第2話 洗礼はピンポン玉と共に

 そうして、所長室から談話室へ向かった二人だが、扉の前で総一郎が立ち止まった。ドアをすぐに開ける訳でなく、何やら叩いたりドアノブを慎重に回している。そのしぐさはなんだかじれったくも感じる。


「どうしたんだい? 総ちゃん」


「だから、所長か浅葱さんと呼んでくださいよ。ちょっとここは特殊なので、慎重に開けないと大変なことになるのです。普通に開けてもいいのですが、大叔母様に初日からいきなり掃除はなんですからね」


 なんだかよくわからないことを言いながらも、総一郎はあちこちをいじっているばかりで、なかなかドアを開こうとしない。あまりにも開く気配がしないので、すみれはしびれを切らして総一郎を押しのけてドアノブを回し、勢いよく開けた。


「ええい、総ちゃんに任せるとまどろっこしい! 男ならバンっと勢いよく開けな……」


「ああっ! ダメです! そんな勢いよく開けると!」


 勢いよく飛び出したすみれの前に、大量のピンポン玉とスーパーボールがなだれ落ちてきた。


「ひょええええ?!」


「ひゃっほーい! 久々に引っかかったぜい!」


 談話室には高らかに笑う老人がVサインをしていた。春先だというのにタンクトップ一丁、筋肉質の姿からしてかなり鍛えて頑健なのがわかるだ。


「久々に見ましたが、ここまで見事にピンポン玉が降ると見事ですわねえ」


「健さんのブービートラップは新参者しかかかりませんから」


「おう、だが、そろそろ仕掛けを変えないとな」


 他の老人たちも和気あいあいとしている。


「な、な、な、なんだい? これ」


 大量のピンポン玉が転がり、スーパーボールが跳ねる中、すみれはまだ事態が飲み込めず呆然としていると、総一郎が後ろからやれやれと言った風情で注釈を入れた。


「この施設のドアは、玄関以外は全てこの健さんのブービートラップが仕込んであるのです」


「と、トラップ? な、何のために?」


 すみれの疑問に健さんと呼ばれた老人が答える。


「まあ、趣味と実益を兼ねてだな。適度な緊張感を保てるし、トラップ回避や解除に頭を使うからボケ防止になるからって所長の公認をもらって仕掛けてるのさ。ま、安全のために落ちる球はピンポン玉が九割だが、四方に跳ねるスーパーボールを避けるのに反射神経を養えるし、なかなか効果あるんだぜ」


「は、はあ。だから総……浅葱さんはドアがどうのとか、時間がかかると」


 納得はいったが、まだ四方に飛び散っていくピンポン玉を眺めながら呆然としているすみれに総一郎が説明を始めた。


「健さんはミリタリーオタクなのです。彼が言うとおりこの仕掛けは防犯にも役立っているのですよ。不審者が入っても一発でわかりますし」


「まあ、派手にピンポン玉やらスーパーボールが降ってくれば、いやでも目立つし、驚いて逃げるわな」


「他にもいろいろあるぜ。それは自ら体験してみてのお楽しみ。あっ、それから引っかかった奴がボール回収して俺に返すルールだからな。よろしくな」


「うへえ」


「このシステムにしてからは掃除当番問題も解決できて一石二鳥でしたが、最近は皆さん慣れてきてひっかかることが少なくなってきましてね。あ、皆さん。この人は新しく来た内野すみれさんです。夕飯の時に簡単な歓迎会をしますので、千沙子さんよろしくお願いしますね」


「はい、ではちょいと腕を振るいますかね」


 千沙子と呼ばれた割烹着姿のすらりとした老婦人がにこやかに返事をする。


「ええと、職員……という年齢ではなさそうだけど入所者かい?」


「はい、管理栄養士の資格を持ってるものですから。今、買い出しに出かけている悦子さんという方と共に主に食事担当をしていますの。あ、ここでは皆さん苗字ではなく名前やあだ名で呼んでます。だから千沙子と呼んでください」


 やはり、入所者が自らまかなっているのは本当だったようだ。自分もいずれは何かしなくてはならないのかと思案したが、ずっとサッカーばかりしていたから思いつかない。とりあえず、このあちこちに散らばったピンポン玉とスーパーボールは片付けないとならないようだ。

 すみれは箒とちりとりの場所を尋ねるところから始めるのであった。


「確かにここは辛気臭いから三万光年は離れてるわ……」



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