第14話 勇者の名前
「誰か、誰か助けてええええええええ!!」
時計台前から少し離れた街の外れ、丁度建物同士が隣合っていない小さな空き地から助ける声は聞こえていた。
俺たちはその声を頼りに街中を走り、すぐに何者かに襲われている女性のもとへと急いだ。
「まただ。また……怪物だ」
「たす……助けて、勇者様」
空き地に辿り着くと、そこにいたのはモンスター、声の主と思われる少女、そして先ほど広場にいた剣の男だった。
モンスターは左腕でガッチリと少女をホールドし、大きなハサミのようになっている右腕で今にもその少女を斬り裂かんとしている。
「さっきも、その前も俺は怪物を倒すことができたんだ。なんかよくわかんないけど、この剣があれば勝てるんだ。これはもしかして、ついに俺の時代が来てしまったんじゃ!」
「いや! やめて!!」
モンスターの前に立つ男は何やら独りでブツブツと独り言を発しているようで、助けを求める少女は今にもモンスターの餌食になってしまいそうである。
「ハッ、やめろ怪物。その娘を離せ! この俺、魔剣の勇者が相手になる!」
「ケケケケケケケッ?」
「勇者、様……!」
「覚悟しろ! はぁっ!」
少女の必死の叫びでようやく気づき、男は手に持つ剣を構えながらモンスターに立ち向かって行く。
「レイナ、この世界に勇者なんているのか?」
その様子を見て、俺は単純に疑問に思ったのでレイナに質問をしてみた。
「さっきこの世界ではあまりモンスターが出現することってあんまりなかったって言っていたよな。都市の外がどうなっているのか知らないけど、この世界でも勇者って言われる存在がいたりする?」
「いや……ないですね」
「魔王が世界を滅ぼそうとしたとかは?」
「ないです。都市内にモンスターが出ることはあまりありませんし、この都市の外でそういったことがあったとは聞いたことがありませんね」
「そっかー」
勇者という概念が定着していないような異世界で『勇者』という単語が飛び出しているわけだ。
それに、あの男。自分がそのワードで呼ばれているのを聞き、どこかいい気持ちになっているような感じがしている。
「なあ、渡。あいつさ……」
「転生者だっていいたいのだろう」
どうやら渡もあの男に対して俺と同じ違和感を感じているようだ。
現に今あの男はモンスターと交戦している真っ最中だが、どこか戦い方がぎこちない。確かに手に持つ剣は強力なようで、斬撃が命中する度にモンスターの一部を吹き飛ばすほどの威力を有しているみたいだが、剣技だけを見るなら渡の方が圧倒的に上だ。
その差はプロと素人にも等しい。言えば男が剣を使っているのではなく、男が剣に使われているような感じに見えてしょうがない。
「あれはひどいな。武器の強さだけで戦っている」
「ですね。あれで『勇者』ですか? 笑わせないでほしいです」
戦闘を見て辛辣な言葉を男にぶつけていく渡と蘭。
この二人は生前戦闘技術を何かしらの形で身に付けていたようで、記憶を失っている今でも感覚として体が戦い方を覚えているらしい。
その二人から見ればあの男の戦いっぷりはひどいものなのだろう。
「これで、終わりだ!!」
「ケケケケケーーーーーーーッ」
気付けばモンスターから少女を解放し、最後の一撃を加えたことによりモンスターが倒されていた後だった。
モンスターは前と同様、全身が泡状となった後に消滅していく。
「ありがとうございました! 勇者様! あなたはとても勇敢なお方です。なんとお礼をしたらいいものか……」
モンスターが最後まで消滅したのを見て、助けられた少女は剣の男のもとへと駆け寄っていく。目の前に来るや否や彼の手を取り、頭を下げる。
「えっ……あっ、えっと……大丈夫だった?」
「はい。あなたに助けられたおかげで命拾いしました。あ、私ライといいます。勇者様、お名前をお伺いしてもよろしいですか?」
「あ、俺は鈴木祐樹。その……怪我もないようでなによりだよ……はは」
よく見ればその少女は先ほどあの男が時計台前広場にいた時、彼がその場を後にする際後ろから追っていた少女だった。
どうやら彼の後を追っている内に再び現れたモンスターに狙われてしまったのだろう。あの男も近くにいたからそれにすぐ気付けたというわけだ。
「おい、聞いたか」
「ああ、今あいつ鈴木祐樹って名乗ったな」
二人は空き地のすぐ近くにいる俺たちの存在に気付かないまま会話を続けているが、俺たちにはその会話の内容が丸聞こえ。あの剣の男は自らのことを姓名の順番で名乗っていた。
レイナがそうだったように、この世界の住人はファーストネームのみを持つ。現にもう一人の受付嬢のマリー、さらにはすぐそこにいる彼女もライとファーストネームのみだ。
それなのにあの男はわざわざ日本名である『鈴木祐樹』と名乗っている。それを意味することはただ一つである。
「間違いない、あの男は転生者だ」
俺、渡、蘭に続き、ゲームに参加している第四の転生者が俺たちの前に姿を現していたのだった。
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