第6回「噂の学園一美少女な先輩は、褒めると照れる」
「……やっぱり、
愕然としている俺に、
やっぱり、なんて確信しているようなことを言うけれど、俺はそんなにご立派な人間じゃない。小さい頃から知っている
でも、助けたい、と思ったときに助けられる力を俺は持っていない。
俺は初めて、今までなにもしてこなかった自分を後悔した。
「それより、祐はどうして自分が持っている情報を使わないの?
モニタから目を離して衣川先輩が訊く。
「俺は……なにも持ってませんよ。情報も、力も」
「力ならあるでしょ。それに、なにも情報持ってないなんてありえないわ」
「ないですよほんとに。アイドルを目指してるとか、週二のダンスレッスンとボイトレに通ってるとか、そんなことしか知らないんですから」
「ほら、持ってるじゃない」
「それは衣川先輩だって一緒ですよね」
「私はダメ。情報を持っていても、人間相手だとなかなかその意味に気づけないから」
「意味?」
情報と意味――。情報を持っていても意味に気づかなければ、それこそ意味がない。それは分かる。でも元々の情報を持っていなければどうしようもないんじゃないか。
「OSINTって知ってる?」
黙り込む俺に衣川先輩が話しかける。
「いえ……」
「オープン・ソース・インテリジェンス。公知の情報をつなぎ合わせ、そこに隠された意味を読み取って真実をあぶり出すことよ。今の時代、シャーロック・ホームズになることは無理かもしれないけれど、きっと祐の才能を活かせるはずよ」
「公知の情報から意味を読み取る……」
そうか。
俺が知っていること――知ることができることはもっとある。ツイッター、ブログ、インスタグラム、フェイスブック――個人が発信している情報はいくらだってある。たとえ、本人が発信していなくても、その友人たちの情報をつなぎ合わせて見えてくる関係だってあるかもしれない。
「ありがとうございます、衣川先輩。ちょっと調べてみます」
俺は衣川先輩に礼を言うと教室に戻った。
教室では理乃と委員長が向かい合わせの机で弁当を広げていた。机の位置を見ると委員長の方が理乃の席にくっつけたようだった。
(ほんとに仲良かったんだな、あの二人)
俺はちょっとだけほっとした。
帰宅した俺は、しばらく電源を入れていなかったノートPCを引っ張り出した。
エクセルを立ち上げると、過去の校外模試・校内テストの成績を一つ一つ入力していった。校内テストの成績はすべて開示されるようになっているが、名前が公表されるのは上位二十パーセントまで。ただし、今回の順位とともに前回順位も記載されているため、一度でも名前が公表されれば過去の成績を辿っていくことは可能だ。
もし、数学の試験問題を入手している生徒がいたら、そいつは急に数学だけ不自然に成績が向上しているはずだ。漏洩した科目が数学と決まったわけではないが、さすがに全教科ということはないだろう。
過去四回分の試験結果を入力し終えたのは四時間後だった。それから前回順位と今回順位を紐付けて並べ変える。
「さすが委員長だなあ」
結果を確認していた俺は思わず声に出していた。四回分のテストでは全科目合計で一位、二位、一位、一位。コンスタントに全教科にわたって好成績で弱点らしい弱点が見つからないくらいだ。特に数学は二回も満点がある。
問題の理乃と言えば――直近の中間テストで急激に数学が伸びていた。数学ほどではないにしろ、他の科目もじりじりと上がってきている――と、言えなくもない。
「委員長に教わって頑張ってるから、だもんな」
俺は言い訳のように呟くと、ツイッターを開いた。
「はぁ」
昼休み。屋上に続く階段に腰掛けた俺は、頭を抱えて深いため息をついた。
隣では衣川先輩が俺が渡したプリントアウトをめくっている。そこに印刷されているのは大量の写真やツイート、投稿記事だ。
俺は夜を徹して自分の持っている情報に「意味」を探した。あのデマで俺が気づいたことは「問題を作成した教師の方にもなにかがあるかもしれない」ということだ。まずはデマにも名前が挙がっている数学の
梅屋が独身一人暮らしの四十一歳であることは周知の事実だ。授業中、生徒に問題を解かせている間に運動場やプールの女子を見ているとか、女子が階段でふと後ろを見たら梅屋と目が合ったとか、そういう話も聞く。そんな生徒からの不信感もデマの一因なのだろう。
俺は公開情報であるフェイスブックの写真に写っている店や場所から、梅屋がいつ、どこにいたのかを特定してスケジュールを埋めていった。それと自宅の最寄り駅までの移動手段、移動時間を推定し、同時間帯に同じ場所でつぶやかれたツイートを検索していくと、マッチング率の高いアカウントがいくつか見つかった。それらのアカウントには平日・休日でマッチング率に変化がないものもあれば、休日のみ高くなるもの、その逆もある。
これらには梅屋本人のものだけでなく、本人と同じ行動をとっていた人物が含まれているはずだ。とすれば、平日は教師仲間、休日は友人や趣味の仲間である可能性が高くなる。
アカウントごとの情報をまとめ、共通するフォロワーを抽出していくと休日のアカウントにはいくつかのキーワードが浮かび上がってきた。
「それがカメラ、個人撮影会、ジュニアアイドルってことね」
「ええ。デマの反証を見つけるつもりだったんですけどね」
俺の言葉に衣川先輩は意外そうな顔を見せる。
「確かに、西村さんは中学生、下手したら小学生くらいに見えなくもないから、梅屋先生の好みなのかも。でも、それだけでしょ」
「梅屋の方だけだとそうなんですけど」
そう言いながら、俺はもう一枚コピー用紙を見せた。
それはオークションサイトで見つけたDVDのパッケージ写真だった。サブタイトルに「りさ 十歳」と書かれたジュニアアイドルのイメージDVD。ツインテールの幼い女の子が、かなり際どい水着姿で写っている。
「理乃の写真で画像検索したらこれがヒットしました。三年前のDVDです」
もし、これが三年前――中学一年のときのDVDだとしたら俺がそのことを知らないのも説明がつく。幼稚園から小学校まで俺と一緒だった理乃は中学で女子校に進んで、それっきりだったからだ。
「確かに似てるけど……年が合わないわ」
「年齢を騙るのは珍しくないと思いますよ。それよりここのほくろ」
左目の下に二つ連なる特徴的な泣きぼくろ。理乃のチャームポイントだ。
「確かに……西村さんかも」
「そう、ですよね」
俺はまた、深いため息をついた。
結局、俺が徹夜でやったことは、あのデマの裏付け作業でしかなかったのか。
「それで、結論は?」
衣川先輩は資料から顔を上げて訊ねる。
「これから分かったことは、梅屋先生がジュニアアイドル好きらしいということ、西村さんが三年前はジュニアアイドルとして活動していたということ、なのよね?」
「はい」
「それだけでしょ。援助交際をして、その見返りに試験問題を受け取っていた、という証拠が出てきたわけじゃないんでしょ」
「そうですけど……」
それでも、絶対にそんなことはしない、という自信は揺らいでいた。俺の信じていた理乃は、こんな水着を着たりはしないはずだった。
だから、俺は理乃のことを実は何も知らないんじゃないか、俺は理乃のことを誤解してるんじゃないか――そんな思いにとらわれていた。
そう言うと衣川先輩は端的に一言だけ言った。
「そんなの証拠とは言わないわ」
それは確かにそうかもしれない。
でも、過激な水着姿の元ジュニアアイドルということを考えると、そのあたりの価値観は俺なんかとはちょっと違うのかも、と思う。
価値観は人それぞれ――皮肉にも昨日、あれだけ反感を感じた衣川先輩の言葉と同じことを感じている自分のブレっぷりが嫌になってくる。衣川先輩はそれでも、理乃のことを受け入れる、と言った。
それに対して俺はどうなんだ。
そんな俺を見ていた衣川先輩が唐突に言う。
「やっぱり、祐は他の人と違うわね」
「え、なんでですか?」
「私の言ったことをちゃんと考えてくれるから。すごく、考えてくれてる」
「そんなこと……みんなそうじゃないですか」
衣川先輩は顔の前で美しい銀髪を指に絡めて言う。
「この髪と瞳が物珍しくて話しかけてくる人はいても、この学校に私と『話』をしてくれる人はいないわ」
「衣川先輩、もてるって聞きましたよ」
「あんなの、もてるって言わないわよ。私を綺麗だなんて、思ってもいないことばかり並べるか、自分がいかに素晴らしいか、しか言わない人ばっかり。たぶん、珍しい色の珍獣ペットくらいにしか思っていないんだわ」
「珍獣ペットはないでしょ。衣川先輩は普通に綺麗だと思いますよ」
「普通に綺麗ってどういうこと?」
「だから……特別な思い入れとかなくても、普通の感覚で綺麗と感じるってことです」
「それは祐の感覚じゃないってこと?」
言葉に詰まる。俺の感覚なのに、あたかも自分ではない「みんな」の感覚であるかのように言って、責任逃れをする――その他大勢らしい逃げ腰だ。いつの間に俺は感覚すら、他人任せにしてしまうようになったんだろう。
俺は衣川先輩を見つめて言った。
「俺の感覚です。俺が、衣川先輩のことを綺麗だと思うんです」
「はにゃっ!?」
って、なに言ってんだ俺! 本人の目の前で。
「あ、あ、あ、ありがと。すごく嬉しい」
言われ慣れているだろうに、衣川先輩は赤い顔で目を伏せた。口角をきりっと引き締めようとしては、にへら、と緩む。
「私もね、この髪は綺麗だと思うのよ。へへ、嬉しいな」
そうか。衣川先輩はただ、ほめられて喜んでるんじゃないんだ。自分の感覚と、俺の感覚が一緒だったから喜んでるんだ。
衣川先輩は首の後ろに手を回して髪を梳いた。
「私、他の人たちとはズレてるのよ。これでも小さい頃は少し色が薄いくらいで、他の人とそんなに違ってはいなかったし、みんな、普通に接してくれたわ。様子が変わってきたのは髪と瞳の色が抜け始めてからだもの」
「……なにがあったんですか?」
衣川先輩はその問いには答えず、指先につまんだ髪の毛をじっと見つめていた。
「だからね、祐。私は西村さんが私とは違う考えでなにかをしていたとしても、それを糾弾したりするつもりはないの。それを否定したら、私は自分を否定することになる」
言っていることは分かる。でも、だったら、理乃が援助交際をしていた証拠はなにもない、なんて強弁しなくてもいい。ありうる話よね、で済むはずだ。
そう訊くと、衣川先輩は、くっ、と言葉に詰まったように黙り込んだ。
「ひょっとして衣川先輩……ほんとは理乃が援助交際なんかしてない、て信じたいんじゃないですか?」
「そんなことない! USBメモリを使って盗み出しても、援助交際で手に入れても、別にどっちでもいいの!」
むきになって反論する衣川先輩。分かりやすい人だ。でもこれじゃ、USBメモリの持ち主が理乃だったって認めたようなものじゃないか。
試験問題
一つは梅屋のような教師と取引をして、援助交際の見返りに試験問題を受け取る。もう一つは、USBメモリを使って教師のPCを乗っ取り、そこから試験問題を盗み出す。そして、その最有力容疑者が両方とも理乃という絶望的な状況だ。
衣川先輩は心の中では理乃が犯人だと思っているんだろう。それでも理乃を責めるつもりはないと言う。
けれども、俺は違う。
理乃は、援助交際なんてやってない。
それは俺自身が一番分かっていることじゃないか。
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