ! とりゃっ!」
すみれが勢いよくスプーンを下ろすとポコンという間抜けな音を立ててアイスに穴が空いた。
「ありゃ、空洞があったのか」
「空洞あるとポコンと言うんだね」
美桜が不思議そうにアイスの穴を見つめている。
「そりゃ、空気の共鳴というか……理科は苦手だから健さんが詳しいよ。そうだ健さん、盗まれた肥料ってどのくらいあったんだい?」
「軽トラに積み込んでいたというからかなりの量じゃねえか? 百キロか二百キロはあるだろ」
「それはつまり十キロの米袋が二十個かい。さすがにそこまでの量を校内に隠せるのかね?」
「だから空き教室にまぎれさせてるのじゃないかと思ったのだがなあ」
「俺達も校内を見回ってみるよ」
「しかし、優太。危険だからあまり突っ込むなよ。校内ではトラップや武器は使えないからな」
「うん!」
「あとは校内には液体窒素はないからな。見つけても触るんじゃねえぞ。冷蔵庫の氷じゃ足りないからな」
「うん。万一の時は伏せて足を閉じて耳と目を保護しておくんだよね!」
「……健さん、孫に何を教えこんだんだい」
「エアガンの使い方に、至近距離での警棒の使い方、ブービートラップのしかけ方に解除だろ、それにサバイバル知識にテロの被害を抑える……」
「つまり、優太君は小さな健さんなんだね……」
「いやだなあ、照れちまうなあ」
「いや、そういうつもりで言ったのではないけどね」
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