第5話 入るところ、間違えたね
「う……、ううん」
「目覚めたかね、泥棒さんよ」
「うん?」
泥棒を食堂の椅子に縛り上げ、総一郎やすみれを始め入居者の全員が彼を囲んでいた。状況に気づいた彼は怒りの形相で怒鳴り出す。
「どういうつもりだ、てめえ! 縛るなんてひどい! 早く解きなさいよ!」
何故かオネエ言葉が混ざっているが、見た目は頭の寂しい四〇代半ばの中年男である。念のため。
「どうも、こうも、不審者が侵入したから、逃げないように縛って、これからどうしようかと思ってね」
徳さんが代表して答える。
「いやあ、すみれさん。それにしても見事なキック精度だったね。やはり今も鍛えてるのかい?」
「……え、まあねコーチライセンス持ってるし。まあ……前の町ではシニアサッカー団に所属してたから」
「あ、だからか。いやあ、本当に見事だ」
「いやいや、若い頃よりはキックはともかく四十五分ハーフはきついね。走り続ける体力が落ちてきて」
健三達が絶賛し、すみれが謙遜して和やかな空気が流れる中、泥棒はなおも威圧感出そうとして乱暴な言葉遣いにしようとしてはオネエ言葉が混ざるという奇妙な口調で吠え続ける。
「いい度胸ね、ウチはなあ、人を殺してるんよ。一人殺っても二人殺って同じよ。アンタらなんかすぐに……」
「まあ、リアル殺人犯ですの?! やはり刺殺? それとも絞殺ですの?」
千沙子が目をキラキラさせて泥棒に被せるように矢継ぎ早に問いかける。
「え? あ、ああ、刺殺で」
「やはり、急所を一気にグサーッとですの? それとも快楽殺人犯のようにじわじわですの? 一度聞いてみたかったのですよ」
「え、えーと」
予想外の展開に泥棒は虚を突かれたようにたどたどしく答える。
「なんだか、千沙子さんが生き生きとしているね」
すみれが総一郎に尋ねると彼は慣れた感じで答えた。
「千沙子さんはさっきも言ってたけど、ミステリやホラーファンですからね。部屋にはびっしり本やDVDがありますよ。リアル殺人犯なんて滅多に見ないから興奮してますね」
「なるほどね」
「ね、ね? 死体の始末はどうしましたの? 山に埋めたのか、海に沈めたのか。それとも密室にしましたの? 時差を作ってアリバイ工作はしました?」
「あ、ああ、いや、そのままにして……」
「あらまあ、以外と普通。つまらないですわ」
「つ、つまらないって、そんな」
「千沙子さん、そのくらいになさいません? そろそろ泥棒の処遇を決めないと」
泥棒は悦子の言葉を聞いて我に帰ったように再びドスを効かせた声で威嚇する。
「警察でもなんでも呼べよ! ま、そんなことしたらここの皆はただじゃ済まないがな」
「いや、通報せんよ。なあ、浅葱さん」
「はい」
きょとんとしながら健三が総一郎に向き直って確認した。総一郎は当然という態度で頷く。
「へ??」
再び虚を突かれた泥棒が間抜けな声をあげる。
「ここ、不人気で赤字だし、泥棒が入ったからって警察沙汰にしたら、セキュリティが悪いと言ってまた評判が下がっちまう。下手すると潰れちまう」
「それは困りますわね。せっかくの居場所が閉鎖になったらまたどっかに家政婦しないとなりませんし」
悦子も同意する。
「そうさなあ。空き部屋に置いたフィギュアコレクションを持って引っ越しも手間だしなあ。第一、こんなにスペースがある施設なんてそうそう無い」
「あー、わしも盆栽コレクションを庭に置いてるから困るなあ」
徳次郎も松郎も同じように同意する。千沙子が興奮したように提案してきた。
「いっそのこと、梶井基次郎にします? 桜の木の下には死体が~ってやつ。ここには中庭に桜が植えてありますし」
「お、それもいいかもな、千沙子さん。武器はやはり出刃包丁かい? 骨付き肉を解体し慣れてるだろ? それともわしの園芸道具のノコギリか、高枝切り鋏もいいな。
ちょうど予算が下りて新しい高枝切りばさみが来たんだ。いや、でも、血で錆びちまうかな。日本刀だって人を切ると切れ味落ちるというからな」
松さんがウキウキとハサミをジャッキン! と鳴らす。
「まあ、まるでホラー映画のハサミ男ですわね。健さんのミリタリーコレクションのエアガンはどうですの?」
「あー、カラス避け用に改造中のやつしかない。だから殺傷能力は低い。でも、こうして至近距離から撃てばまあ、ケガくらいはするかもな」
健三は泥棒の鼻先三寸に銃口を突き付ける。
「……い、いや警察は呼んでください。むしろ呼びましょう。じ、自首すれば罪も軽くなるし、は、犯罪者は処罰を受けなきゃ」
異議を唱えたのは以外にも泥棒であった。落ち着いたのかオネエ言葉は引っ込んで普通の言葉遣いに戻ったようだ。
「殺人犯が殺されて美しい桜を咲かせる。いいホラー小説になりそうですわね」
「ああ、もしかしたら肥料を盗んだテロリストかもしれんから犯罪の芽は摘んでおかないとな」
「じゃあ、私は犯罪者を目撃する家政婦役で」
「それじゃ二時間サスペンスだな」
「崖で犯人を問い詰める役は健さんかしら?」
「いや、それはわしもやってみたい」
「あ、俺もやりたい」
泥棒の異議は誰も聞いておらず、各自ワイワイとホラーとミステリ談義で盛り上がる。
「……すみません、殺人犯は嘘です。盗みに入ったことしかありません。それにテロリストなんかじゃ……」
「やはり腐敗臭を抑えるために石灰かしら? それともセメントで固めるかしら?」
「まあ、千沙子さん。セメントでは桜の根っこが伸びませんわ。土壌改良を兼ねて石灰じゃないですか? ねえ、松さん」
「そうだなあ、それとも死亡時期撹乱のために堆肥に突っ込むかい? 発酵臭がするから腐敗臭ごまかせる」
「……人の話を聞いてない。やべえ所に侵入しちまった」
「総ちゃん、いつもこんななのかい?」
皆が死体の始末談義に夢中になってるのを見つつ、すみれが総一郎に確認する。
「だから浅葱さんと呼んでください。まあ、いつもこんなノリですよ。千沙子さんのミステリ好きもさることながら、徳さんも推理アニメのブルーレイが沢山ありますからね。談話室の本棚にもミステリ漫画もありますよ。さすがにリアルではやりませんが」
「そろそろ止めたほうがいいんじゃない?」
「そうですね。泥棒さんもかなり怯えてますし」
総一郎が立ち上がると食堂内によく響くようにパンパンと手を鳴らし、皆を静かにさせた。
「皆さんの意見はわかりますが、私に提案があります。先程も言ったように苑の体裁がありますから、警察には通報しません。かといって、見逃すと再犯の恐れがありますし、梶井基次郎実践もコストかかりますから、この人をここで雇おうかと思います」
「はあ???」
当たり前だが、素っ頓狂な声を出したのは全員同時であった。
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