第28話 少年8
マルクトはユウキを引き連れて、エリスに先程連絡したとおり、『Gemini』の店の前に来ていた。
マルクトが中に入ると、エリスとエリナの母親でもあり、『Gemini』の店長でもあるエリカが招き入れてくれた。
「いらっしゃい先生。お待ちしてましたよ」
「すいません、無理言って貸し切りにしてもらっちゃって」
「いえ、先生ならいつでも大歓迎ですよ。エリスとエリナも、もう少ししたら、降りてくると思いますよ」
エリカがそう言うと奥の扉が開いて、店の制服に身を包んだ、エリスとエリナがやってきた。
「先生こんばんは。今日は一人なんですか?」
エリナが、こちらを伺うように聞いてきた。
「あれ? あいつ何処行った?」
マルクトはエリスの言葉でユウキの存在が見当たらないことに気付いて、外の扉を開けて、ユウキを探す。
「なにやってんの?」
ユウキは落ち着かない様子で、店の外に立っていた。
マルクトの問いにユウキはやや上ずった声で、
「だってここエリスさんとエリナさんが働いているお店ですよね?」
「そうだな。それがどうかしたのか?」
「いや、だって……その、……恥ずかしいですし。」
ああ、そういうことね。
俺は似合っていると思うし、別に恥ずかしがる必要もないと思うんだけどね。
「大丈夫だ。あの二人はお前をいじめていたやつとは違う。きっとお前とだって仲良くなれるさ。ほら、二人を待たせてるんだ。早くいくぞ!」
マルクトはユウキの手を引いて、やや強引にユウキを店の中に引きずりこんだ。
二人が中に入ると、エリスがマルクトの隣にいる人物を見て顔に手を当て、叫んだ。
「先生が夜にボロボロの女の子を連れ込んできたー!!」
「……マルクト先生、私はこれでもね、あなたのことを信頼して、娘たちを預けているんですよ? それなのに、そんなボロボロの女の子を連れ歩くなんて、なに考えているんですか?」
エリスとエリカの発言に、身の危険を感じたマルクトは、
「いや、あの、ちょっと? 少しは俺の意見を聞いてはもらえないでしょうか? それに、別にやましいことは誓って何もしていませんよ」
「先生って最低な人だったんですね。見損ないました」
「エリナ!?」
マルクトはエリナの心外な発言に驚くが、それどころではなかった。
「マルクト先生、少し外でお話があります。
エリス、エリナ、その子に何か食べさせてあげてちょうだい。母さんは先生と重要な話をしてくるから」
エリカはそう言うと、マルクトの襟首を掴んで、外に引きずっていった。
ユウキは結局、マルクト先生が連れていかれたことに驚いて、声すら発することも出来なかった。
そんな様子のユウキにエリナが心配そうに話しかけてくる。
「大丈夫ですか? 見たところ、同じくらいの年ですよね? 他のクラスの生徒さんでしょうか? 私はエリナって言いますこちらが姉のエリスです」
初対面だと思ったのか、エリナはユウキに自己紹介をしてきた。
自分の正体がばれていないのだと分かり、ユウキは少し落ち着いてきた。
そしたら、先程の四人のやり取りがおかしく思えて、つい笑ってしまった。
エリナにはなぜ目の前の女子が急に笑いはじめたのかが理解出来なかった。
しかし、その笑っている声を聞いて、
「! もしかしてユウキ君ですか?」
エリナのその発言に、エリスとユウキは驚いた。
なぜ急に正体がばれたのかユウキにはわからなかった。
確かに、顔はあまりいじってないし、服を着替えた程度だ。
だが、目の前の女性の格好をした人を、同級生の男の子だとは普通思わないだろう。
ましてや、ユウキは彼女達とは、あまり話したことがない。
彼女たち双子姉妹は自分のような落ちこぼれとは違って、魔法の才能もあるし、見た目も魅力的な女子だ。
てっきり自分なんか名前すら覚えられていないとユウキは思っていたのだ。
「あー、確かによく見てみるとユウキ君だね。パッと見、女の子にしか見えなかったよ」
エリスも言われてから彼がユウキであることに気がついたようだった。
その反応に、ユウキは不安な気持ちで胸がいっぱいになった。
きっとこの二人に男の自分が女性の服を着ていることを馬鹿にされると思っていたし、蔑まれるとも思っていたのだが、
「よく見るとすごく似合ってるじゃん。先生が言ってたとおりだったね」
「そうですね。ところでなぜそのような可愛らしい格好をしているのですか?」
「……なんで?」
ユウキは二人の発言に少し驚き、一つの疑問を呟いた。
「なんでとは?」
双子姉妹はユウキの発言の意味がよくわかっていないようだった。
ここから先の言葉は自虐の言葉だと自分でもわかっていた。
それでも、ユウキは、自分の中で抱いた疑問を解消したかった。
なぜ先生も、この双子姉妹も、自分を笑わないのか?
その答えが知りたかった。
「なんで、僕の正体がわかったのに、そんな風に普通に接してくれるのさ? 僕は、男で、だから、こんな格好しているせいで、学校の皆から笑われていたのに!!」
そういう意図により、ユウキの発言は強い口調になっていた。
その発言にエリナの目が鋭くなった。
「学校の皆とは誰ですか?」
「え?」
エリナは真剣な眼差しでユウキの顔を見つめる。
「学校の皆とは誰のことを言っているのですか? 私は少なくとも、あなたの格好はとても似合っていると思っていますし、変だとは思っていません。貴方を笑ったのは、おそらく中学時代、退学なされた方達なのでしょう。それに、貴方の何を見て笑う要素があるのか、私には、不思議でなりません。しかし、クラスの数名程度の考えが否定というだけで、学校全体の反応を、貴方が勝手に決めないでいただけますか」
ユウキは何も言い返せなかった。
エリナの口調は先程の優しく接してくれるようなものではなく、今の言葉には、丁寧ではあるが、得も言われぬ迫力があった。
エリナは、ユウキが圧倒されて反論しないのを見て更に続けた。
「確かに、あれだけの人数がいるのですから、他にも貴方のことを変だと言う者はいるでしょう。しかし、私たち姉妹のように貴方のことを受け入れてくれる者も決して少なくはないでしょう。それでも、未だに私の言うことが信用出来ないと言うのなら、これからは私たちと共に、遊んだり、学んだりする、というのはいかがですか? 少なくとも、私の友人に、偏見だけで、貴方の趣味を馬鹿にする者はいませんよ」
その言葉は、ユウキにとって、驚きの言葉だった。
自分のような人間を受け入れてくれると彼女はそう言ってくれたように感じられた。
エリスさんもエリナさんもマルクト先生と同じで自分の趣味を変ではないと言ってくれた。
それは、ユウキにとって一生言ってもらえないと思っていた言葉。
もっと早く、この人達に会っていたら、僕はこんなことをしなくてすんだのだろうか。
それはユウキの行ったとりかえしのつかない過ち。
それはユウキを受け入れてくれた者を裏切る行為。
罪悪感に苛まれたユウキは目から雫をこぼす。
ユウキは自分の涙をぬぐいながら、ごめんと何度も何度も謝るのだった。
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