第23話 コロナ・テンペスト

「リリア、キュイール! シーブルの傷の手当てをしてやってくれ」


 シーブルは悲痛な顔で泣いていた。


「何も……ま、守れなかった、あの悪魔に……お父さんもお祖母様も……お母さんも大切なものを全部奪われたまま。結局あいつの言った通りだった、あたしは……あたしは――う、うぅ……あ、あたし、悔しい……悔しくてたまんないよ」


 俺は上着のジャケットを脱いで、シーブルの頭にかぶせた。


「んな情けねぇつらすんな、まだ終わってねぇだろ? 後は俺達に任せてくれ」


 シーブルはジャケットを被ったまま、ポロポロと涙を流しながらポツリと小さく呟いた。





「――任せる」





 生意気なあの氷の魔女が、震えて泣いている。彼女の悔しい思いや復讐の誓いも、俺にたくしてくれた。

 振り絞るように呟いた一言『任せる』のたった一言がやけに重たかった。


 嬉しいと表現すると不謹慎かも知れないが、今までずっと誰にも頼らずひとりで戦ってきた彼女が、俺なんかを頼ってくれた。その思いに応えたい、そんな気持ちだった。


 シーブルをここまで痛めつけた目の前の悪魔に、もはや俺の怒りは止まらない。また殺意が俺を埋め尽くし始めた。




 ローセルは不気味な笑みを浮かべ、突然斬りかかって来た。俺は龍神の加護をまとい剣撃を躱し、斬りつけた。

 ローセルは俺の剣を受け止め、すぐさま体勢を立て直し反撃して来る。


「キャハハハ! やるねぇ、龍神のおにーさん。ベルゼの言いなりになるのは気に食わないけど、返り討ちにしてやるよ」


 俺はローセルの剣撃をさばきながら、鼻で笑って言った。


「何だ、お前やっぱりあのクソガキの手下だったのかよ? あんなガキの犬になるなんて情けねぇヤツだな」


 その言葉を聞いたローセルが逆上する。


「誰が犬だってぇ!! ふざけんなよ? 私は、公爵だぞ!! 誰に向かって口を利いてんだよ!」


 アイススキル・氷結斬撃【蒼天氷覇斬クリスタルブレイク


 ローセルの振りかぶった氷の剣が一瞬で巨大化し、まるで大剣のようになった。それを片手で振り下ろす。


 俺はこのと判断し、ローセルの渾身の一撃を後ろに飛んで躱した。


 氷結魔法【氷槍乱射アイススピア


 ドレイクスキル【龍神障壁ドレイクウォール


 ローセルは俺の着地に合わせて、手の付いていない腕で器用に魔法を放つ。氷で出来た槍が矢のように無数に飛んで来る、しかし全て障壁で弾く。


「偉そうな割に大した事ねぇな、これならシーブルの方がお前よりよっぽど強いよ」


「はっ? 何言ってんだ。私より弱っちいからあそこで転がってんだろうが!」


「わからねぇなら、もう黙ってろよ。お前」


 頭の中がどんどん冷たくなってくる、だんだん理性が飲み込まれていく。





 ――殺す殺す殺す――コロスコロスコロス――コロセコロセコロセ――





 抑えていた殺意に支配される。こいつを殺す、どうコロス? 手足を全部斬り落として、身動き取れないようにして、目玉をくり抜いて、最後に首をはねて……。


「ちっ、クソがぁ。生意気なんだよぉ! 私を見下すような目をしやがって――」


「――『』じゃねぇ、見下してんだ」





「――――」





 俺は一瞬でローセルの懐に入り、右腕の第二関節に狙いを定め刃を入れる。血が噴き出し顔に返り血を浴びる。右手に持っていた氷の剣は、切断されたローセルの腕とともに宙に舞う。ローセルは俺の動きに全く反応出来ていなかった。


 頭の中が冷え切っている、動きが見える。どう戦えばいいかわかる、感情が薄れていく。相手を殺す事しか考えなくなってしまう。意識を保てと、自分に言い聞かし、何とかギリギリの所で理性を保っていた。





「『力がないと何も守れない』だったな? 俺もそう思う……さぁ全力で守ってみろよ」





 俺はローセルの剣を奪い取り、身体を回転させて奪った剣で右足を切断した。両足を斬り落とそうと思ったが、ローセルの剣じゃリーチが足りなかった。


「ぐわぁあああああ!! 私の腕が、足がぁあああ!! クソ野郎がぁあああ!」


 ローセルが怒りに任せて叫び狂う様子を見ながらリリアは呟く。




「そんな……公爵相手に、こんな一方的な戦いが出来るなんて。超加速スーパーアクセルも使ってないのにすごい移動速度、身体能力の上昇率が尋常じんじょうじゃない。こんな戦い方……まるで人間じゃないみたい」




「どうだ、強者に食われる弱者の気分は? 次はてめーの命だ、守り切れんのかよ」





 ――殺してやる、もっと叫べ、命乞いをしろ、絶望しろ――





 左足以外全ての手足を失なったローセルは翼を広げて空中に飛び逃げる。

 俺はローセルを追いかけて飛び上がった。


「くそがぁ! よくも私の手足をぉおおおお!! てめーぶっ殺してやる!」


 氷結魔法【水晶クリスタル魔光槍トライデント


 ローセルは口から閃光のように氷の槍を吐き出した。しかしそれは俺に向けてではなく、キュイールに向けられたものだった。





「――――」





 身体が勝手に動く、キュイールをかばった俺の肩を氷の槍は貫き、そのまま後ろの壁にはりつけにされた。


 よかった、まだ何とか人間の心を持ってたみたいだ。完全に飲み込まれていたら、キュイールの事はお構いなしだったかも知れない。


「ユウシさん!!」


 キュイールが叫ぶ。


「くそ……油断しちまった」


 磔にされた俺を見てローセルは狂ったように笑う。




「キャーハハハハ!! 思った通りだ! いーい眺めだな、死ぬのはてめーなん――」





「――私達の事忘れてない?」





 ローセルの背後から突き刺したリリアの剣が、腹から突き出し血で染まっている。




「リリア・メイデクスゥゥゥゥゥ!!!」




 目が血走ったローセルがリリアの名前を叫ぶ。




「シーブル!」





深淵しんえんより生まれしあかたけ灼熱しゃくねつ殺戮さつりく修羅しゅらを覆いし漆黒しっこくをも呑み込むあかつき豪炎ごうえんよ。血の誓約せいやくに従い我に力を与え顕現けんげんせよ、森羅万象しんらばんしょうことわりを打ち砕き、全知全能ぜんちぜんのうたる力をしめし焼き尽くせ」





 満身創痍まんしんそういで立ち上がり魔法を詠唱するシーブルに、ローセルは驚愕する。





「ま、まさか――その詠唱術式は……仲間も全員殺す気かよぉ!!」





 シーブルの両手から炎の竜巻が発生し、炎は轟音ごうおんを放ちその激しさを増していく。


「そ、そんな訳ないでしょ。ブ、ブリーズお祖母様に教わった魔法の改良版かいりょうばんよ……死ねローセル!」


 リリアはローセルから剣を引き抜き退避する。





 詠唱魔法・神炎術式しんえんじゅつしき閃熱炎放射コロナ・テンペスト





 シーブルが両手を突き出すと炎が光線のように射出されまっすぐローセルを撃ち抜くと、ローセルの身体を中心に炎の球体が形成される。

 炎の球体の下側に魔法陣が現れ球体を包み込んだ、やがて魔法陣は光のまくとなり、排出される熱気が抑えていく。


「はぁ、はぁ、き、球体を光の膜で覆ってしまえば、辺り一面焼き尽くす事はないのよ。中の温度は、三千度にも達するわ……これで終わりよ」





「ぐぁぁぁぁぁぁ!! 人間共がぁぁ!」




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