第13話 裏切りと苛立ち

「シーブル……お前はそいつの仲間なのか?」


 シーブルは俺の言葉を聞いて、また鼻で笑った。


「――まさか」


 氷結魔法【氷結刃斬クリスタルエッジ


 シーブルは振り向いて、何の躊躇ちゅうちょもなく氷の刃でバラクにとどめを刺した。

 口から血を吐き出し、顔を歪ませてシーブルの目を睨みつける。


「てめーシーブル、く……このグズが」


 シーブルはバラクが息を引き取る様を、無表情でただ眺めている。まるで虫が死ぬのを見るような目で、ただ見つめていた。


 俺はシーブルの行動を見てニヤリと笑った。


「何だ、やっぱりお前もバカじゃねぇか」


「あんたよりましよ」


 するとリリアとキュイールが駆け寄ってきた。


「ユウシ……あなた本当にめちゃくちゃね。まさかこんなに早くカタをつけるなんて思わなかったわ」


 リリアは素直に感心しているが、キュイールは顔が引きつっている。龍神の加護を使って俺が戦う所を初めて見たからだろう。これで少しは敬意を払ってくれれば――突然痛みが走った。

 俺は加護の反動で身体中が痛むのを我慢して、気取けどられないように平静を装う。


「ま、まぐれに決まってる。悪魔をあんなあっさり……絶対まぐれだ」


 キュイールはブツブツと文句を言って、現実を受け入れようとしない。しかし今はキュイールに構ってる場合じゃなかった。


「本気でローセルをやるつもりなのね。でもあいつはそんなに甘くないわよ……バラクとは次元が違う」


 シーブルは険しい表情をする。しかし俺はシーブルの心配をよそに鼻で笑ってやった。


「相手がどうとか関係ねぇよ? 俺はそのローセルってヤツが気に入らねぇ、相手が誰であろうがぶっ倒す。それだけだ」


 身体の痛みに耐えているのがばれたのか、それともただの強がりに捉えられたのか、シーブルはため息をついた。リリアはシーブルの様子を見て、コホンと一つ咳をした。


「ユ、ユウシの言ってる事はともかく、そういう訳だからシーブルも力を貸してくれないかな? とりあえず、ローセルの居場所を教えてくれるだけでいいから。後の事は任せて」


 シーブルは目を閉じて少しの間考えてから、目を開きまたため息をついた。

 俺のいた世界じゃため息を吐くと幸せが逃げるんだぜ? と言ってやりたかったが、余計な事を言う余裕はなかった。


「わかったわ、居場所は教える。地図を貸して、印を付けてあげるから」


 キュイールは地図を出して、シーブルに渡した。


「この印の所に古い城があるわ、そこがローセルの根城。ここからだと急げば明日の朝には着く距離よ」


 キュイールはシーブルの顔色を伺いながら口を開く。


「もしよかったら、このまま私達を案内――」


「――いいや、キュイールこれで充分だ」


 俺はキュイールの提案を却下してシーブルから地図を受け取った。

 気持ちはわからないでもないが、リスクが高い。今表立って裏切るよりも、ローセルの信頼がある現状の方が何かと動きやすい。それに俺達が失敗しても、シーブルは言い逃れ出来る。


「お前は今日ここで俺達に会ってない、バラクは俺がやった、お前は何も知らない。いいな? 城に戻ってローセルの手下のフリしてろ。お前にはお前の戦いがあるんだろ?」


 シーブルは顔を伏せて歯を食いしばる。そして顔を上げ真っ直ぐ俺の目を見つめた。

 この時シーブルが何を思っていたのか、俺はよくわからなかった。悔しいとか嬉しいとか、そういう感情が入り混じっているような……そんな表情をしていた。


「気を付けて、城の中にはバラクよりもずっと手強いローセルの部下もいるから」


 そう言い残し、シーブルは飛んで行った。


「ユウシ、あなためちゃくちゃな人だけど……意外と優しいのね。シーブルを守る為なんでしょ?」


「ちっ……」


 俺はリリアに見透かされたような気がして、思わず舌打ちをした。キュイールはリリアの言っている事がわからず、首を傾げている。


 最低とか冷たいとかは言われ慣れてるが、優しいなんて言われた事はあんまりない。言われた時は決まって機嫌が悪くなる。悪い癖だ、自分の中に踏み込まれてるような気がして、つい壁を作ってしまう。


「さて、問題はどうやって城の中に入るかよね……」


 リリアが頭をひねって考えている。


「行きゃあ何とかなるだろ? それに俺は優しくなんかねぇよ」


 骨が軋む痛みに耐えながら言い放った。


 俺達は地図の印を頼りに、ローセルがいる古城に向かった。


 ――――――――――――――――――――――――――――――――――――


 森の中の川沿いに進む、水が澄んでてミネラルウォーターとして売ってもいいくらいの名水だ。

 歩きながらキュイールが首を傾げながら、リリアに質問をする。


「リリア様、私はやっぱりわからないんですけど……この男がどうして優しいんですか? あの場で氷の魔女を仲間にしてやった方がいいんじゃないですか?」


「それはそうかも知れないけど……ユウシはシーブルの今までの戦いを、無駄にしたくなかったのよ。それに今シーブルがこちら側についても動きづらくなるし、万が一私達が負けたら――」


 俺はリリアとキュイールの会話を聞いていて、思わず腹が立った。


「おい、リリア。てめーの物差しで、勝手に俺をわかったような気になってんじゃねぇ! それに俺は負けるなんてこれっぽっちも思っちゃいねぇよ!」




 ――これだ、自分でも嫌になる。誰かと心の部分が近くなると、つい突き放すような事を口走る。ただの臆病者だ、大切なものが出来るのが怖い。いつか裏切られて失うのが怖い。恋人がいた事もあったが、いつもだけだった、相手も同じだ。


 だから純粋なリリアの事が怖かった、これ以上惹かれたくなかった。




 俺が怒鳴ると、リリアは首をすくめた。すると案の定キュイールが食ってかかる。


「おい! リリア様に向かって何だその――」


「――リリアにだけのてめーに言われたくねぇんだよ」


 キュイールは顔を伏せて、黙り込んだ。つい、こいつが一番気にしている事を言ってしまった。リリアはキュイールの肩に優しく手を置いた。

 俺はその光景を見て自己嫌悪する。


「悪い……言い過ぎた」


「いえ……私も余計な事を言ったみたいで、ごめんなさい」


 リリアは作り笑いをして、その場を取り繕った。


 俺が怒鳴ったせいで気まずい雰囲気になり、しばらく口を利かなくなってしまった。


 キュイールは正直よくやっている。戦闘でこそ役には立たないが、それ以外の事は全て任せきりだ。リリアの為にこいつなりに必死なのも伝わってくる。


 元々俺はこいつらを利用しようと思っただけだ。俺は俺の目的、つまり金だ。仕事が終わったら、こんな世界とはさっさとおさらばする。


 こいつらとはそれまでの付き合いだ……だから馴れあう必要はない。そう自分に言い聞かせる。


 俺は自分の気持ちがこれ以上ブレないよう、この世界に来るきっかけになった時の事を思い出していた。

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