第3話 若葉苑の強烈な面々

 そうして夕飯時になり、改めて歓迎会となり、すみれは紹介された。


「昼間、談話室でも紹介しましたが、改めて紹介します。内野すみれさんです。この町在住ではないのですが、出身地ということで入所となりました。三か月の短期滞在の予定ですので、皆さんよろしくお願いします。では、すみれさんも挨拶をどうぞ」


「ご紹介に預かりました、内野すみれです。この恰好からわかるように、サッカーをしています。サッカー好きが高じてコーチライセンスも持ってます。短期間ですが、よろしくお願いします」


 拍手が起こった後、夕食兼歓談タイムとなった。


「浅葱町というとやはりアサツキ料理だね。懐かしいよ」


 すみれは懐かしげに食卓を眺める。テーブルにはアサツキのお浸し、アサツキとアサリの酢味噌和え、アサツキのかき揚げ、豆腐ハンバーグのアサツキ餡かけ、アサツキ入りさつま汁と浅葱町特産のアサツキ尽くしのメニューが並んでいた。この街のアサツキにかける情熱は尋常ではなく、大抵の料理にはアサツキが入っているか、トッピングされていると言っても過言ではない。品種改良やハウス栽培でほぼ通年収穫できるのもこの町だけだ。


「すみれさんは浅葱町出身なんだっけ? 俺は息子の転勤と共に来たから最初はこのメニューにはびっくりしたもんだ。ま、アサツキはネギの一種だし、血液サラサラになるから老人にはちょうどいいのかな」


 先ほどのタンクトップの老人がカラカラと笑いながら話しかけてきた。


「ええと、あんたは、健さん? 名字は確か坂本さんで合ってるかい?」


「ああ、ここでは苗字ではなく名前呼びなんだ。下の名前は健三だから、皆は健さんと呼んでる。さっきも話したが、ミリオタって奴でブービートラップ作ったり、エアガン持って町内パトロールもしている」


「はあ、よろしく。息子と共にっていうからにはなんだい? ここに居るということは息子夫婦と折り合いが悪かったのかい?」


 すみれはずけずけと健三に尋ねた。


「大……すみれさん。健さんに失礼ですよ」


 総一郎が窘めるも健三は笑って遮った。


「ああ、いいって、いいって。そのまんまだからよ。この苑に仕掛けたようなトラップを息子の家にも仕掛けたら息子の嫁にキレられてなあ、追い出されちまった。孫は喜んでくれたのだがなあ。『子供に悪影響ですっ!』でヒステリー起こされちまった」


「……それはわかるような気がするよ。うちも似たようなもんで、息子から「孫の受験もあるのだから家を壊すな」と言われたからねえ。まあ、リフティングして障子を破ったこともあったけど、あんなに壊したのは今回が初めてなんだけどなあ。初犯だから執行猶予無しの故郷送還さ」


「まあ、ここの苑に入る人は似たり寄ったりですよ。私は家政婦をしていたのですけどね、人間のドロドロをいろいろと見てきましてね」


 やや髪を赤く染めた上品そうな雰囲気の老婦人がすみれ達の話に割り込んできた。この人もエプロンを着用している。


「ええと、あなたは家政婦というから、昼間に千沙子さんから聞いたもう一人の調理担当の悦子さんかい? 人間関係のドロドロって見えてしまうものなのかい?」


「はい。ご主人の不倫現場を目撃とか、奥様のお遊びのアリバイ作りを手伝わされたりしましたわ」


「そうかい、そりゃ苦労したね。それで田舎のここに引っ込んだのかい」


「まあ、さりげなく現場写真を奥様の机に置いたり、うっかり不倫メールをプリントして旦那様の引き出しに入れましたけど」


「いやいやいや、それって、火に油を注いでいるのでは……」


「そうして働いているうちに居心地悪くなってきましたし、人間関係にも疲れてしまいましたので、知り合いのいない浅葱の町へ参ったのでございます。でも、人間観察は元々奥深いものですよ」


 上品な言葉遣いとは裏腹に腹黒いことをする人のようだ。一体何組の家庭をクラッシュしてきたのだろう。ツッコミを入れつつあぜんとするすみれをフォローするように総一郎が付け足した。


「まあ、やましいことをしていなければ闇は暴かれませんし、悦子さんは元家政婦だけあって料理は有能ですよ」


 すみれはやましいことというと、サッカー絡みのラフプレーもカウントされるのだろうかやや心配になってきた。若い頃はシャツを引っ張ったり、カードスレスレのタックルを仕掛けていた。昭和だし、当時の女子サッカーはマイナーだからバレてはいないだろう。元プロというのもややこしくなりそうだからアマチュアということにしておこうとすみれは考えた。ウチの子をタダでコーチしろという輩が湧いてきてウンザリしたのは一度や二度ではない。


「わたくしもあなたのように打ち込める物が他にあれば違ったのかもしれませんが、これはこれで楽しいものでございますよ」


 悦子はにこやかに話すが、内容は圧倒的に黒い。


「そ、そりゃあ、サッカー一筋だからねえ」


「打ち込めるものがあるのはいいものですな。ワシも趣味と実益を兼ねてこの中の“ あいてぇ担当”ですわ」


 何やらカラフルなシミがついたツナギを来た老人がお茶のお代わりを注ぎながら話しかけてきた。


「あ、えーと、あなたは」


「徳次郎と言います。皆は『オタクの徳さん』とか呼んでますな。もっとカッコよく、メカニックの徳さんと呼んでくれるとありがたいのだが」


「徳さんはなんでここに?」


「まあ、普通に身寄りが無いからなんですがな。二次元しか愛せなくてねえ」


 よく見るとツナギの中のTシャツはとあるアニメのヒロインである。確か、このキャラは孫がこのフィギュアを部屋に飾っていたから知っている。徳さんの服のカラフルなシミは恐らくフィギュア作りの塗料だろう。多分、部屋にはゲーミングPCやアニメの円盤が沢山あるに違いない。



「お、おう……。やはり浅葱町は個性的な人が多いねえ」


「わしは園芸を愛するまともなやつだぞ。あ、元植木職人の松郎と言います。ベタですが、松さんと読んでください。シルバーセンターにも登録しているから、ここの庭以外の植木も手入れに言ってます。

 ま、最近は手抜きも兼ねてドローンを使って高い部分の植木の様子見や農薬散布してますがな」


「なんだかんだで、近代的な植木職人だね」


「皆、自分だけはマトモと思っているのですよね」


 総一郎のため息と独り言は聞き逃さなかったが、すみれは突っ込むのも野暮なので話題を変えた。


「所長はここに住み込みなのかい? あの浅葱家の一員ならお屋敷に住んでいると思ったのだけど」


「本来なら通いなのですが、何分人手不足でしてね。泊まることが多いので事実上住み込みです。まあ、部屋もたくさい空いてますし、ある意味実家から出て自活しているようなものですからこれでいいと思っています」


「しかし、出会いが無いわね、昼も夜もジジババばかりだし」


「いいんです、実家にいると見合いばかり勧められるので」


 総一郎は苦笑しながら手を振って否定する。


「そりゃ、浅葱家の直系で長男なら当然だよ。名士の家も大変だねえ」


「うちの孫は小学生だし、しかも男だから勧められねえしなあ」


 健さんが腕組みしながら唸る。


「余計な気づかいはいいですよ。それに健さんが義理の祖父になったら毎日がブービートラップとの格闘ですよ」


「そりゃあ、今と変わらねえな」


「それもそうだね」


 皆がどっと笑い、そうして和気あいあいとしていた所に千沙子がデザートを持ってきた。

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