第9話 狼男のモンスター

「グギャアアアアオオオオオオオッ!!!!」


 先ほどまで知性を持った男だと思えぬ動きで狼男は宿屋の入口から飛び上がり、こちらへと襲い掛かる。

 その姿はまさに獣そのものだった。獰猛な雰囲気を醸し出し、雄叫びと共に獲物である俺たちを狙っている。


「奴も転生者……というわけではないよな」

「何呑気に考察してんだ! うわっ、来るぞ!」


 俺と渡は左右に別れ、飛びかかってきた狼男が振り下ろした大きな爪による攻撃を回避した。

 どうやら狼男がターゲットにしているのは渡のようで、すぐに渡の向かった右方向へと顔を向け、威嚇の雄叫びを再びあげる。


「グギャォォォォォォオオオオンンッ!!!!」

「狼どころかモンスターそのものじゃないか。なるほど、この世界にはただの人間だけが住んでいるわけではない……ということか」

「だから何呑気にしてんだよ渡! ほらっ、行ったぞそいつ!」


 突然目の前に現れた狼男に慌てふためく俺に対し、渡は狙われつつも冷静に振る舞い続ける。

 狼男は狙いを定めると同時に強く地面を蹴り、渡を自らの爪で斬り裂かんと迫っていく。


「渡!!」

「…………ふん」


 今にもその爪が渡を斬り裂こうとしたその時、渡は背負っている鞘に収めた直剣の柄に手をかけ、体の重心を少し落とし、力を溜める動作を行った。


「あれは……!」


 思わず蘭が声をあげる。

 その次の瞬間、ザシュッと大きな斬撃音が辺りに響き渡った。

 互いの攻撃が交錯し、少しの静寂の後、先に口を開いたのは渡だった。


「……そんな能のない攻撃で俺を殺せるとでも思ったか。どっちの姿が本当のものかは知らんが、敵にする相手を間違えたな」

「ガギャァ………ァァァッ」


 胴体を大きく斬り裂かれたのは狼男の方だった。

 上半身と下半身が今にも切り離されてしまいそうなほど真っ二つにされた狼男はズシャッと音を立てながらその場に倒れ込む。

 それに対し、渡は剣を振り終え制止したままだ。狼男の返り血を受け、直剣と服にいくらか血がついてしまっているが、渡は一向に表情を変えようとせず、斬った相手である狼男の方を振り向くことないまま剣を左右に何度か振り払い、背中の鞘へと収めた。


「ど、どういうことだよ渡。お前、何だよその剣技は……?」

「詳しくは自分でもわからん。体が覚えていた。おそらく、俺がさっきこの剣を選んだのも、何かに惹かれてなのかもしれん。剣の使い方、剣を用いた戦い方、どれもいつの間にか頭にインプットされていたんだ」

「それって、もしかして生前の記憶に関係しているんじゃ……」


 渡は腕を組み、何か思い出せないかと目を閉じて自らの記憶を辿ろうとする。

 しかし、覚えているのは体の感覚のみ。剣を扱うことができても、なぜ扱えるのかまでは思い出すことができない。すぐに目を開いて溜め息を吐いた。


「……ダメだ。明確なことは何もわからん」

「そっ……か。って、あれ? 渡、お前のコートさっきまで狼男の血で汚れてなかったか?」

「望、狼男が!」


 蘭が驚いたように声をあげる。その声に導かれるまま俺と渡は斬り捨てられた狼男が倒れる方へと視線を向けると、死亡したのか微動だにしない狼男の体が無数の泡に包まれていき、やがてシャボン玉が弾けるようにして消滅してしまった。

 道に撒き散らされた血も同様に消滅し、無に還っていく。それは渡のコートについた返り血も同様だった。


「消えた……?」

「どういうことでしょうか。あいつがモンスターで、今の攻防によって死を迎えたから? いや、でも……なんで泡のようになって消滅してしまったのでしょう」

「どうやら前言撤回をしなければならんようだな……」


 困惑する俺と蘭をよそに、どこか達観するように渡が言う。


「この世界、やはり普通じゃない。都市外にモンスターらしきものはいなかったが、どうやらこの中は別らしいぞ」

「つまり、さっきみたいに人の姿をして潜伏しているモンスターがいるって言いたいのか?」

「そうだ。このゲーム、敗北は己の死。最後まで生き残った一人が勝者だ。だが、参加者が最後の一人になるまで殺し合いを行わなければゲームが永遠に終わることはない」

「……なるほど。だから、舞台装置としてモンスターを用意して、そのモンスターにも参加者を襲わせる。万が一モンスターに殺されてしまった場合もその者の死であることに変わりはない。参加者同士争わなくても常に死の危険とは隣り合わせということですか」


 渡と蘭はすぐに周囲を見渡した。

 一度この事実に気付けば、行き交う人間全てがモンスターなのではと疑いをかけてしまう。


「ほれみろ、やはり全員が全員いい住人ってわけではなかったろ」

「言い返せないや……。でも、やっぱりこうやって数人で一緒に行動しておいてよかっただろ? 一人で襲われてたらやばかったかもしれないしさ」

「それはお前だけだろ。俺は今の通りどうということはない」

「かあ~、憎たらしい奴だなお前ー!」

「ふん」


「あの……」


 やり取りを続ける俺たちの前に一人の女性が近寄り声をかけてきた。

 先ほどの宿屋にいた受付嬢の一人である。狼男の方を受け付け苦笑いを浮かべて困り果てていた彼女はなんだか申し訳なさそうにこちらへと近づいて来る。


「えっと、あなたはさっきの受付の……」

「その、ごめんなさい!!」

「えっ」


 受付嬢は突如俺に向かって勢いよく頭を下げ、謝罪の言葉を述べた。

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