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学校主催の林間学校が2泊3日で長野県の木曾駒高原で開かれることになった。これまでキャンプ生活というものを経験しかことがなかった3人は、ことあるごとに顔を合わせてキャンプでのことを語り合った。
キャンプとなると、自炊というものがくっついてくるので、これまでにあった遠足や修学旅行などの学校行事とはまるで違うものである。その他にも服装、所持品、おやつなど、いくら話しても尽きることがなかった。
ところが、いよいよ出発という日になって、キャンプ生活をいちばん愉しみにしていた弘務が、急に熱を出して参加できなくなってしまった。夏風邪をひいていたところにきて、水泳部の夏季トレーニングで無理をしたということがあとでわかった。
中学生活最後の夏休みのイベントに参加できなかった弘務は、キャンプから戻ったふたりから楽しかった想い出を、残念そうな顔で聞いていた。
あまりにもしょげた姿の弘務を見て、佑介と茜のふたりは、弘務の想い出作りのために日帰り海水浴の計画を立てることにした。
相談の末、行き先は渥美半島の伊良湖と決めた。
ところが、どの家も子供3人で行くことに反対をし、近くのプールにしたらどうかという代替案を立ち上げたものの、それには3人が3人とも首を横に振った。
それ以来何度も親への説得を試みるものの、一向にいい返事がもらえず、あきらめかけていたとき、あまりに落胆している弘務の姿を見た母親が、見るに見かねて同行の意思を示した。それならば、と他のふたりの親も渋々許可した。
さあ、想い出作りのやり直しだ、と3人は大喜びで目的地の伊良湖海水浴場に向かった。
朝早くに家を出た佑介たちは、佑介の父親の運転する車でN駅まで送ってもらうと、それからは赤い電車とバスを乗り継いで昼前に海水浴場に着いた。
海の家を借りて水着に着替えた3人は、勢いよく海に向かって走り出し、昼食も忘れて、痛いほど灼けた砂と、ぎらぎらと真夏の太陽が降り注ぐ下で満足するまで遊んだ。
昼を大きく過ぎて、同行した弘務の母親に促されてやっと海の家に戻った3人は、焼き大アサリや焼きそば、それにかき氷などを存分に食べると、休む暇なくふたたび海にとび込んで行った。
1時間ほどすると、茜がびっこをひきながら、海の家に引き返して来た。慌てた弘務の母親がたずねると、割れた貝殻で右足の親指を切った、としかめっ面で茜は訴えた。
こんなこともあろうかと用意していたバンドエイドをバッグから取り出すと、傷口に何重にも重ねて貼った。これに懲りておとなしくしているはずの茜は、手当てがすむと同時にお礼もそこそこに、みんなのところに駆け戻って行った。
結局3人が海の家に戻って来たのは、それから2時間ほどしてからだった。
その時すでに陽に灼けて真っ赤な顔の3人は、あとどれだけ遊ぶ時間があるのかを訊ねる。帰り支度をするまでは1時間よ、と弘務の母親が告げるのを聞くと、わあッと声を上げてまたしても海に突き進んで行った。
シャワーを浴びて潮気を落とした3人は、すっきりとした顔になってソフトクリームを食べながらバス停に向かった。
帰りのバスも電車も、3人は遊び疲れて泥のように眠りこけた。
行きの電車では誰に送るのか、しきりにスマホでメールを送っていた茜だったが、いまではまるで色の黒いフランス人形のようにあどけない顔で目を瞑ったままでいる。
それでもN駅に着く頃には3人とも目を醒まし、茜が足を怪我した話に盛りあがっていた。それ以来ことあるごとに、弘務の発熱でキャンプに行けなかったことと、茜が貝殻で足を切ったことが話題になるようになった。
それもこれもすべてが中学最後の夏休みの想い出に違いなかった。
N駅に着くと、佑介の父親が迎えに来ていたが、佑介はみんなの手前恥ずかしさが先に立つのか、父親の問いかけに終始愛想のない返事をする。はたから見ていると、まるでこの日が愉しくなかったように取れなくもなかった。
順番にみんなを家まで送ったあと、佑介と父親は会話のないまま自宅に戻った。
車で送ってもらった佑介以外の3人は、これが佑介の父親を見るのが最後だとは、誰ひとりとして想わなかった――。
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