第11話 事情説明
「皆さん……?」
「はぁ……、レイナ」
「は、はい!?」
レイナはあまりに蚊帳の外にされすぎて、突然渡が声をかけてきたものだから声を上ずらせてしまっている。
「どうしました?」
「あ、いえ。てっきり私は忘れられてしまったのかなーなんて。ははは……」
「なんでもいいが、次の質問だ。この都市の全体はどうなっているのか教えてくれ。俺たちはまだこのエリアにしか来たことがなくてな。遠くに見える高いビルがそびえ立っているようなエリアにはどうやっていくのかも教えてほしい」
「そうですね……あのエリアはこの都市でも一番人材も物も技術も集う場所で、まさしく中心部といったところでしょうか。エリア同士は軽い境界線が存在しますが、それを越える時に特別検閲があったりするわけではありません。方向通りに歩いていけば誰でも自由に行き来することはできますよ」
レイナの言うことが正しければ、あのまま中心部と言われるエリアを目指して歩いていれば必然とその境界線と呼ばれる場所にぶつかり、エリア間を移動することが可能なようだ。
「なるほど。では、この都市には今いるこのエリアと中心部の他にもエリアは存在するのでしょうか」
「はい。ここから中心部を抜けて正反対のところに自然豊かなエリアが存在します。他にもここから東と西にも一つずつエリアが存在していますよ」
「つまりこの都市内のエリアは全部で五つか。全部を巡ればいずれ転生者にもぶつかるだろう」
「やっぱり他の転生者を探して脱落させに向かうのか……」
「当然だ。お前たち二人とて俺は仲間になった覚えはない。今は利用価値があるから剣を向けていないだけのことだ。いずれはお前たちも討ち、俺が最後に勝ち残る」
「させませんけどね。望のことは私が守りますし、私たちがあなたを殺す。あなたが最後の一人になる未来が訪れることはありません」
「殺っ……!?」
「ほう、すごい自信だな。とはいえ蘭、俺は記憶がなかろうと体が剣術を覚えていたがお前に戦う術があるのか?」
渡の挑発を真っ向から買うように、蘭は自身の懐に手を伸ばした。
そこから現れたのは右指の間に挟まれた三つの短剣。器用に人差し指、中指、くすり指、小指の計三つの間に挟み込み、絶妙なバランスを保ちながら渡の方へと剣先を向けた。
「渡、あなたが覚えているのなら私だって生前の戦闘技術を覚えてもおかしくはない。そう思えませんでしたか?」
「これは驚いたな。お前も生前、何か戦いに身を投じていたというわけか」
「それが何かは今の私にはわかりませんけどね。未だぼやけたままの生前の記憶に誘われるかのように、私は気付いたらこの武器を調達していました。すぐにこれが必要な時が来る、そんな感覚が脳をよぎったので」
静かに睨み合う二人。やがて渡は右手を背中の鞘に収めている剣の柄へと伸ばし、いつ争いが始まってもおかしくない状態になってしまった。
「ゲーム? 殺し合い? 記憶がない? え、ええ……? どういうことなんですかー!?」
再び完全に置いてけぼりになってしまったレイナはひどく混乱し、睨み合う二人を交互に見てあわあわとした表情をしている。
流石に見てられないな、と思った俺は自分たちに置かれている状況を話すことにした。
「二人とも、今はやめろって……。レイナ、混乱させちゃってごめんな」
「どういうことなんです? なんでお二人はいきなり睨み合いなんて……」
「実は俺たち記憶を失っててさ。その癖、参加者が十人もいる殺し合いのバトルロイヤルゲームなんてものに巻き込まれちゃってるんだ。俺も渡も蘭もそれに参加させられている。だから、一緒に行動してはいるけど名目上は敵同士……かな」
「あんなに仲良さそうにお話しされていたのにですか。しかも、こ……殺し合いだなんてそんなことに」
「正直俺もどうしていいかわかっていないんだ。記憶がなくて自分が何者だったのか、どういう人生を送って来たのかさえわからない。そんな状態で人の命を奪い合えだなんてどうかしてるよ。このゲームを動かしているゲームマスターがいる以上、何かが裏で動いていそうなんて予感はしているから余計にね」
俺はそう語りながら未だ睨み合う二人の間に割って入った。
俺の意思を汲み取った蘭はすぐに武器をしまい、臨戦態勢を解く。渡も柄から手を離し、とりあえず一触即発の状況は回避できたようだ。
「まだこのゲームのことも、舞台にさせられているこの都市のこともよく理解していない。だから俺が渡に声をかけた。一時休戦してまずは知識を仕入れないかってね。蘭も同じ」
「それでこの都市のことを聞かれていたんですね」
「そ、他の参加者だって住人に紛れてしまっているわけだし、いつ感づかれて不意打ちされてしまうかもわからない。だったら、複数人で手を組んで行動していればそのリスクは減らせるだろ」
「俺は不本意ではあるがな。とはいえこの行為にメリットがあるのも確か。だからこいつは最後に殺す予約をしている。その前に死ぬかもしれんが」
「うるせ! まぁ、今日は都市に来て初日なわけだし、まずはこのエリアを探索しておこうかなんて思ってるけど、どこか人が集まりそうな場所ってある?」
「なるほど……よくはわかりませんけど、ノゾムさんたちは何やら事情を抱えている方たちなのですね。そうですね、ここからですと……」
コンコンッとドアが叩かれた。
「あ、はい。どうしました、マリーさん」
ドアの奥にいたのは先ほど俺の方の受付をしてくれたもう一人の受付嬢だった。
赤い髪におさげの女性だが、レイナより落ち着いた雰囲気を醸し出し、身長自体はそう変わらずとも年上であるということがすぐにわかる。
「レイナ、今日の予約もいっぱいだし、チェックインの時間まで自由にしてていいわよ。ちょっと聞こえたけど、お客様から道を聞かれていたのでしょう? だったら案内してあげたら」
「ええっ!? 私がですか?」
「だってあなた言葉で何かを教えるの下手クソじゃない。実際に行って教えた方が絶対にいいわよ」
「うう……、言い返せない」
マリーと呼ばれるその受付嬢は視線をこちらに移し、軽い会釈と共に言葉を続けた。
「お客様、先ほどは騒ぎに巻き込んでしまい申し訳ありませんでした。モンスターを追い払って頂き感謝しております。レイナでよろしかったらどうぞ道案内役としてお使いください。部屋も準備しておりますのでどうかお気を付けて」
「ど、どうも」
「はい、行ってらっしゃいなレイナ。お客様の機嫌を損ねでもしたらドアの修理費、あなたの給料から引くわよ?」
レイナの顔色がみるみるうちに悪くなっていく。
「は、はい~……」
マリーは最後にレイナの肩をポンッと叩き、すぐにドアは閉められてしまった。
どうやらレイナが直々に案内してくれる……らしい。
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