第8話 降りかかる災い

「宿屋ですと、あそこの角を右に曲がったところにある大きな建物ですよ」

「ありがとうございます、助かりました」


 まずは根城となる宿を探しておかなければ話は進まない。俺、渡、蘭の三人は辺りにいるこの世界の住人に声をかけ、宿屋の場所を調べていた。

 この都市はいくつかのエリアがあるそうで、一日でそれを回り切ることは不可能である。初日である今日はひとまず今いる中世風の都市エリアを拠点にすることに決まった。


「この世界の人たちはみんな優しそうだな。よそ者らしき俺たちにも笑顔で受け答えしてくれるし」

「そう決めつけるのにはまだ早いぞ。何せ俺たちはまだ今いるこのエリアにしか入ったことがないんだ。向こうのどでかいエリアに行ったらそんな認識簡単に捻じ曲げられるかもしれん」


 渡は目線で中世エリアの奥に存在する近未来チックな風貌をしたエリアを示しながら話した。

 あの場所がこの都市の中心部なのだろう。この中世エリアよりもずっと迫力があり、ここから見える情報量だけでも文明が随分発達していると窺える。


「なんでいっつも突っかかってくるんだよ……。ここにいる人みんないい人だって」

「そう思っていたら足元を掬われるんだ。この世界が誰かによって創られたのか、それとも元から存在していた平行世界のどこかなのかは知らんが、全員が全員善良な人間であるとは限らない。むしろ、そっちの可能性の方が低いだろ」

「私もこいつの意見に賛同します。まだこの世界のことはほとんどわかっていません。安易に決めつけてしまうのは最善策ではないかと思われます」

「蘭まで……。いーよ、俺だけそう思っていればいいからさ」



   ☆   ☆   ☆



 二人に反発され、望は教えてもらった宿屋の場所へと一人で先に行ってしまった。


「まったく、あいつは警戒というのを覚えた方がいいな」

「私もそれに同感ですね。望は今過ごしている全てが殺し合いのバトルロイヤルゲームの一環であると理解できているのか疑問に思えるところがあるようです」

「なんだ、初めて同調できたな」


 渡にそう言われてしまうも、プイッと顔を背ける蘭。

 今は共に行動することになったが、互いにゲームの参加者同士。いずれ命を奪い合う仲になるかもしれないのだ。表面では共に行動するが、常に警戒心を解くことはない。


「ま、それでいい。本来ならお前のような反応が正常なのだからな」

「……ですね。あっ」


 急に声をあげたのは蘭だった。

 何か思いついたようにきょとんとした様子を見せる。


「ん? どうかしたか?」

「ああ、いえ。なんとなく、これからあまり良くない事が起こりそうだと思っただけです」

「良くない事?」

「はい。なんていうか……こう、直感的なものなのですが、私たちに災いが降りかかる……ような」

「よくわからんが、早いとこあいつの後を追おう。それは今考えても仕方のないことだ」

「そうですね。わかりました」


 二人は会話を終え、望の後を追った。既に宿屋に入った後のようで、その外に望の姿はない。

 ドアを開けて宿屋の中に入ると、そこはエントランスのようになっていて正面に受付の女性二名がカウンターの前で立っている。

 片方のカウンターでは既に望が話をつけているようだが、何やらもう片方のカウンターに立っている男と揉めている様子だ。


「どうしたんだ。随分盛り上がっているようだが」

「ああ渡か。俺が先に部屋を取ったのにこいつが俺の方が早かったとか言ってくるんだぜ。受付の人も困っちゃったみたいで……」

「ほう?」


 視線を隣のカウンターに移すと、そこではゴツい体系をした大男とその取り巻きがこちらをものすごい形相で睨みつけていた。

 その男の前に立つ受付嬢も苦笑いを浮かべ、どうしたもんかと困り果てている様子である。


「だから俺たちのが早かったって言ってんだろーが。なんだ兄ちゃん、もしかしてケチつけよってんのか? ああ?」

「望、本当にお前の方が早かったんだな?」

「ああ。間違いなく俺の方が先にここに来てたし、後からやって来たのは向こうの方だ。先に三部屋予約したのは間違いない」

「だそうだ。お前たちの方が明らかに遅かったんだろ。脅迫しているつもりだろうが、順番とルールぐらいは守れ」


 クールにあしらおうとする渡を見て大男は怒りを顕わにし、拳を鳴らしながら大きな体でこちらへと近づいて来た。


「おい兄ちゃん表に出ろや。ちょっと教育してやらねーとわかんねーみたいだからよ。このズオル様に歯向かうとどうなるかわからせてやらんとな」

「なぜ俺が。それに住人にもこの宿屋にも迷惑だろ。やめておけ、とっとと失せろ」

「おい、その言い方はやばいんじゃ……」


 望の心配通り、ズオルと名乗る男はさらに怒り狂い、頬をピクピクとさせ自身の感情を抑えられなくなっている様子だ。


「んだとこの野郎ォォォォォオオオオオッ!!」

「……ッ!?」


 渡ならただ大男が吠えたところで怯むことはなかったのだろう。

 ただ、それだけではなかったのだ。ズオルは大声で叫ぶと同時に全身の皮膚がビリビリと破れ、巨大化していくと共にその内側を露わにしていく。

 続けて頭部の形も徐々に変形していき、まるで狼のような体毛のある顔へと変化。体も紺色と白の体毛が生えたものに変わり、まるで獣人のような姿へと変わってしまった。


「おい、なんだよこれ!?」

「くっ、このままだとこの店に迷惑がかかる。一度出るぞ二人とも!」


 三人はすぐに宿屋を飛び出すと、それを追うかのようにドアが弾き飛ばされ、街中へと放り出されてしまった。

 中から出てきたのは眼光を光らせた紺色の男……いや、やたらガタイのいい二足歩行の狼だ。

 その瞳は自身に無礼を働いた三人の方を向き、捉えて離さない。


「なるほど、降りかかる災いとはこの事というわけか」

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