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 机に戻り、気分を入れ替えて英語の問題に取りかかる。5教科の中でいちばん苦手ということもあってなかなか集中することができず、意味もなく問題集をぺらぺらと捲っていた時、机の傍らに置いておいたスマホのメール着信音が鳴った。友だちからのメールだと思って急いでスマホを手にすると、届いたのは差出人不明のメールだった。

 メールを見ると「9/18 sun 22:00」と表示されていた。

 小首を捻りながら 佑介はそのメールをひと目見たとたん、足首を掴まれたまま闇に引き摺り込まれた気がした。そして息が詰まり、躰が動けなくなるほど凍りついた。


  突然ですが、このメールは『死への招待状』です。

  死を択ぶか否かはあなたの自由です。

  死を回避するには、ひとつだけ助かる方法があります。

  それは、表記の暗号を解くということです。

  無事暗号が解けたならば、あなたはいままでどおりの生活が保証されます。

  そうでない場合、残念ながらあなたは遠い所に旅立つことになります。

  ただし、猶予は7日間あります。

  それまでに無事解読されることをお祈りいたします。

  これまでに12人の高校生にこれと同じメールを送ったのですが、結果は残念  ながら1人として解読できた人はなく、その方たちにはやむをえず冥界に旅   立っていただきました。

  しかし、頭脳明晰なあなたなら必ず解けるものと信じています。

  最後に、これはチェーンメールではないので、他所に送っても無駄です。

  それでは、あなたの幸運をお祈りいたします。


「 金光の痕跡は闘志の魂 盗魂の問責は長恨す 」


                      死神より


 蒼白い液晶画面にはこう映し出されていた。

 パソコンやスマホにアドレスを持っていれば、間違いなく「スパムメール」、「迷惑広告メール」、「いじメール」が土足で侵入してくる。こればかりは避けることのできない現象である。佑介のアドレスも例外ではなく、これまで数え切れないほどそれらのメールをゴミ箱に棄ててきた。

 普通の悪戯メールなら佑介はふんと鼻先で嗤いとばしたに違いない。しかし、このメールだけはそれらと違うことを充分に承知している。

 ここ半年のうちに同じ「東陵高等学校」の生徒がふたり原因不明で亡くなっている。どうやら怪メールが関係しているようだという噂が生徒の間に流れているが、それはあくまでも噂であって、事実関係は定かではない。しかし佑介は怪メールが、80パーセント以上の高い確率で関係してると信じている。

 

 最初の犠牲者である3年生の入江窓花がバレー部の部室で急死。それから2ヶ月ほどして、今度は佑介と同学年の槙田庄司がマンションから飛び降りて自殺をしている。

 槙田庄司は佑介と同じ天文クラブのメンバーだった。佑介が庄司の死を知ったのは、友人のところから戻った時、母親から突然訃報を聞かされた。佑介は信じられなかった。前日までクラブ活動が同じで、自殺を考えているようには微塵もうかがえなかったからだ。

 佑介は、入江窓花の時もそうだったが、普段テレビ番組欄しか見ることのない新聞をむさぼるように目をとおしたり、ほとんど観たことのないテレビのニュース番組にチャンネルを合わせた。

ところが、両方の出来事とも新聞記事は片隅に小さく取り上げられていただけだし、どの局もニュースとして扱うことはなかった。あまりのそっけなさに、佑介は拍子抜けをしてしまった。

 学校に行けば――と期待しながら登校すると、やはりクラスのあちこちで話題になっていたのは槙田庄司の自殺についてだったが、誰ひとりとして詳細を知る者はいなかった。

 彼の死から1日おいて葬儀が執り行われた。天文クラブ員全員で行くことに決まり、佑介は気が重いまま葬儀に参列した。葬儀は夏休み間近な日で、どこで鳴いているのか、夏蝉のけたたましい声が悲しみを奪った。

 マンションの1階にある集会場には親族意外に10名ほどの生徒が会葬に訪れていた。

 葬儀に参列をしながら、佑介は首筋から胸元にかけて嫌な汗をかいていた。吐き気を伴う汗だった。それがどこからくるのかわかっている佑介は、目を閉じてポケットからハンカチを取り出すと、誰にも見られないようにそっと拭った。

 焼香の順番が廻ってくるのがえらく長い時間のように感じた。ふたつ並んだ香炉の前に佇み、あらためて庄司の笑顔を湛えた遺影を見た時、あまりにも早過ぎる人生の終止符に胸が詰まされた。

 帰り道、同じクラブのメンバーと死に至った原因を話し合ったが、誰ひとりとして、彼の死に関して心あたりのある者はいなかった。

 その後一旦は沈静化しかけた校内だったが、どこから情報を入手したのか、原因はやはり『死のメール』であるという噂が広がり、彼らの死因についてふたたび学校中に火の手が上がった。

 どちらかというと男子生徒のほとんどが面白半分でにぎわしているのに対して、女子生徒のほうは、いつ自分にメールが届くのだろう、半年のうちに同じ学校で2人も亡くなっているのだからいつ届いてもおかしくない、といった不安を隠せずついにはそれが元になって男子と女子の間で口論が起きることも少なくなかった。

 佑介は槙田庄司のことがあるので、満更否定することはできなかったが、佑介の周りは不確定な因果関係を鵜呑みにすることなく、あくまでも冷静に見守った。しいていうならば真偽半々といったところだろうか。

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