第Q話「揺籠結界世界についての授業」

 三十人ほどが一緒に勉強している教室の中で、後ろの方の席の無族ノーブリングの男の子だけが立ち上がって教科書を読んでいる。教壇には無族ノーブリングの女性が立っている。先生だろう。


「かつてこの星の上を様々な色が彩っていました。それぞれがそれぞれの色を誇りに思い、お互いの色を尊びました。ですが、ある人間が自分の色こそが最も優れた色であると思い、全ての色は自分と同じ色であるべきだと考えるようになりました。そして、いつしかその人間は様々な色があることを憎む様になり、世界を一色に塗りつぶすのだと決心します。その為に、その精霊が最初に行ったのは、自分の邪魔をするであろう八柱の精霊神様たちを騙して閉じ込めることでした。それから精霊神様たちの力を欲した人間は、他の精霊神様たちを人質にして脅迫することで、愛の精霊神様から、その力の秘密を聞き出して奪い取ったのです」

「アキミツ、そこまででいいですよ。次はゲルタ、いまの続きを読んで」

「はい」


 少年が座ると、かわりに一番前の席に座っている背の低い地族ドワーフの女の子が立ち上がり教科書を手に持って、ゆっくりと読み始める。


「そうして、精霊神様たちの大いなる力を手に入れた人間は、自らを最高神ディヤスと名乗り、世界を一色に染め上げると宣言しました。その言葉に従う色は自分たちの色で塗りつぶし、従わない色に対しては、奪った力を分け与えた天使アンジュの軍団を派遣して、巨大な魔力で消し去っていきました。それでも様々な色たちは、自分の色を護るために各地で抵抗を続けました。それに業を煮やした最高神ディヤスは、巨大な魔法人形ゴーレム天使アンジュたちに与えます。これもまた、精霊神様たちから奪った力の一つでした。その魔法人形ゴーレムの圧倒的な力に、消し去られることを覚悟した各地の色たちを救い出し、世界の端に匿った方々がいました。閉じ込められていたはずの精霊神様たちです。力を奪われながらもようやく脱出した精霊神様たちは、なんとか様々な色を救い出し、最高神ディヤスの手の届かない世界の端に匿ったのです」

「はい。次はヒサキね」


 言われて、地族ドワーフの少女の横に座っていた小柄な無族ノーブリングの少年がすくっと立ち上がって教科書を構える。

 

「増長していた最高神ディヤスは、その事に気付かずに世界を一色に染め上げたのだと思い込みました。実際、世界のほとんどは一色でした。ですが、その一色だけの世界は長くは続きませんでした。すぐに違う色が生まれるからです。その色を忌み嫌った最高神ディヤスは、違う色が生まれた場所に煮立たせた憎悪をぶちまけ、何の色も存在できない様にしてしまいました。それでも違う色は生まれ続けます。そのたびにその場所は憎悪に焼かれました。そうして、世界中の至る所を何の色も存在できない場所にしてしまった最高神ディヤスは、それまでの広大な大地を捨てて、自分のお気に入りの色だけを引き連れて世界の端に移住することを決めます」

「はい。じゃあ、次は……ジアンね」

「え、俺!?」


 男、女、男と男女交互に当たっていたので、次は自分は無いだろうと思っていた鳳人フォンリンの少年が慌てて立ち上がるものの、どこからかがわからないので隣のうるうるした瞳の真人ヴェリマの少女に場所を尋ねる。


「ちゃんと聞いてなさいよ」


 と、薄桃色の金髪の少女に言われてバツの悪そうな顔をしてから、教えて貰った箇所を読み始める。


「ですが、そこは精霊神様たちが様々な色を匿っていた地でした。もちろん、一色の中から生まれた違う色たちも、精霊神様たちの手により秘密裏に助け出されていました。最高神ディヤスは派遣した天使アンジュが、這々の体で逃げ帰って来たのを見て初めて、精霊神たちが逃げ出していて、様々な色が生き残っていたことを知ります。怒り狂った最高神ディヤスは、十二人の天使アンジュの操る巨大な魔法人形ゴーレム十二体を引き連れて世界の端に攻め込みます。その頃にはなんとか力を取り戻していた精霊神様たちも、巨大な魔法人形ゴーレム八体で応戦しました。激しい戦いの結果、双方が疲弊していき、最後に残った世界の端さえも憎悪に塗れてしまいました。そうして、全ての色が消え去るかも知れないと思われたとき、巨大な八の龍が舞い降り、全ての争いをねじ伏せました。この時、最後まで抵抗していた天使アンジュたちは本当の体を失って捕らえられましたが、首謀者である最高神ディヤスはいつのまにかいなくなっていました」

「はい。モイラの言うとおり、次はちゃんと聞いててね。じゃあ、次はそのモイラにお願いしようかな。続きをお願い」


 先ほど、読む場所を教えていた少女が立ち上がって読み始める。甘いがよく通る声をしている。


「争いを終わらせた八龍たちは我が子である八の精霊神たちに尋ねます。これで人類は十度もこの星を憎悪で塗りつぶしたことになる。お前たちはこれでもまだ人類を護るのか?と。八龍たちは何度も裏切られて苦しむ我が子を救いたいと思っていたのです。精霊神様たちは、それでも人類を信じたいのだと訴えました。そんな我が子の訴えに、八龍たちは再び世界が憎悪に塗れたら、今度こそ人類をこの星から完全に消去すると言って飛び去りました。こうして、人類は世界の端に生きることを許されたのです。それから精霊神様たちは、世界の端を巨大な結界で包み、なんとか人が住める大地として蘇らせました。その大地には、最高神ディヤスが率いていた色も住むことを許されました。もともと精霊神様たちの望みは、排除ではなく共存だったからです。その世界の端が、いま私たちの住んでいる揺籠結界クレイドル世界、人類最後の生息地です」

「はい、ありがとう。モニカさんは読むのが上手だから安心して聞いてられるわ」


 少し照れたような顔をして席に着く真人ヴェリマの少女。


「今読んで貰ったのが、皆さんもよく知ってる揺籠結界クレイドルの創世のお話ですね。歌劇なんかではもっと装飾されて華やかになってますが、正式に伝わっている内容はこれだけです。ここで言われる色ってなにかわかりますか? わかる人は手を上げて下さい」


 全員が一斉に手を上げる。

 

「じゃあ、マサイチ」

「はい。人種です」


 当てられた大柄な眼亜人オプスの少年が立ち上がって自信満々に答える。


「そうですね。他には?」


 眼亜人オプスの少年が座るのを待つことなく、手が上がる。


「早かったので、エステル」


 風族エルフの少女がすっと立ち上がる。ちょっとどや顔だ。


「文化です」

「それも正解。他に何か思い付くことはありますか?」


 それ以上は出てこないのか、今度は手が上がらない……のかと思っていると、最後に読んだ真人ヴェリマの少女が控えめに手を上げている。


「モニカ。教えてくれる?」


 自信がないのか少しもじもじしながら立ち上がる真人ヴェリマの少女。


「わたしのお母さんは、カルダリアで生まれて、この国に来ました。他の真人ヴェリマと同じでは無かったからだそうです。えっと、上手く言えないんですけど、同じ国の同じ人種でも違いがあって、きっとその違いのことだと思うんです」


 先生は少し驚いたような納得したような顔をしてから、話し始める。


「そうですね。はっきり言ってしまうと先生とあなた達は違う人間です。当たり前のことですね。でも、その当たり前こそが、精霊神様たちが守ろうとされたものなんじゃないかと先生も思うわ。だって、誰かと遊ぶときにも自分と全く同じことをする人間と遊ぶより、違う人間と遊ぶ方が何が起こるかわからないからワクワクするでしょう? だから、違うことって素敵なことだと思うの」


 生徒が自分の言葉を噛み締めているのを確認してから、話を続ける先生。


「自分と違う人間の中に、自分と同じなにかを見つけるのも楽しいですしね。それに、自分が困ったときには、自分と同じ人間も困っていると思うのよ。それじゃあ、助けて貰うのも無理よね」

最高神ディヤスは、そうは考えなかったんでしょうか?」


 無族ノーブリングの少女が疑問を口にする。


「そうね。これは先生の想像でしか無いけど、最高神ディヤスは、怖がりだったのかもしれないわね」

「「「「ええ~!?」」」」

最高神ディヤスは、精霊神様たちみたいに強かったんでしょう?」

「強いのに怖いんですか?」


 生徒たちは先生の意外な言葉に、納得いかずに口々に声を上げる。


「最初から強かったわけではないと思うけど、きっと、強くなってからも怖かったのね。だから、他の色の存在を認めなかった」


 先生の言葉に無族ノーブリングの少年が尋ねる。


「何がそんなに怖かったんですか?」


 教室が静かになる。皆が知りたいことだからだ。


「違うことが……だと思います」

「「「「えええ~~!!」」」」

「さっきは、違うから楽しいって言ったのにぃ」

「逆のこと言ってるぅ~」


 今度も納得がいかない声が教室に響く。それが静まるのを待ってから話し始める先生。


「自分と違うと言うことは、相手が何を考えているのかわからないということ。例えば、相手が自分のこと好きだと嬉しいけど、嫌いだと悲しいでしょ? 考えていることがわからないということは、好かれているかもしれないけれど、嫌われているのかもしれないのよ」


 教室内をゆっくりと歩きながら自分の考えを述べる先生。


「わたし、ちょっとだけわかる気がする」


 先ほどモイラと呼ばれた真人ヴェリマの少女がぼそっと呟く。


「どうして?」


 目の前に立ち止まった先生に尋ねられて言いにくそうにする真人ヴェリマの少女。しかし、そのままの姿勢で気持ちを吐露する。


「わたしも、はじめは怖かったから」

「転校してきたとき?」


 隣の席の無族ノーブリングの少女の言葉に、真人ヴェリマの少女が頷く。


「みんなに嫌われたらどうしようって」


 皆が彼女が転校してきたときのことを思い出す。確かに、いまとは違って言葉少なに座っている用な印象がある。いまは男子にも負けずに活発だが……。


「いまは?」


 違う少女の言葉に真人ヴェリマの少女の薄桃色の金髪が横に揺れる。 


「怖くないよ」

「どうやって、怖くなくなったの?」


 先生の問いに顔を上げる少女。


「思い切ってみんなに話し掛けたら、みんなも普通に話してくれて、いつのまにか大丈夫だって思えるようになりました」


 優しく頷く先生。他の生徒たちの顔も安心したような顔になる。


「そう。あなた達にはお互いがはじめの一歩を踏み出す勇気があったのね。でも、最高神ディヤスには、その勇気がなかった。もしかしたら、その周囲の人にも。だから、最高神ディヤスは怖さに負けて、力ずくで自分と同じにしてしまおうとしたのね。そんなことをしてもわからないことの怖さはなくなるわけじゃないのにね。だから、世界のほとんどを征服しても安心できなくて、ほんの少しの違いを見つけては消して廻ったんだと思うの。世界を憎悪で沈めてしまうまで」


 先生の言葉を飲み込むように聞き入る生徒たち。


「ちょっと先生が話しすぎましたね。ここからは、班ごとに話し合って、どうやったら再び世界を憎悪に沈めないで済むのか? を考えてみてね。難しいことを考えなくても、みんななりの考えでいいのよ。来週、班ごとに発表して貰います」


 そう言われて、一気に生徒たちは五人の班に分かれて、話し合いを始めた。

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