第6話 守繁蘭
「怖ッッッッッッッッッッ!!!!」
「なんか近づいたらマズイ気がするな。退くぞ、望」
「おお。……って、うわっ!!」
「見つけました……!」
彼女は危ない。それを本能的に察知した俺たちはすぐにその場から退こうとするも、思ったよりもその少女の接近スピードは速く、気付いた時には俺は彼女に飛びつかれた後だった。
「見つけました……、間違いなありません。間違いなくこの人が私の求めていた……」
「ぐわっ、くるしっ!」
「おい、離れろ。貴様、やはり転生者か」
飛びかかられた俺は彼女に馬乗りにされ、身動きが取れなくなってしまった。
間違いない、そう思った渡はすぐに背中の鞘から剣を引き抜きその少女に向ける。
しかし、少女はお構いなしに俺の顔を両手で這わせるように掴み、俺の両目をジッと見つめたまま視線を動かそうとしない。
「この感じ……。ああ、本能が私に語り掛けてきます。記憶が無くても私にはわかる。この人は私が心の底から求め続けていた人。ずっと仕え、寄り添い続けた人。きっと、生前の私の……」
「ちょちょちょ、渡! 助けて!! 襲われる!!」
「……何をしているんだ」
「何でもいいから助けて! おい、お前も何してんだ離れろ!!」
「ああん……」
今にも強引に接吻をしようと試みる少女の顔を無理やり両手で抑え込み、押し返すことで馬乗り状態を解除した。
突然目の前で起こった奇妙な出来事に、渡も構えていたはずの剣を無意識に下ろしてしまっていた。
「なんだよお前いきなり気持ち悪いな……」
「気持ち、悪い……?」
「そりゃそうだろ。いきなりすごい勢いで走って来たと思ったら馬乗りにされて、あやうく無理やりキスされるところだったんだぞ。男女逆ならセクハラでとっちめられているところだよ。ふー……」
「うっ……」
「おい望」
「え?」
「彼女を見ろ」
先ほどまで猪突猛進といった少女は一転、俺に「気持ち悪い」と言われたことによって涙目になっており、必死に涙を零すことを我慢している様子だ。
襲い来る嗚咽に耐え、今にも泣き出してしまいそうなところを必死に我慢している。
「気持ちはわからんでもないが言いすぎだ。どんな場面であれ女性を泣かすのは男のすることではない」
「おわ、えっと……ごめん」
「うぅ……私、気持ち悪いですか?」
涙目のまま上目遣いで俺に訴えかける少女。打って変わってか弱い印象を持たせる彼女に俺も調子が狂ってしまう。
とりあえず、今はこの場を収めなければ。
「い、いやそんなことないさ。まぁ、気持ちを相手にぶつけるってことも大切だから、な。……なんで俺なのかはわからなかったけど」
「良かったです。あ、私
俺と渡は目を見合わせた。
想像していた展開とは少し違ったが、この少女も俺たちと同じようにあの白ケープの男によってゲームに参加させられた転生者の一人らしい。
蘭と名乗る少女は肩口まで伸びた髪をゆらゆらと揺らしながら、一人で胸に手を当てながら自らの記憶を辿っているようだ。
「やっぱり間違いない。記憶が消えようと魂にはその想いが刻み付けられています。私とあなたは生前ずっと共に行動していた。ずっとずっと長い時間を共にしていた仲のはずです」
「えっと……、守繁蘭さんだっけ」
「そんな他人行儀なんてやめてください。蘭で大丈夫です」
「わ、わかった。蘭」
「はい」
満面の笑みだった。
とても殺し合わなきゃいけない転生者同士のやり取りとは思えず、俺も渡も肩透かしを食らい拍子抜けしてしまう。
「俺は天海望。そっちのコート着ている奴が釘山渡」
「あ、そっちはどうでもいいです。興味ありませんので」
「…………」
いきなり無碍に扱われ敵意を露わにする渡。今にも剣を振りかざそうとしている渡を俺はアイコンタクトでなだめた。
「蘭も一度死んでケープの男にここに連れて来られたんだよね?」
「はい、その通りです。何か死ぬ時に強く何かを願ったから~とかって言われました」
「やっぱりそうか。一応確認したいけど、蘭は俺たちに敵意がないって思っていいのかな。俺たち転生者は殺し合いのゲームに巻き込まれているわけだし、いずれ最後まで生き残った一人を決めなきゃいけないはずなんだけど」
それまで床にペタンと座っていた蘭が勢いよく立ち上がる。
蘭は力強い眼で真っ直ぐ俺を見て言った。
「敵意なんてあるわけないじゃないですか! 望は間違いなく私の大切な人。望の命を狙うなんてこと絶対にあり得ませんし、逆に望に死ねと言われれば私は喜んで死にますよ!」
「え!? そこまで!?」
「勿論です。私はずっとずっと望の側にいます。望が所望するのならなんでもします。望の敵は私の敵。私の心と体は全て望の物なのです。ああ、なんか思い出していきます。失われていた記憶が取り戻されていくような……。生前、私は望にずっとずーっと尽くし、一緒に時を過ごしていた……鮮明には思い出せませんがきっとそうに違いない」
一度語り出したら止まらない蘭。相槌を打つ暇もなく、俺と渡は無言で蘭のもはや独り言に近い言葉を聞き続ける。
この様子だと本当に敵意はないらしい。殺し合いのバトルロイヤルゲームだなんて物騒な名前を付けられているわりにはなんだか平和な出だしだ。渡もひとまずは説得できたわけだし、少しは安心できたかもしれない。
「望に仕えていたような……んー、記憶が蘇ってきません」
「は、はは…………」
気付けば蘭は俺の隣で肩を寄せ、必死に自らの記憶を辿ろうとしている。
強引に振りほどけば先ほどのようにまた泣かれてしまうかもしれないので、俺はただそれを受け入れることしかできず、苦笑いを浮かべながら渡と無言の意思疎通を行った。
『どうすりゃいいこれ』
『知るか』
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