第7話 生前の記憶

「それで、いくつか質問しておきたいんだけど」

「はい、なんでも言ってください」


 俺は真剣な話をするためくっついて離れない蘭をなんとか引き剥がし、その場に正座させていた。

 反発するかと思えば蘭はとても従順で俺の要求通りその場にちょこんと座っている。


「女を地面に座らせるなど、お前……中々外道だな」

「ややこしくなるから黙っていてくれ! えーと、蘭は生前の記憶ってまるっきしないんだよね?」

「はい。私が覚えているのは自分の名前と一度死んだということ。後は、生前……恐らく望に強い忠誠心を持って仕えていたということだけです」

「念のために確認するけど、それは本当に俺なんだよね?」


 蘭はその質問に笑顔で答えた。


「はい、間違いありません。記憶は残っていなくても、体が覚えています。私が生前仕えていたのはあなたです。最初は不思議な衝動に駆られての行動だったのですが、あなた……望に近づいていくに連れてそれは確信へと変化していきました。体が望を求めているのですよ。ふふ……」

「間違いとかは……」

「ありません」

「即答」


 絶対の自信を持って答える蘭にそれ以上言えなくなってしまった。


「良かったじゃないか。生前の知り合いと感動の再会だ」

「良くもないし、感動でもないだろ。第一、こんな殺し合いのゲームに巻き込まれているんだ。俺は覚えていないからわからないけど、もし、俺と蘭が生前知り合っていた仲なら殺し合うなんて……」

「私は望のためなら死ねますよ?」

「え?」

「私は望に仕える身。まだ断片的な記憶しか思い出せていませんが、私は望に絶対の忠誠を誓っていたことだけは思い出しました。どんな時も主を立てるのが従者の務め。仮にこのゲームで私たち二人が生き残ろうとも、最後は望にこの身を捧げます」


 右手で拳を握り、それを心臓の前に置きながら蘭は語った。

 その目に迷いはない。これは彼女の本心から出た言葉であると疑う余地もなかった。


「そんなこと言われたらやりずらいからやめてくれよ……。っていうか、断片的な記憶って生前のこと少し覚えているんだよな? 俺がどんな人間だったとか覚えていないのか?」

「ごめんなさい、私が思い出したのは生前誰かに仕えていたことと、共に行動する望の姿だけなんです……」

「そっか……。いや、いいんだ。何も思い出せない俺より遥かにいいと思うよ。なんか、自分が何者だったのかさえわからないとか気持ち悪いし、うん」


「それで、こいつの肩を持つって事は俺の敵ということだな。お前も共に行動する人間が俺以外にできたんだ。どうだ、ここでやり合っておくか?」

「だからなんでお前はすぐ戦いたがるんだよ。もう説得するのも疲れた。いいから早く宿探しに行こうぜ。ここでこうしていても何も始まらない」


 もう説得するのも疲れた俺は一人で街の中へと歩いていく。後ろから足音が聞こえるので、その後をすぐ蘭が追ってきているのだろう。

 まったく、なんでこうも渡は俺と戦いたがるのだか。



   ☆   ☆   ☆



 望と蘭が先に行ってしまい、その場に一人残された俺は自分自身の感情がよくわからず立ち尽くしてしまった。


「なんで戦いたがる……か。それはゲームに勝ち残るため、生き残るため。俺はそのために戦おうとしている。……そのはずだ」


 先ほど気付いた左手の薬指にはめられたリング。これといった装飾もなく、見た感じ値が張るようなものでもなさそうな普通のシルバーリングだ。

 だが薬指にはめている。今こうしているのだから生前、死ぬその時までこのリングをはめたままだったのだろう。

 何の意味があってこのリングをはめているのかはわからない。だが、これを見る度に何か突き動かされるような衝動が俺を襲うのだ。

 

「生き残り、生き返り……そうして俺は何がしたい。何をやり残して命を落とした。このどこか気分の悪くなるような焦燥感は、なんだ」


 理由のわからない焦燥感を嫌い、左手のリングから視線を外す。

 これを見ていると自分がおかしくなってしまうような感覚を覚え、指から外してしまおうとも思ったが、なぜだか行動に踏み切ることはできなかった。

 失われた記憶の中に何か答えがあるに違いない。でも、今はまだ思い出せない。湧き上がる正体不明の感情のみが俺を突き動かさんとしている。


「おいっ! 何してんだよ渡、早く行くぞ!」


 意識を元に戻してくれたのは遠くから自分を呼ぶ望の声だった。

 ハッとした俺はすぐに考えることをやめ、これまでのように雰囲気を崩さず、望の呼びかけに答えようとする。


「すまん、今行く」


 とりあえず今は考えることをやめ、あの馬鹿に付き合うこととしよう。



   ☆   ☆   ☆



「望、それであいつは何者なのです? どうやら一緒に行動しているみたいですが」

「ああ、あいつも俺たちと同じこのゲームに巻き込まれた参加者だよ。俺と同じように生前のことは何も覚えていない。この都市に入る前に出会ったから、とりあえず協力関係ってことで一緒に行動しているんだ」

「でも、望とあいつは敵同士ですよね。なんで、わざわざ敵に隙を見せるようなことを……」

「……人間同士が殺し合うなんて本当ならしちゃいけないことだ。それに、俺たちは既に死んだ身。一度人生を終えた人間なんだ。確かに俺たちは死ぬ間際に何か強い願いを残したのかもしれない。でも、それは死人が生き返る理由にはならないよ。だからそもそもこのゲーム自体が間違っている。そう思ったから、俺はあいつと手を組むことにした」


 俺は一度ふーと息を吐いて言葉を続ける。


「それにあいつはあんな風に振舞っているけど実は悪い奴じゃない。ちょっと話しただけでもそれはすぐわかった。だから、無防備に背中を見せてもあいつが刺してくることはないと思う。できないと思う。だから一緒に行動して、このゲームがどんなものなのかをまずは見極めなきゃダメなんだよ」

「望がそう言うのなら……私はそれに従いますが……」

「蘭も協力してくれ。例え、最後にどんな結末が待っていようとしても、まだ記憶の戻らない俺たちに出来ることは死なないこと。それだけだ」


 死なないこと。この世界でもう一度死ねばゲームに敗北し、現世で生きたという存在そのものが消えて無くなる。再びの死は現世の死と違い、誰にも覚えられることもなく、全ての記録からの抹消に等しいという。

 このゲームはあのケープの男が仕掛けたもの。その言う通りに動いていいのか疑心暗鬼になっている俺はそれを第一に過ごすことに決めていた。


「わかりました。単に殺し合うと言っても、他に何もないとは限りませんからね」

「うん、その後のことはどうしようもなくなった時に初めて考えればいいさ」

「はい、望」


 会話の終了と共に渡が俺たちに追いついた。

 まだこのゲームのことはほとんどわかっていない。だからこそ、無暗やたらに争いは避ける。

 今の俺はそれができると思いこんでいた。

 

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