ライフ・イズ・ビューテフル
上京して数ヶ月経った冬の日、何となく上野駅へ行ってみた。東京にしてみれば、珍しく雪が降ったクリスマスだった。輝くイルミネーションや、寄り添う恋人達の居る世界とは不釣り合いな僕は、白い溜息と共に苦笑いを零す。
冬のホームは寒さと喧騒で溢れかえり、いつの間にか迫った年の瀬を告げていた。乗り込む電車も分からないまま、白線の上に立ち尽くす。楽しそうに喋っている女子高生の集団が近くを通り過ぎる際、僕に視線を向けた。途端に彼女達はひそひそと小声になる。ちらちらと僕に視線を送りながら、彼女達は去っていった。女子高生達が去った直後、今度はサラリーマン風のスーツの男が通り過ぎる。少し離れた場所で、訝しそうに僕を振り返る彼の姿を視界の端に捉えた。良からぬ事を考えている奴だと思われたのだろう。堪らず苦笑いが零れた。
電車の到来を告げるアナウンスが響く。アナウンスの警告を無視して、僕は白線を少し越えて立ち尽くす。何本目かの電車がホームに入ってくる。降りる人と乗り込む人。みんな、自分の行くべき場所を知っているのだろう。電車は僕を置いて、次の駅へ向かう。遠ざかっていく車両を見送ると、僕は駅を後にした。
すっかり暗くなった空気の中、動物公園へと足を向ける。閉園時間はとうに過ぎていて、そこに人影は無く、昼間の賑わいが嘘のようだ。
静寂の中で、動物達はどんな夢を見ているのだろうか。ふと、そんな事を思った。きっと、みんながみんな、それぞれの夢を見ているのだろう。賑わう動物達も、街の喧騒の中を行き交う人々も、夜の闇に浮かぶ木々達も、博物館の中に飾られた剥製達も、きっとみんな、夢を見ている。恐らく僕も、覚める事のない夢の中に居る。夢の中から現実に手を伸ばして、何かを伝えようとしている。
色々な思いを詰め込んだ記憶を逆再生してみれば、音にならない音が響くだけで、虚しい感情は増えるばかりだった。それでも何とか伝えようとして、綺麗なイルミネーションを飾り付け、タコ足配線で手当たり次第に明かりを付けていった。大抵の人間は、僕の事を気に留めずに素通りしていく。それが普通なんだろう。そんな中で、光に気付いたみんなが居た。笑った顔も、泣いてる顔も、恐らくみんながくれたんだろう。
こんなふうに物思いに耽るとは、我ながら珍しい。こんな気分になるのは、珍しくクリスマスに降った雪のせいだ。
暗闇に舞う雪は、どうやら積もりそうもない。まるで、僕が伝えたい言葉のようだ。切り貼りした言葉は、この世界に届くはずもなく、風に舞って消えていった。
所詮、僕らは世界で燃えるゴミだ。世界なんてそんなもんだ。それでも、過ぎ去る今日は美しいと思えた。雪の降り積もる街並みや、朝焼けの駅や、冬の夕闇や、満天の星空なんかは、このどうしようもない世界でさえ、綺麗だと思えた。世界はそれを隠しては、時折僕らに見せる。だから僕らは、また明日に期待をする。何でもないこの日常が、美しいと思える。そんな今日が、続いて欲しいと願う。ただ、愛されたいと願う。そんなの今に始まった事じゃないと笑いながら、僕は歩き出す。
きっと世界も、僕のこのクソったれの人生も美しい。
***
参照楽曲
ライフ・イズ・ビューティフル/Plastic Tree
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