第12話 勇者?

「人が集まるところ……人が集まるところ……エリア長宅前の時計台広場とかでしょうか……?」


 マリーという宿屋の受付嬢の言う通り、俺たちはレイナに案内役をしてもらっている最中だ。

 レイナは受付用のエプロンを外し、服装はメイド服のままだが少しラフな格好になって外に出てきている。


「時計台ってあれのことか?」

「はい、そうです。あの下に大きな噴水も設置されている広場があるので、このエリアに住む人の憩いの場になっているんですよ」


 宿屋を出て数分、レイナが先導して歩いていく道の先には細身ながらも大きくそびえ立つ塔が見えている。

 俺たちが目指しているのはどうやらその時計台がある場所のようで、そこに向かって歩いていくと次第に道も大きくなっていき、何やらわいわいと人が騒ぐ声が聞こえ始めてきた。


「あれ? 何かあったのでしょうか。今日は特に何かあるってわけじゃなかった気がしますけど……」


 広場に辿り着くと、中心部にある噴水のあたりに人だかりができており、人が人を呼ぶ状態で次々に住人たちが集まっていく様子が窺える。


「噴水の前にただ集まっている……わけではありませんよね。おそらく、あの集団の中心にいる人物か何かが注目を集めているということでしょうか」

「何か見世物でもやっているのか? 何かを賞賛する声がここまで聞こえているぞ」

「でも、ここでそんなことする人いたっけ……?」


 外で見ていても始まらないため、俺は人込みの中に入ってその中心部に何があるか偵察してくることにした。

 集まっているのは老若男女問わない中世エリアの住人たち。特定の年齢層をターゲットにした芸や物品販売というわけではなさそうだ。


「すみません、すみません……っと」


 必死に人をかぎ分け、やっとのこさ集団を形成している何かの前まで辿り着く。

 ふぅ、と一息吐いた後、顔を上げてそれが何かを確認すると、そこではやたら装飾の多い剣を持った一人の男と小さな子を連れた親子の姿だった。


「あなたがいなければ私の子はどうなってしまっていたか。ありがとうございます。ありがとうございます。あなたはモンスターに勇敢に立ち向かってくれた勇者とも呼べるお方です!」

「えっ、そう? そうかな。よーし、ああいうモンスターが出たらまた声をかけてくれ。俺がいつでも駆け付けて、この魔剣で吹き飛ばしてくれるから!」

「おおおおおお!」

「なんてすごいお方なの、あのモンスターに勇敢に立ち向かうなんて……!」

「お前こそ英雄だ!」

「ありがとうございます、勇者様」


「…………なにこれ」


 なんだこいつは。

 注目を集めているのであろう人物は赤いマントをなびかせながら手に持った剣を高らかに上げ、取り囲む住民たちがその姿に声を上げている。彼の足元では泡のようなものが消滅していくのが見えた。


「あ、今目の前に来たそこのあなた!」

「え、俺?」

 

 俺が困惑していると、剣の男は俺を指差し周囲の人間の注目を俺に向けさせる。


「わざわざ後から目の前までやって来てくれるなんて嬉しいよ。君も何か困ったことがあったら声をかけてくれ。何せ俺の持つ力は多分最強で間違いないからな。どんな敵が現れても絶対にこの剣が悪を斬り裂く!」


 男はすぐに俺の手を取り、笑顔のまま両手で握った。

 もし、俺が女性でなおかつイケメンにこんなことをされたら多少はキュンと来てしまうのだろうが、この男は顔がいいわけでもない。それどころか+か-ならば-に近い方だ。

 最初はちょっと困惑したような様子を見せていたようだが、今の彼は完全に調子づいてしまっている。それと比例するように彼を取り囲む住人たちもボルテージを上げてしまい、もはやよくわからない状況と化してしまっていた。


「あの人それだけじゃなくて、他にも人がモンスターに襲われようとしていたところを助けたんだってよ。勇気あるよな」

「うん、なんか頼りになるって感じ」

「かっこいい……」

「はは……」


 俺はただ苦笑いを返すことしかできず、手を離してもらった後すぐに集団から抜け出し、渡たちのもとへと戻った。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る