千葉市、若葉区、6時30分。

モノレールが駅に着くと、降りる準備をする人々の小さな喧騒が車内に巻き起こる。俺もその中の一人だ。席を立ち、開いた扉から外に出る。何となく振り返れば、さっきまで俺が座っていた席には、見ず知らずの他人が腰掛けていた。その人と俺を遮断する様に扉が閉まる。ここではない場所に向かう人達を乗せて、モノレールは次の駅へと遠ざかっていった。

モノレールを見送ると、改札へと向かった。駅の外へ出ると、近くの路上に数台の自転車が放置されていた。側には撤去予告の立て看板が設置されてる。もう期限も間近だな。ぼんやりとそんな事を思った。

昼前から降り出した雨は既に上がっており、雲の切れ間から紫に変わりつつある夕方の空が覗いていた。不意に傘の先に目が行った。道路の窪みに水溜りが出来ており、その中に映った自分の顔と目が合った。長い前髪に隠れた顔。思わず苦笑いが溢れた。誤魔化すように、馴染みのある歌を小声で口ずさんでみた。

ひらひら舞い散る日々の憂鬱が、夕闇に反射して、俺の目に刺さった気がした。



夕方の駅を抜けてターミナルに出ると、目の前を一匹の野良犬が通り過ぎた。よく見ると、後ろ足を片方引き摺っている。その痩せた口には、缶が銜えられている。今日の飯だろうか。そうこうしている内に、犬は雑踏の中に、その不自由な身を引き摺って消えていった。

犬から視線を外すと、ショーウインドーに映った自分と目が合った。周りに気付かれないように、口角を少しだけ上げる。そのあからさまな作り笑いに、堪らず苦笑いを漏らした。ロボトミーなんて言葉が不意に浮かんだ。俺にはそんなものが必要かもしれない。

近くを一人の男が通り過ぎた。男の携帯が軽快な音楽を鳴らす。音が途切れ、代わりに男の楽しげな声が聞こえてくる。その声を遮断する様に、俺はヘッドホンで耳を塞ぎ、お気に入りのアルバムを流した。

ひらひら舞い散る日々の憂鬱が、夕闇に反射して、俺の目に刺さった気がした。



駅から少し離れた住宅街へ続く川沿いの上り坂を、先程から歩き続けている。時刻は午後六時三十分。西の空は、既に青みを帯始めていた。雨上がり独特な空気が、辺りに漂っている。坂を登りきり、住宅街に辿り着く。少し進んだところに、僕の家はある。

不意に右目が疼いた気がした。思わず眼帯に覆われたその目を押さえる。昨日の夜に出来たものもらいは、今日になっても全く治る気配を見せなかった。仕方なく、今日は一日眼帯の生活だった。片目なだけでだいぶ不便だ。いつもの帰り道も倍以上に感じる。

ふと、足元の水溜りに目が行った。暗くなり始めたこの時間帯では、そこに映ってる筈の自分自身は、ただの黒い影法師でしかなかった。その影法師に嘲笑された気分になって、思わず苦笑いを零す。誤魔化すように、お気に入りの曲を小さく口ずさんでみた。

ひらひら舞い散る日々の憂鬱が、夕闇に反射して、僕の目に刺さった気がした。


***


参照楽曲

千葉市、若葉区、6時30分。/Plastic Tree

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