第4話 町のちょっとした事件、苑のちょっとした?事件

「さあさ、デザートはトライフルというケーキですわ。ミス・マープルにも出てくるお菓子で、上にはアサツキ糖をかけてあります。夜だからほうじ茶と共に召し上がってください」


 軽く歓声が起き、千沙子の配膳を見ながらすみれは感心した。


「すごいねえ、菓子まで作るのかい」


「普段は夜は出さないのですが、今日は歓迎会ですから作りました。ここの庭にもアサツキを栽培していて、料理に利用してますの」


「へえ、やはり浅葱町だね。ミス・マープルはアガサ・クリスティだね。ミステリ好きかい?」


「ええ、ミステリの本はもちろんアニメも揃えてますの」


「まさか、このケーキに毒が……」


「さすがに現実には事件は起こしませんよ。安心して食べてください。甘味料を使って糖質制限していますから、糖尿病の方も大丈夫です」


 皆、癖はあるが何かしら特技があって苑の仕事を手伝っているようだ。すみれはひとりごちるように呟いた。



「とりあえず庭仕事を手伝うかな。サッカーばかりじゃなんだし」


 すみれの申し出に千沙子は快諾した。


「いいですわね。明日、肥料まきでも……ああ、いけない。肥料は今は無いのでしたわ」


「なんでだい? 切らしているなら買いに行けばいいじゃないかい? 重たいなら配達を頼めばいいし」


 すみれは不思議そうに尋ねると千沙子は頭を振って否定した。


「そうではないのですよ。一昨日、行き付けのホームセンターで聞いたのですが、泥棒が入っていつも使っている肥料が盗まれたそうなんです。再入荷に数日かかるとか」


「ありゃまあ、穏やかじゃないねえ。しかし、苗じゃなく肥料かい」


「ええ、それも不思議なんですよ。鶏糞など天然肥料や高い花やブランド苗も置いてあったのに、それは無事だったのですって」


「へえ、変な話だね」


「あとは石灰に炭も無くなっていたとか。土壌改良するための泥棒ですかね。でも、それなら鶏糞の方が良さそうなのに。臭いから敬遠したのかしら」


 千沙子がそこまで話した時、健三が反応した。


「それ、爆弾の材料じゃねえか?」


「爆弾?」


 皆が不思議そうに反応すると健三は得意げに語りだした。


「ああ、肥料爆弾と言って化学肥料や油などをあれこれすると爆弾になるんだよ。手近な材料だし、安くできるから世界各国のテロリストが作るんだ。有名なところでは北アイルランドの独立運動でテロ組織IRAが……」


「健さん、それはちょっと飛躍し過ぎですよ」


 健三のうんちくが止まらなくなりそうなので、慌てて総一郎が遮る。


「そうですわよ。この小さな町にテロを起こす理由あるのですか?」


 千沙子も反論をする。何せ、ローカル新聞のトップに「アサツキの品種改良に成功 より香り高く、旨みも倍増」なんて見出しが出て、テレビのローカルニュースも「浅葱小学校、アサツキ栽培体験授業を受ける」とアサツキ絡みばかりなのはともかく、平和な町なのだ。テロだなんて、どこかの外国の話か六〇年代の安保運動くらいしか思いつかない。


「いやあ、わからんぞ。ほら、秋の国体開催の会場を巡って反対派と推進派が小競り合い起こしているじゃないか。開催予定地に県知事だかお偉いさんが近々視察にくるから、それを反対派あたりがドカーン! とやるんじゃないのか」


「いやあ、健さん。それは考え過ぎじゃろう。反対運動は未だにあるが、テロなんて少なくとも日本じゃ数十年前か漫画の世界だけじゃないか?」


「徳さんの言うとおりですよ。少なくとも私のネットワークには反対派運動はせいぜいデモ活動や座り込みをするくらいしか聞いてませんよ。健さんは物騒な考えが好きですね」


 情報屋と言ってもいいくらいの悦子も反論する。

 健三は熱く自説を語るが、周りはまた始まったというような顔をして否定するばかりであった。ただ一人を除いては。


「健さんとやら、その推理は面白そうだね。明日もっと詳しく教えてくれないかい」


「おお! わかってくれるか! すみれさん! よし、明日いろいろ教えてやろう。肥料探しも兼ねて町内パトロールも考えてるしな」


「大……すみれさん。あまり首を突っ込まない方がいいですよ」


「いいじゃないか。サッカーのトレーニングばかりじゃ退屈だし、物騒なことが起きているなら、見回りパトロールすれば町の防犯のためにもなるさ」


「しかし……いや、無駄か」


 総一郎はため息をついた。この大叔母は浅葱一族の女性の気質を強く受け継いでおり力だけでななく、気も強く、決めたことは曲げない。ここで止めても結局は行動に移すだろう。それに確かに現時点では健三の考え過ぎだと思うし、町内パトロールを止めるデメリットもない。


(何もなければいいのだけど、この大叔母様のことだからな)


 総一郎の懸念は後に巡りめぐって当たることとなる。



 歓迎会もお開きとなり、各自部屋に戻ったすみれは先ほどの話を思い返していた。この町には変わり者が多いが、この施設はさらに濃縮したような雰囲気だ。うまくやれるだろうかと己のことは棚に上げて寝床に入ったその瞬間。


『♪パラリラパラリラパラリラ』


 唐突にサイレンが鳴った。あれはいわゆる暴走族が鳴らすサイレンだ。健三が仕掛けたのトラップの一つで、食堂から聞こえてくる。食事するところだからピンポン玉でなく音のトラップにしたものであり、自分も夕飯時に引っかかったものだから間違いない。

 しかし、皆慣れてしまって、新参者以外は引っかかることは無くなったと言っていた。そして、総一郎は健三の各種トラップは防犯になるとも言っていた。


 ならば、答えは一つ。このからくりを知らない外部の人間が鳴らした、つまり不審者の侵入だ。


 すみれはいつものボールを抱え、とりあえずスニーカーに履き替えて、慌てて食堂へ向かった。


 食堂は真っ暗ではあったが、非常灯の灯りでうっすらと不審者のシルエットは見えており、大音量に戸惑って窓から逃げようとしているところだった。


「逃がすか! ていっ!」


 すみれはボールを咄嗟に床に置き、思い切り蹴とばした。


「ぎゃっ!」


 ボールは鈍い音を立てて頭にヒットしたらしく、短い叫び声をあげて不審者は倒れこんだ。


「何事ですかっ!」


「加勢に来たぜっ!」


 総一郎始め、他の入居者がやってきたのはその直後であった。








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