第10話 受付嬢のレイナ
俺たちが訪れた宿屋の受付嬢の一人、腰まで伸びた金髪のロングヘアーが特徴的な少女が勢いよく頭を下げていた。
「本当にごめんなさいっ! 私が、私がしっかりしてなかったから……」
「いやいや、頭を上げてくださいよ。あんな態度の悪い大男に恐喝されたらビビっちゃうのも無理ないですって。それに、本格的に喧嘩を売ったのはあいつだし」
「でも、あなた方の方が先に部屋を取っていたのですから、本来なら受付をしていた私がしっかりとお断りしなくちゃいけなかったんです。それができていたらこんな争いは起きていなかったですし……」
金髪の少女は頭を上げてはくれたものの、今回の件の原因はあくまで自分だと思い込んでしまっているようだ。
とはいえ、喧嘩にまで持ち込んだのは渡である。必要以上に大男を挑発し、宿屋のドアまで破壊させてしまっていた。
結果的にはあの大男は人間の皮を被っていたモンスターだったのだが、もし、あの時受付をしていた彼女たちを巻き込んでしまう可能性もゼロだったとは言い切れない。
俺としては謝るのはむしろ事を大きくしてしまったこちら側だと感じていた。
「でも、こっちもあのドアを壊させちゃったみたいだし……謝るのはこっちの方ですよ。すみません、事を大きくしてしまって」
喧嘩っ早い渡がした事だが、彼とは共に行動すると決めた身。渡があんな性格な以上謝るとも思えない。この世界にどれだけ長くいるかはわからないが、問題事は出来る限り避けておきたかった。
「いえいえ! あなた方は何も悪くありません! 気を使わせてしまってすみません!」
「いや、悪いのはこっちです。すいません」
「すみませんすみません」
互いに「すみません」を繰り返し、一向に会話が進まないことに痺れを切らしたのは蘭だった。
埒が明かない俺たちの間に入り、謝罪合戦を一時中断させる。
「蘭?」
「もういいです。ここは互いに落ち度があったということで手を打ちましょう。それに、何の騒ぎかと人が集まり始めています。やり取りを続けるのでしたら、中で行った方が良いかと」
蘭の言う通り、周囲では何だ何だと騒ぎを聞きつけた野次馬の住人たちが既に輪を作り始めていた後だった。
「そ、そうですね! えーと、じゃあ宿屋の中でこの続きはお話させてください!」
「だ、そうです。行きましょう望」
「そうだな、これ以上無駄に注目を集めると他の転生者に見つかる可能性も捨てきれない。よし、行くぞ渡」
「俺に命令するな」
道端に吹っ飛んていたドアを拾い担いでいた渡を呼び、俺たち四人は宿屋の中へと戻った。
外されたドアを入口に立てかけ、疑似的な扉とし、取り囲んでいた野次馬たちも揉め事が終わったのだと自然と判断してくれたようで徐々に解散していく。
金髪の受付嬢は俺たちをカウンターの中へと案内し、休憩室と扉に記されている部屋に入って椅子を用意してくれた。
「改めてごめんなさい!」
三人分の席を用意し、それぞれが腰をかけたと同時に受付嬢は再び頭を下げる。
「あ、それもういいです。見飽きました」
「ええっー!?」
その姿を見て無表情で軽くあしらう蘭。
俺は蘭のあまりのきっぱりさに思わず苦笑いを浮かべてしまう。
「えっと、自己紹介がまだでしたね。俺は天海望。なんて言えばいいのかな……この都市の外から来た人間です」
「私は守繁蘭。望と行動を共にする者です」
「……釘山渡」
「わざわざどうも……。あ、私はこの宿屋で働いているレイナと申します。ノゾムさん、ランさん、ワタルさんでいいのかな? よろしくお願いします! あ、私に敬語なんて必要ないですので」
「私はこれが普通ですが?」
「え……? ええ?」
レイナは蘭相手ではどうも会話のペースが掴めないようで、とうとうこちらへと助け船を求める視線を向けてきた。
しかし、俺とて記憶を失っている身。生前、何か蘭と繋がりがあったようなのだが、記憶がない以上知りうるのはこの世界で出会ってから後のことのみ。
俺からしたら、蘭は今は落ち着いているが俺に対して突然火が点いたかのように暴走しかねない少女という印象しかなかった。
俺がなんて返すか悩んでいると、次に口を開いたのは渡だった。
「丁度いい、これも何かの縁だ。レイナ、この世界……いや、この都市について色々効かせてもらってもいいか?」
「あ、はい。私に答えられることでしたらなんでも」
「さっきの大男、あいつは突然狼のモンスターに変身したがこの都市ではこんなことが頻繁に起きることなのか?」
その問いにレイナは首を横に振りながら答える。
「いえ、違います。この都市に住む人間たちはどのエリアでもそのほとんどは普通の人間です。ですが、中には先ほどのように人間に擬態したモンスターたちが一定数生息しています。全員が全員悪いモンスターというわけではないようですが、やはりほとんどは悪い心を持った個体が多いらしく、住人はみんな困っているのです」
「なるほど、やはりこの都市の外にモンスターはいなかったが中にはいるということか……」
「やっぱり、この世界はゲームを行うフィールド、つまりこの都市だけが存在しているんじゃないか。俺たちが最初にいた都市の外はあくまで飾り。だから人もモンスターもいなかったんじゃ……」
「おそらく望の言う通りなのでしょう。この都市は大きな外壁で囲われていますが、何か外敵から身を守っているというわけでもなさそうです。やはり何者かがこのゲームのためだけに作られた世界、というわけじゃないでしょうか。例えば、私たちに説明をしたケープの男とか」
「え? 世界? ゲームのためだけに? えっと……?」
「人間に擬態しているとなると面倒だな。転生者だけでなく、モンスターの疑いをかけながら人間を見ていかなければならない」
「ほら、やっぱり一緒に行動してよかった。単純な人間同士の殺し合いだけじゃなかったってことだよ。だからまずは共に協力して、この世界のことを知ってからでも遅くはないって」
「まったく、調子に乗るのは腹が立つが否定できんのがもどかしいな」
「んだとー!? 蘭もそう思うよな」
「そうです。望の言うことは正しい」
「ほら、蘭もこう言ってるだろ!」
「はぁ……味方がいないな」
気付けば俺と渡のやり取りに蘭が加わった形になり、話のわからないレイナは蚊帳の外に立たされていた。
俺、溜め息を吐く渡、俺に加勢してくれる蘭。レイナは三人の姿を見てきょとんとしてしまっている。
「あのー……?」
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