第2章 もう一つの暗号
1
佑介と弘務は自転車通学だが、茜は地下鉄とバスで通学している。だから放課後に集まるのはおのずと校内になった。
自分たちの教室でもよかったが、また邪魔が入る可能性があるので、相談した結果、人目につかない外部の非常階段にした。
階段の踊り場に弘務、その下に佑介と茜が並んで腰を降ろしている。鉄板でできた階段のステップは、ジワジワと冷たさが尻に伝わってくる。
「なあ、あれからメールの第2段は届いてないのか?」と、弘務。
「いや。オレも気になって小まめに見てるんだけど、届いてない」
「私はきょう聞かされたばかりだからまだなんともいえないんだけど、スマホに届いたメールに、差出人の名前とか、アドレスは?」
「差出人の名前はなかった。アドレスはそれらしきものがあったが、どうせスパムメールだから差出人までたどり着くのは不可能だろな」
「ちょっと私にそのスマホのメールを見せてくれない?」
「いいよ」
佑介はポケットからスマホを取り出し、慣れた動作でスワイプして素早くメールを取り出して茜に見せた。
「ふんふん。なるほど。でもこんなわけもわからない、突然跳び込んできたメールで、見ず知らずの人間の生死が左右されるなんて絶対に許せない。見てな、きっと解読してやるから」
茜の憤りを湛えた口吻は、これまでに佑介たちが見たことのないものだった。
「頼もしい。本当に頼もしい助っ人が現れたものだ」
弘務は少しでも自分の負担を軽くするために茜を択んだのではないだろうか――佑介は弘務の言葉の端にそれがあるように感じた。でもそんなことどうでもよかった。とにかく一時も早く暗号を解読するのが先決なのだ。
「とにかくここでは集中して考えられないから、家に帰ってゆっくりと謎解きしてみる。いいでしょ?」
「ああ、いいよ。ところでオレさあ、明日行ってみたいところがあるから、学校がすんでから行ってみようと考えてるんだ」
佑介の言葉を他のふたりはきょとんとした顔で聞いている。
「行ってみたいところ?」と、弘務は怪訝な顔を見せる。
「うん。ほら、2ヶ月前に2年生の槙田庄司が死のメールの犠牲になったと噂されているだろ。明日あいつん家(ち)に行って来ようと思うんだ」
「それって、マンションから飛び降りた男子のことでしょ?」
「ああそうさ。あいつん家に行って、届いたメールになにが書かれてあったのか調べてみたくて……」
「佑介、それっておまえひとりで行くのか?」
「ああ、ひとりで行く。その代わり弘務には他に行って欲しいところがある」
「行って欲しいところって?」
弘務は、なにをいっているのかまったくわからないといった顔で佑介を見ている。
「うん、もうひとりの犠牲者、入江さんの家に行って、同じようにメールの内容を調べてきてくれないか。時間がないから手分けして情報を入手したいんだ」
「OK――でもオレあの人の家知らないからなァ」
「そんなの簡単よ。職員室に行って訊くとか、インターネットで事件の内容を調べるとかすれば、すぐに見つけることができるじゃない」
茜は、険しい目ですでにリーダーシップを取っているような言い方をする。
「わかったよ。あとで担任の安永先生のところに行って来るよ」
「あんたたちが情報を入手している間に、私は授業がすんだら図書室に行って、暗号のことで気がついたことを全部調べて見る」
「じゃあそういうことできょうは解散しよう」
弘務は立ち上がって学生ズボンの尻をはたく。
「いいけど、弘務、まずはさっきいった職員室で情報を得るのを忘れないでね」
茜は、セミロングの髪の毛を耳の後ろにかけながら強く念を押したあと、制服のエンジ色のリボンタイを結び直した。
「わかってるって」
弘務が渋々職員室に入って行くのを、佑介は凝っと見ていた。本当に聞きに行っているのかを確かめるためではなく、家が同じ方向だから途中まで一緒に帰ろうとしているのだ。
しばらくしてふたたび弘務が姿を見せた。「どうだった?」佑介は心配そうな顔で訊ねる。
「うん、先生最初はオレのこと疑っていたみたいだけど、お参りに行きたいから住所が知りたいと話したら、意外にすんなりと教えてくれたよ」
弘務は、ひとつ仕事を成し遂げたという達成感に満ち溢れた顔を見せている。
「それはよかった。じゃあ、そっちのことは頼むぜ」
「任せとけよ。あの人の家に行ってスマホのメールを書き写してくればいいんだろ」
弘務は自信をたたえた顔になっている。
「そう。でも家の人も神経質になってるから、あまり失礼のないようにな」
「わかってる。それよりも、明日あの人ん家(ち)に行くとなると、自転車で来らんないよなァ」
「そうか、そうだよな。そのことすっかり忘れてた」
佑介は強く目を瞑って深くなにかを考える。
先ほど見せてもらった入江窓花の家も槙田庄司の家も自宅と正反対に近いところに位置している。
「弘務どうする?」
「うーん、どうしよう」弘務は難しい顔を佑介に向ける。
「こういうのはどうだ――学校まで自転車で来て、どこか近くの駅の自転車置き場から地下鉄で移動して、またそこまで戻って来るっていうのは。駅に戻ったらいつものように自転車で帰ればいい」
「グッドアイディア。それがいい。もし時間が合えば自転車置き場で待ち合わせて一緒に帰ればいいもんな」
「うん」
ふたりは校門を出て右に折れると、勢いよく自転車をこぎはじめた。白い開襟シャツが秋の風を孕んで大きく息づく。微かに男の汗の匂いが鼻先を掠めた。
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