4 9月19日・月曜日
9月19日・月曜日
朝、佑介は妹の典子が部屋に入って来ても知らずに、まるで睡眠薬でも嚥んだかのように深く眠っていた。
「お兄ちゃん、早くしないと学校に遅れるよ!」
甲高い声を耳元で撒き散らす。
「うーん」
佑介は、朦朧とした頭のままで寝言のような返事のような曖昧な言葉を発する。
「きょうは月曜日。休みじゃないんだよ。学校に遅れたって知らないからね」
まるで母親が乗り移ったかのような典子は、目の端で佑介を見下ろしながら吐き棄てるようにいい、そそくさと部屋を出て行った。
確かに目覚ましをセットしたはずなのに――いや、あのまま知らないうちに眠りこけてしまったのだろうか。目覚し時計を確かめることもなく部屋を出た佑介は、急いで朝食をすませると、自転車に跨って学校に向かった。
学校へは自転車で30分。地下鉄だと途中でバスに乗り換えなければならないのと、バスの本数が限られているので意外と不便だ。それより交通費がかからないということがいちばんの理由で自転車通学にしている。だから大雨とか強風みたいによほどのことがないかぎり地下鉄・バスを利用することはない。
しかし、きょうほどペダルを重く感じた日はない。まるで誰かが後ろに乗っているようだった。じわりと汗が滲み出てくる。粘っこい嫌な汗である。
本校舎の2階にある2年D組の教室はいつもより騒がしかった。佑介だけがそう感じただけなのかも知れない。
だとするとそれはあのメールのせいだ――。
1時限目の英語の授業がはじまる。教科書のいわれた個所を開いても一向に集中できない。苦手な教科だということもあるが、多くの原因は昨晩のメールとあの19の暗号文字だ。
佑介は、英語のノートなのに漢字ばかりをびっしりと書き記している。それも暗号文の19文字に考えついた言葉を片っ端から組み合わせたものばかりだった。いつもと同じ授業時間なのに、きょうばかりは倍ほどの時間に感じた。
授業がすんでも席から離れることもなく、焦点の合わない視線のままぼんやりとする佑介に親友の田倉弘務が近づいた。
田倉弘務との付き合いは中学校からで、クラスでの成績は中くらいだが運動神経だけはずば抜けていい。それがあって部活は体操部に所属しているが、残念なことに背丈が伸び悩んでいるので、競技をしても見栄えがしない。天は二物を与えずという諺を地で行っているような弘務だった。
「ゥイッス。どうしたんだよ、佑介? えらく深刻な顔してェ。いつもと様子が違うじゃん」
理由を知らない弘務は、いつものように持ち前の明るく元気な声を佑介の頭の上にばらまいた。
「そんなことないさ。いつもと同じだ」
佑介は強がっていったが、仲のいい弘務にはいつもと違うことがありありと覗えた。
「隠さなくたっていいだろ」
佑介の心臓がことりと鳴った。まさか、あのことを知るはずがないのに――。
返事に困っていると、
「そんなにがむしゃらに勉強しなくたって、佑介は頭いいからどこの大学だって合格するさ。でも躰のコンディションを崩しちゃ元も子もないんだからな」
弘務は佑介の前の席に反対向きに腰掛けて覗き込むようにした。
「違うんだ。そんなんじゃない」
佑介は話が違った方向に行っているのにほっとした反面、あれほど弘務に相談しようと決心して登校したはずなのに、ここにきてなぜか素直に話すことのできない自分が不可解だった。
「違う? じゃあどうした? 遠慮なくいえよ、オレのできることならなんでも協力するからさ」
「サンキュ」
佑介はそういってから少し考える仕草をした。
「なあ、弘務」
「なんだよォ」
「放課後ちょっと話があるんだけど、相談に乗ってくれないか?」
佑介は思い切って打ち明けることに決めた。
昨日の夜、佑介は真っ先に弘務の顔が脳裡に浮かんだ。救いを求めようとしたためだ。しかし、口に出していいものかどうか真剣に悩んだ。そのために教室で弘務の顔を見てもすぐとは暗号メールのことを話せなかった。
「やっぱりな。OK、放課後な」
なんの相談なのかわからないまま弘務は笑みを浮かべて気さくに返事をした。
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