夏を待っていました

「旅に出ようか。」

そう呟き、日差しの中に飛び出した。午後の日差しが照りつける道を、僕はひたすら歩いた。集合場所は、駅の近くの倉庫。この駅は、しばらく前につぶれている。電車の車庫として使われていた倉庫も、今や近付く人もなく、僕らの秘密基地と化していた。既に、みんなは集まっていた。

僕らは、その駅から伸びる、廃線になった線路に沿って歩き始めた。小さな田舎の、小さなその駅は始発の駅で、単線の線路が、緑の景色の中に続いていた。

今は六月半ば。連日続いていた雨模様が、嘘のような日だった。夏だと錯覚しそうな、熱く気怠い空気。気の早い蝉が、どこからか鳴き出した。夏が近いな、そう思った。

僕らの目的地は、予め決まっていた。大した距離ではないが、僕らにとっては、ちょっとした冒険の道のり。

幾つかのつぶれた駅を通り過ぎた頃、西の空に雲の群を見つけた。やがてそれらは、高くそびえる入道雲となりながら、徐々に近付いてくる。雲の底は、既に暗くなり始めていた。ひと雨来るかな。そんな事を思っている内に、辺りは暗くなりだした。遠雷が聞こえたかと思うと、大粒の雨が降り出した。僕らは慌てて走り出す。すぐ近くに、駅が見えた。僕らはその屋根の下で、降りしきる雨を眺めた。雨粒は、線路に激しく打ち付け、辺りはぼんやりと霞んでいる。同じように、白く霞んだ空を、稲妻が走り抜けた。雨は暫くすると止み、雲の隙間から日が差し始めた。雨に濡れた線路に降りると、僕らは再び歩き始めた。

目的地は、もうすぐそこだった。少し先に見える廃ビル。そこに着くと、僕らは非常階段を上っていった。日は少しずつ傾き、長い昼の終わりを告げ始めていた。屋上に着いた僕らは、錆びたフェンス越しに、そこから景色を見た。遠くに小さく、僕らの町が見える。夕焼けが始まる少し前のこの時間が、僕らは好きだった。特に、夕立の後に見える、雨に濡れた夏の町が好きだった。この廃ビルからは、僕らの町の全体が見える。緑色の田圃に囲まれた町の向こうには、微かに海が見えた。僕らが居る廃ビルの辺りは、起伏が増えてきて、山が近くに迫ってくる。この風景が、僕は好きだった。その景色の中を、線路はどこまでも続き、僕らはそれに沿って歩き続けた。


ふと、立ち止まった。僕は、一体どこまで来たのだろう。つぶれた駅の、つぶれた倉庫の中で、膝を抱えて座った僕は、良く晴れた空を見上げた。倉庫の中に響いていたみんなの声は、もう聞こえない。あれから、何年が経ったのだろう。線路を歩き続けた僕らは、いつの間にか離れ離れ。気が付けば、僕は一人で立ち尽くしていた。

僕は、廃線になった線路の上に立った。あの日僕らは、どこまでだって行けると思っていた。そして、どこまでも歩き続けた。今僕は、どこに居るのだろう。あとどれくらい続くのだろう。分からないけど、ここで終わりにするわけにはいかないよな。歩き続けよう、どこまでだって行こう。

良く晴れた六月の空の下を、僕は歩き出した。微かに、夏の気配がした。


***


参照楽曲

夏を待っていました/amazarashi

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