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 約四日の学級閉鎖と土日を挟んだ休みが明けた月曜日、雄太は六日振りに学校へ行った。

 精密検査の結果はまだ来ていないが、雄太自身は特に気にすることも無く通学する。

 久しぶりのクラス、学級閉鎖の原因となっていたインフルエンザ罹患者の十人は今日は学校へ登校しているようだった。

 

 ざわざわと騒がしい教室で久しぶりのクラスメイトと話していると、始業のチャイムが鳴り、担任が教室へやってくる。


「みんなおはよう。まだまだ風邪やインフルエンザが流行ってるようだから気を付けるように」


 開口一番注意を伝えると、出席を取り始める。

 先週休んでいた十人は来ていたが、今日は別に二人ほど風邪で休みとの事だった。

 

 休み時間、健治と翔太のグループが健治の席近くに集まって話している。インフルエンザ中の病院の検査や、病状などを話している様だ。鼻に綿棒を突っ込まれて鼻血が噴出した翔太のエピソードに笑いが起きている。

 雄太は武人ら他の友達と別で集まって話していた。こちらは休み中に健康体にも関わらず外に出られなかった不満をワイワイと言いあっていた。

 

「親に連れられてさー、なんかでかい病院で精密検査受けさせられた」

「えっ、マジで。お前の親心配性だなー」

「俺は家に缶詰だったよ、マジ暇すぎてどうしようかと思った」


 どうやら他の家では精密検査はしなかったらしい。自分の親の心配性に呆れながら、雄太は看護師の事を思い出し、少しだけ親の心配性に感謝した。


 その日は特に何事も無く授業が終わる。学校帰りに四人で集まり、携帯ゲームで遊んだ。

 健治と翔太のグループが放課後にサッカーとかをするなら混ざろうかと思っていたが、健治と翔太達は授業が終わると、まだ本調子じゃない事を理由にすぐに帰って行ってしまった。



 家に帰り玄関を開けると美味しそうなカレーの匂いが雄太の鼻をくすぐる。

 小言を言われる前に洗面所で手洗いうがいをしてリビングに行く。


「おかえりー、今日は学校どうだった? インフルエンザの子たち学校来た?」


 料理をしながら母親が尋ねてくる。冷蔵庫から麦茶を出しながら、雄太は答える。


「んー、全員来てたよ。あ、でも別に黒崎君と竹原さんが風邪で休んでた」

「そうなの、大変ねー。雄太は手洗いうがいはちゃんとするのよ」

「もうしたよ!」


 きちんとやっても小言を言われることにうんざりしながらリビングでテレビをつける。たまたま回したチャンネルで、T島町猟奇殺人事件の続報をやっていた。どうやら四人目の犠牲者が見つかったらしい。同一殺人である事を特徴づける痕跡が残っていたとの事だが、模倣殺人が起きないようその特徴は伏せられている。

 自分の住む地域から事件現場がどんどんと離れていく事もあり、雄太はどこか他人事としてニュースを見ていた。何か作り物めいた、リアルではないように見えていた。


「雄太、テーブルの上片付けて。ご飯運ぶから」

「はーい。今日は兄ちゃんは?」

「部活で遅くなるから先に食べててって」

「もうすぐ大会だからねえ」


 雄太の兄は地元の高校で一年生ながらサッカー部のレギュラーになっていた。それほど強いチームではなく、万年一回戦、良くて二回戦落ちの高校ではあるが、一年生でレギュラーになれるなら大分力を買われてるらしい。運動能力も高く、中学時代の体育は常にトップの成績を収めていた。

 逆に雄太は運動が苦手で、あまり身体を動かすのが得意では無かった。だからと言って嫌いと言うわけでは無いので、休み時間などにサッカーやドッチボールをやるくらいは問題ない。ただ下手なだけだ。




 目に見える事件が起こったのは三日後の木曜日の事だった。このクラスではハムスターを一匹飼っていた。理由は覚えていないが、五年生の頃に何かの都合で飼い始め、そのまま学年が上がった際も当時の飼育委員と共にハムスターも進級した。

 このクラスの飼育委員は男女一人ずつの二名だった。

 男子の飼育委員は高田洋治、女子の飼育委員は竹原一葉だ。彼女は三日前に風邪で学校を休んでいて、昨日出てきたばかりだった。

 

 騒動は始業前の朝に起きた。

 雄太が朝登校し、教室に入るとクラス中が騒然としていた。まだ、クラスメイトの半分程度しか登校していなかったが、その大半が教室後ろのロッカー付近に集まっていた。

 何事かと思い、近くにいたクラスメイトに聞いてみると、どうやら飼っていたハムスターが檻の中から居なくなっていたらしい。その事に朝ハムスターに食事を与えようとした飼育委員の高田が気が付いた。

 その後登校していた生徒達で教室内を隅まで探したが、結局見つからず、現在はハムスターが居なくなったのは飼育委員の責任だと問い詰められている最中だったようだ。

 

「あなた飼育委員でしょ、なんとかしなさいよ!」

「そんな事言われても。僕が朝来たときはもう居なかったし」


 クラスの中で女帝として恐れられている、遠藤久美子が飼育委員の高田を詰問している。どうやら飼育委員だからと無理難題を言っている様だ。

 

「昨日まではいたよね?」

「いたいた、昼休み見たよ私」

「最近ハムスターなんか見てなかったなあ」


 周りではめいめいが好き勝手なことを言う。

 そんな中思い出したように高田が発言する。

 

「そうだ、竹原さんだ」

「竹原さんがどうしたのよ、今日は、まだ来ていないわね」


 腕を組みながら遠藤が近くのクラスメイトに竹原が来ているかどうかを確認する。

 遠藤の取り巻きが周りを見回すが、竹原の姿はまだ見えない。

 

「まだ来てないね?」

「おかしいね、いつもならもう来てるよね」


 遠藤はふんっ、と鼻を鳴らしもう一度高田を睨みつける。


「それで、竹原さんがどうしたの」


 高田はちょっと躊躇したように口ごもったが、遠藤の眼力に勝てずにぼそぼそと話し始める。

 

「昨日、見たんだよ。教室を出るときに竹原さんがハムスターの檻の前で何かしてるのを」

「何あんた、竹原さんに責任を擦り付けようっての!」

「ち、違うよ。ただ事実を言っただけだよ。僕が教室を出た時はもう教室に竹原さんしか居なくて、最後にハムスターを見たのは彼女だから何か知ってるかもしれないなって」


 遠藤は高田を鋭い目つきでギロリと睨みつける。


「嘘言ってたら承知しないからね」

「う、嘘じゃないよ」


 結局その日は竹原さんは学校に来なかった。風邪がぶり返したのだろうかとクラスの女子たちが心配していたが、次の日けろりとした様子で朝から登校してきた。

 登校してきた竹原に女帝の遠藤が近寄る。


「竹原さん」

「なに? 遠藤さんどうかした?」


 遠藤の威圧感も何処吹く風の様子で受け答える竹原。


「昨日からクラスのハムスターが居なくなったんだけど、あなた何か知らない?」


 唐突な質問に、なんだそんな事かと竹原は笑顔を浮かべる。


「ハムちゃんなら昨日私が埋めて来たよ」


 クラス中の生徒の動きが止まり、次第にざわざわと騒ぎ出す。


「あ、あなた何言ってるの?」

「だから、ハムちゃんは昨日私が埋めて来たよって言ったの」


 理解できないとばかりに問いかける遠藤に対して、もう一度ゆっくりと竹原は告げた。

 そしてクラス中がパニックになった。

 叫び出すもの、泣き出すもの、茫然とするもの、様々な反応を見せる。

 中には竹原に詰め寄って詰問するものもいた。

 

 雄太は茫然とする方だった。

 竹原の言った言葉が良く理解できていなかった、理解したくなかったのかもしれない。

 クラスの喧噪はやがて教室外にも飛び火し、他クラスの生徒たちがこちらの教室を覗き込んでくるまでになった。

 

 そんな中、本鈴のチャイムと共に担任の教師が教室に入ってきて驚きながらも喧噪を治める。

 この喧噪の原因を生徒から聞き取り確認すると、竹原を連れてそのまま教室を出ていった。そんな事があり一時間目の授業は自習となった。


 二時間目、教師が帰ってくるが、竹原は一緒では無かった。

 どうやら先に家に帰ったらしい。

 

 二時間目の時間を使い、教師は竹原から聞いた話を生徒達に話した。


 二日前、帰り際にハムスターの檻を見ると、中のハムスターが具合が悪そうにしていた。他の人に相談しようにも皆が帰った後で誰にも相談できなかった。しかし、自分は飼育委員であるのでこのまま放置できないと思い、家に連れて帰り看病してあげようとした。

 家に帰って看病したが、朝になったら冷たくなっていた。その日一日泣いて過ごし、そのまま家の裏にハムスターを埋めたと。

 クラスのみんなにちゃんと言わなくてごめんなさいと謝っていた、と担任教師は語った。


 竹原のあの笑顔を見た者達は到底納得はできなかったが、クラスの空気は竹原に同情的になった。

 来週月曜日に来たら慰めてあげよう、とまで言う女生徒達を遠藤は奇妙なモノを見るような目で見ていた。

 


 *



 月曜日は竹原は今までと変わりなく学校に来た。

 クラスメイトに慰められていたが、それが何のことか分かっていないようでにこにことほほ笑んでいるだけだった。

 そして遠藤が休んでいた。担任の教師が言うには風邪らしい。

 他にも二名学校を休んでいる。

 そう言えばインフルエンザで学級閉鎖になってから一度もクラスメイトが全員揃ていないなと、雄太は漠然と思っていた。


 その日、帰りの際に健治と翔太のグループがぞろぞろと何処かへ行くのが見えた。

 最近は健治と翔太グループはグループ内で行動してて、あまり周りと関わり合おうとしていない事が気になってはいた。

 休み時間も自グループで集まっており、雄太ら他のクラスメイトとは一緒に遊んだりはしていない。

 前までは放課後になるとクラスメイトを誘ってサッカーや野球などで暗くなるまで遊んだりしたが、最近、そうインフルエンザの学級閉鎖があった後からはそれも無くなった。


 今日もまた、健治と翔太らのグループは放課後早々に帰ろうとしていた。

 その様子に気が付いたクラスメイトの一人、古市良夫が彼らに声を掛ける。

 彼も健治と翔太らの最近の様子が気になっていたのだろう、詰問する様な口調で尋ねる。


「健治、最近こそこそとお前ら何処行ってるんだよ」

「別に、こそこそとなんかしてないけど」


 古市は健治の言葉に少し怒気を高めて詰め寄る。


「こそこそしてんじゃねーかよ。お前ら蟻の群れみてーにぞろぞろと連れ立ってよう」

「こそこそなんかしてないって言ってるだろ」


 健治が古市の胸を小突くと、翔太や他のメンバーがそうだそうだと囃し立てる。


「てめぇ」


 古市が健治の胸倉をつかみかかる。

 古市はクラスの中で一番ガラが悪く、喧嘩っ早いので有名だった。そしてどうやら中学生の不良達とも友好が有るようであまりクラスになじんではいなかった。そのためか、周りに集まるクラスメイトの中で古市に加勢する者はいない様だった。

 遠目から見ている雄太はどちらかと言うと古市寄りの考えで健治と翔太の最近の様子が気になっていたから古市の今回の行動に加勢はしないまでも陰で応援していたのだが。


「なんだよ、やるのかよ」


 健治は怯むことなく古市に食って掛かる。

 そんな健治の態度に頭にきたのか古市は右手を振りかぶり、その勢いで相手の右頬を思い切り殴った。

 拳を避ける事も出来ずもろに殴られ倒れる健治に向かい、さらに追い打ちを掛けようと駆け寄る古市。流石にその様子に危ないと思ったのか、周りで見ていたクラスメイトが数人がかりで止めに入る。


「てめぇ放せや、ぶん殴るぞ」


 二、三人がかりで古市を抑え込もうとするが、それを振り切る勢いで暴れる。周りにいた何人かが巻き込まれ吹き飛ばさる。振り回した腕に殴られる者も居た。そんな状況であったが、果敢に古市に向かい何とか五人がかりで抑え込んだ。


「誰か先生呼んできて」


 クラスメイトの誰かの叫び声と、それにつられて廊下に走る生徒。

 抑え込まれながらも暴言を吐きなおも暴れる古市。

 教室はざわめきと悲鳴で混乱の坩堝にと化していた。


 抑え込んだ状態で数分が経過すると、流石に古市が大人しくなってきた。そして、担任が到着すると、そのまま担任は古市を羽交い絞めにして教室から引っ張り出そうとする。一旦は落ち着いた古市であったが、大人に羽交い絞めにされ再度怒りがぶり返したのか、口から泡を吹きながら怒鳴り飛ばし暴れる。残念ながらその怒りは報われず、担任教の力に抵抗できないまま連れ去られてしまう。


「おい、ふざけんなよ! てめえら、俺は知ってるんだぞ。お前らもう違ってるんだろ。くそっ、離せ、離しやがれ」


 去り際に何かわめく古市を見送ると、教室は一瞬沈黙が訪れた。


「おい、すごかったな」


 武人が雄太の脇腹を肘で小突きながら声を掛けてくる。


「古市君が暴れるの久しぶりだよね」

「確かに学年上がってからはあまり暴れてなかったよね」


 よーちん、健斗もそばに来てささやきあっている。

 三人の雑談を聞き流しながら、雄太は古市の最後の「お前らもう違ってるんだろ」という言葉が気になっていた。

 

 いつの間にか教室から健治と翔太らのグループは居なくなっていた。


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