第26話 膝枕

 キュイールのため息は置いといて、俺はシーブルの元に近づき声をかけた。


「無理させちまったな。あの時ベルゼの動きが鈍ったのお前の仕業なんだろ、ありがとな」


 シーブルは口を尖らせて目をそらす。


「べ、別に……ちょっと魔法で背中の辺りを凍らせてやっただけよ」


 俺は握手をしようと手を差し伸べるが、シーブルは俺の手を軽く払って下を向いて顔を隠す。


「どうしたんだよ? ベルゼもいなくなったし、ローセルは死んだ。もう終わったんだ、今日からお前は自由に生きていいんだぜ」


「……わかってるわよ!」


 『復讐は虚しいだけ』お花畑平和主義者がよく口にする言葉だ。でも現実はそんな生易しいものじゃない、簡単に割り切れるものじゃない。俺は、虐待を受けて育ったし、当然のように『復讐』という考えを持っていた。俺の場合は、復讐相手があまりにも情けない相手だったから、馬鹿らしくなってしまっただけだが、今思うと二・三発ぶん殴っておけばよかった。


 目の前で家族や大切な人を無残に殺された事。

 それは軽々しく語る事の出来ない程の悲しみと痛みだろう。


 普通なら自殺でもしてしまいそうな経験だ。それでもシーブルは歯を食いしばって復讐を誓った。その思いを貫き通した事がどれだけ苛酷かこくなのかまでは想像出来ない。

 でもそんな過酷な状況をシーブルは生きてきた、それは紛れもなくシーブルの強さなのだ。


 シーブルは顔を伏せたまま、泣きながら呟く。


「ねぇ、自由って何なのかな? わかんないよ……あたし、どうすればいいのかな。お父さんもお母さんもお祖母様もいない、帰る家もないよ。ローセルが死んで、あたし嬉しい筈なのに……」


 シーブルはこれまで、ローセルを倒す事しか頭になかったのだろう。しかも恐らく同時に、それは叶わないとどこかで思っていたのかも知れない。

 だからシーブルは復讐が終わった後の事を考えた事がないのだろう。

 シーブル目からこぼれ落ちる涙がそれを物語っていた。


「改めて『自由』って何か? なんて聞かれてもよくわかんねぇし『お前の気持ちはわかる』なんて偉そうな事を言う気もねぇよ――でも……」


 俺はシーブルの頭を手でくしゃくしゃに撫でる。






「今日までよく頑張ったなシーブル」






 シーブルは真っ直ぐ俺の目を見つめ返し、小さく俺の名前を呟いた。






「ユウシ……」






 その光景を見ていたリリアは優しく話しだす。


「あんまり、期待しないでね? 私がこれから聖女としての力を覚醒出来れば、シーブルのお母さんなら生き返らせる事が出来るかも知れない」


 シーブルはリリアの言葉を聞いて、涙を拭った。


「本当? ……お母さんを……生き返らせる事が出来るの?」


 黙って俺に回復魔法をかけ続けていた、キュイールがシーブルに話す。


「絶対とは言い切れませんが、可能性はあります。初代聖女のヤハル様は、蘇生そせいの魔法を扱えたと言い伝えがあります。シーブルさんのお母様のご遺体は、凍結されていますので状態もいいですし」


 シーブルは二人の話を聞いて、また涙を流し笑顔を見せた。俺は初めてシーブルの笑顔を見て、思わず頬が緩む。


「シーブル、俺達と一緒に来るか? それを決めるのがお前の最初の『自由』ってヤツだな」


 シーブルは少しモジモジしながら呟いた。


「ユウシ……お兄ちゃんがどうしてもって言うなら……ついてってあげてもいいけど」


「お兄ちゃんって、まぁいいけどよ」


 俺は少し照れて顔を赤くした。妹がいないから『お兄ちゃん』なんて呼ばれた経験がない、まぁ妹がいても俺の妹だったら『アニキ』って呼ぶだろうけど……。


「リリアお姉ちゃんも……キュイールも」


「えーと……どうして私だけ呼び捨てなのでしょうか?」


 キュイールが不満気にシーブルに突っ込むと、俺達はキュイールの顔を見て笑った。シーブルは悪戯いたずらっぽく舌を覗かせる。本能的にナメてかかっていい相手だと、そう判断したんだろうか? いい性格してやがる。

 まぁこれが本来のシーブルなのだろう。


 こうしてシーブルは俺達の仲間に加わる事になり、安堵した俺は突然全身に痛みが走り倒れ込んでしまった。



 ――――――――――――――――――――――――――――――――――――



 目を覚ますと何だか頭に柔らかい感触がある、誰かに優しく頭を撫でられている。安心感と温もりが心地よくて、もう一度目を閉じてウトウトしそうになった。


「大丈夫!? ユウシ! 一瞬死んじゃったのかと思ったわよ。よかった、本当に心配したんだから」


 寝起きでいきなりリリアが大きい声を出す。


 柔らかい物の正体はリリアの膝枕ひざまくらだった。

 膝枕なんて何年振りだ……?


 そんな事をぼんやり考えていたら、ハッキリと目が覚めて飛び起きた。


 何を俺は照れてるんだ……思わず声が上ずっちまったじゃねぇか。たかが膝枕で何でこんな焦ってんだよ、どうかしてる。


「ダメだよ、ユウシ。まだ寝てなきゃ! ボロボロだったんだから……って起こしちゃったの私だったね。あはは、ごめんね。ほら、頭乗せて横になって。こんな固い床じゃ休まらないでしょ?」


 リリアはポンポンと軽く膝を叩いて、優しく微笑む。


「いや、いいんだ。リ、リリア、ありがとな。シ、シーブルは平気か?」


「うん、キュイールがついててくれて、今はよく寝てる。ユウシが倒れた時、シーブルもすごく心配してたわよ」


 リリアが俺に膝枕をしてる所をキュイールが見ていたらと思うと……めんどくさい事になってたな、危なかった。

 それよりダメだ、この世界の人間と必要以上に仲良くしない、そう決めたじゃないか。リリアにはもう……。


 俺はリリアと反対の方に身体を向けて、自分の腕を枕にしてまた横になった。

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