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 すべての授業がすんで、三々五々下校がはじまる。

どの生徒も授業から解放されたから、晴々とした顔をしている。佑介と弘務の2人は自転車置き場から自転車を引き出すと、佑介が先になってペダルをこぎはじめる。弘務は黙って佑介のあとについた。

 佑介と弘務は中学の時から仲がよく、お互いの家も自転車で10分そこそこと、それほど離れてないために、結構頻繁に行き来している

佑介は2人の家により近い場所で話そうとして、昔よくふたりで遊んだ公園に自転車を乗り入れた。公園にはひと組の母子がブランコで遊んでいるくらいで、他には誰もいなかった。西日は木々や建物の影を長く伸ばし、疲れた顔で帰り支度をはじめている。

 片隅にぽつんと置いてある、ペンキがほとんど剥げ落ちたベンチに腰を降ろした佑介は、黒革の学生カバンからおもむろに白い小さな箱を取り出し、耳元でカシャカシャと振ったあと、蓋を開けて弘務に差し出した。口中清涼菓子のフリスクだ。弘務の掌に2錠白い粒が転がり出た。口の中に放り込んだとたん、二度続けて大きなくしゃみを放った。佑介も同じ数だけ口に入れると、大きく息を吸った。心なしか気持が落ち着いたように思えた。

「大丈夫か? 部活のほう」と佑介。

「ああ、心配いらない。そんなことより、相談ってなんなんだよ」

「うん……」

 佑介はまだ躊躇している。怖くてなかなかいい出すことができない。

「どうしたんだよォ。相談があるっていったのは、佑介のほうじゃないかよォ」

 弘務は、なかなか話さない佑介に少し焦れた。

「ああ。じつは相談したかったのは、これなんだ」

 ようやく決心した佑介は、カバンから2つ折りにしたA4の用紙をそろりと取り出して、拡げながら弘務に手渡した。

「なんだよ、この紙」

 弘務は訝しげな顔のまま用紙に視線を落とす。その瞬間、全身が瞬間接着剤を塗られたように固まった。

「マジぃ? 死神って書いてあるぜ。これって、ひょっとして――」

「そうだよ。例のメールだ。とうとうオレのところに送られてきた」

「悪い冗談はよせよォ」

 弘務は眉間に皺を寄せて、用紙を返そうとする。学校中で噂になったあのメールが、親友の佑介に届いたなんて、天と地がひっくり返っても信じられなかった。

「冗談じゃないんだ。昨日の夜10時に送られてきた。いつもの迷惑メールなら無視するところだけど、これと同じようなメールが届いてうちの学校でふたりも死んでる。偶然かもしれないが、なにか気味が悪いんだ」

「まあ、そういわれればな……」

 事の深刻さを知っている弘務は、鉛のような沈んだ声になっていった。

「もし仮にそうだとしたら、そこに書いてあるように、暗号が解読されなかったら、彼らと同じように原因不明の病気か用意された方法で死ぬことになる。なあ弘務、オレどうしたらいいと思う?」

 佑介は弘務のシャツの袖を強く引っ張りながら訴える。

「これが原因で朝からしょぼい顔してたんだ。でも、おまえはいまでも彼らの死とメールがなにか関係あると思ってるのか?」

「わからない。わからないからこうやって弘務に相談してる」

「うん。それはそうだけど、このことを誰かに話したのか?」

「いや、弘務がはじめてだ。カアさんにも妹にも話してない。もし弘務のところに同じメールが届いたらどうする? 知らん顔してそのまま放って置くか、それとも家族のみんなに話すかどっちにする?」

「うーん、そんな質問急にされてもなァ」

 弘務は困った顔になって薄墨色になりはじめた空を見上げる。

「まあ弘務がどうリアクションするかは別として、弘務も知ってるように、オレん家(ち)の場合2年前に親父が交通事故で死んでるから、これ以上余計なことを聞かせることも嫌だし、それに本当にただの悪戯メールかもしれないし……」

 佑介の声が徐々に薄闇に呑み込まれてゆく。

「わかるよ、佑介の気持。もしオレが同じ立場だったら間違いなくそうすると思う。でも家庭の事情が同じってわけじゃないから、なんともいえないな」

「いいんだよ、そう無理に答えようとしなくても」

「うん。でも佑介を助けるためならなんでもするから」

「サンキュ。持つべきものは友達だ。そこでこの送られてきたメールの内容なんだけど、オレにはさっぱりわからない。そこで弘務の頭脳を借りたいんだ」

「それはいいけど、突然見せられもすぐには暗号を解読できるわけないし、そんな簡単なものでないこともわかっている。だって簡単に解読できるくらいなら、ここに書いてあるように12人も高校生が死にはしないだろう。ここに書いてあることが本当だとしたら7日間は時間があるんだから、ゆっくり考えようぜ」

 弘務は自分の身に直接降りかかった事柄ではないせいか、しごく冷静な顔になっていう。

「もちろん、いいさ。ひょっとしたら明日学校で解読した文章を見せてくれるかもしれないよな」

 しかし、佑介はこの時点で暗号メールを簡単に考えていた。

「だったらいいけど――」

 弘務は、さっきとは反対に自信のない声になっている。

佑介は、弘務と話しているうちに多少胸の中で火事場のあとのように燻っていたものがなくなり、心なしか胸が軽くなっていた。

気がつくとあたりは暗くなりはじめ、西の空にオレンジ色の光がわずかに残されるだけになっていた。

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