第26話 少年6
時はユウキがマルクトの元から逃げ出したあとにさかのぼる。
マルクトはユウキの様子が、自分の女装がばれたことよりも、何かに怯えているような、そんな風に感じられた。
明日にしようとは思っていたけど、今やらないと手遅れになる気がして、すぐに彼を追いかけようと考え、すぐに行動に移した。
まずは、探索魔法でユウキの居場所を探し、彼の居場所を突き止めた。探索魔法によると北の数百メートル先を移動しているらしく、すぐに向かった。
ようやく、ユウキを見つけだして声をかけようとすると、ユウキのそばにいた男が急にユウキを蹴り始めたではないか。
急ぎ、ユウキの元に向かい、ユウキを蹴っている奴はなんか蹴らないと気がすまないので蹴った。
「すまない、遅れた。あとは任せて、俺の後ろに下がっていろ。事情は後でゆっくりと聞いてやるから」
マルクトはユウキを目の前にいる連中から庇うように立った。
そんなマルクトの背中はとても広く感じられて、ユウキは安心できた。
しかし、ユウキは自分のしようとしていたことを振り返って、自分は守ってもらう資格なんてないと感じた。
「いいんですよ、先生。先生もどうせ僕のこと醜いって思っているんでしょ。僕は先生を騙して利用しようとしていました。だから僕には、先生に守られる資格なんてないんですよ。僕には、こんな女装趣味の変態には、生きる価値なんて」
マルクトはユウキの言葉になんて声をかけるべきか迷った。
彼に慰めの言葉をかけるには、自分はまだ、彼の過去を何も知らない。そんな俺の言葉は彼にとって何の意味もないだろう。
そしてマルクトはふと、昨日のことを思い出した。
「そうだな~。ユウキには今度の魔導フェスタで何かおごってやろう」
「えっ?」
唐突にそんなことを言い出す目の前の先生に、ユウキはきょとんとする。
「何がいい? 焼きそばとかりんご飴とか、何でもいいぞ。そういえば、りんご飴っておいしいよな。」
「え?……なにいってるんですか?」
「いや、昨日の夜さ、エリスとエリナと約束したんだよ。俺がおごりたくなるぐらい、かわいい格好してきた奴には、なんかおごってやるってな。だから、自慢していいぞ。お前のかわいさは俺が認めた。俺はお前を醜いとは微塵も思わない。誰がなんと言おうと、それは変わらない。だから、お前はお前を貫けばいいのさ」
マルクトは、ユウキのほうに向き直り、腕を広げ、大声で宣言した。
人通りのない裏路地にその言葉はよく響いた。
ユウキはその言葉に感銘を受けた。
絶対に他人には認めてもらえないと思っていたこの趣味をこの先生はかわいいと言ってくれた。
はじめて人に自分の趣味を認めてもらえた。
自分の存在を醜いと言わず、逆にかわいいとまで言ってくれた。
嬉しかった。ただそれだけで、心の底から何かが沸き上がってきて、目から涙が止まらない。
「それに生徒を守るのは教師としての義務だ。だから、俺はお前を見捨てない。それが例え敵にまわっても、絶望的な状況になったとしても変わらない。それが俺の教師としての信念だ」
そう言ったマルクトは、ユウキを踏みつけ嘲笑った連中に向かって
「さて来いよ。ユウキをいじめた罰はしっかり受けてもらうぜ。お前らはユウキを醜いと罵ったが、俺に言わせればお前らの方がよっぽど醜いぜ」
ユウキを踏みつけていた男が壁に手をついて立ち上がった。
彼は自分を蹴り飛ばしてくれたマルクトに向かって
「あんた分かっているのか? 俺はこの国のサテラス家の長男だぞ。そんな俺を蹴った挙げ句、醜いだって? 決定! お前は死刑決定なんだよ!!」
サテラス家の長男だと名乗る男は、マルクト相手に捲し立てる。
だが、
「分かってないのは、お前らのほうだ。お前らの醜い行動によってお前らの家は、相当な痛手を負うだろうな。下手したら貴族の称号剥奪もあり得るな。」
「……なにいってんだおまえ?」
「分かってないようなら、言っておくが、俺の立場はお前のような貴族のボンボンなんかよりもっと上なんだよ。それこそ、お前みたいな小汚ないガキが口を聞けるような立場じゃない。
別にお前らが俺の正体を知らないなら、それでもいいし、なにをしようが勝手にしろとは思うが、お前らが俺のかわいい生徒に手を出したなら話は別だ。お前らは俺の怒りを買った。その時点でお前らの人生終了なんだよ」
「ハハハ。何を言い出すかと思えば、適当に並べた言葉で俺を脅すのか? お前みたいな教師が俺の父上の立場を奪う? あり得ないね。てめぇらやっちまいな」
その言葉に疑問を抱きながらも、マルクトの言葉を一笑に伏し、目の前に立つ自分を罵倒してくれた男を殺せと仲間に命令した。
貴族のボンボンの合図によって、他の男たちはマルクトに向け業火の魔法を放った。
業火の魔法は威力の高い大型の魔法。
9名の連携によって、一人の時よりも威力は高く、発動までの時間も短縮されており、いくらマルクトといえども避けれなかった。
いや、ユウキを守るためにあえて、避けなかった。
男たちが放った魔法はマルクトに直撃し、発動した業火の魔法はマルクトを燃やし尽くそうとした。
ユウキはマルクトによってかけられた結界の中におり、何も出来ない。
目の前で業火に燃えるマルクトの姿を見て、ユウキはもう駄目だと思った。
しかし、
「業火の魔法なんて初めてうけたんだが、案外涼しい魔法なんだな。ユウキは大丈夫か?」
炎が消え、そこに立っていたのは、無傷のマルクトだった。
ユウキもマルクトの発動させた結界の魔法で無傷ではあったのだが、ユウキは目の前で起きたことが信じられなかった。
(先生は僕を守るために結界魔法を使用したあと、何故か魔法を使用してなかった。それなのに、無傷なんて)
「なかなか面白い攻撃だったな。正直、ユウキを守るので手一杯だったから、結界で自分守れなかったわ」
そう言ってマルクトはへらへらしていた。
「……化け物かよ、こいつ?」
業火の魔法を使った連中の一人が自分の魔法を無傷で受けきった男を見て呟いた。
そう思うのも当然といえた。
いくら、中等部を卒業出来なかったとはいえ、彼らもそれなりの魔法が使えるし、大型魔法だって、数人で協力して使えば、一人でやるよりも、威力の高いものも扱えた。
ほぼ確実に死ぬか、良くて全身火傷になるはずの魔法なのに、この目の前の男は、結界を後ろの生徒に使い、自分は何もせずに受けた。
それなのに無傷、それを化け物と言わずなんと言えばいいのだろうか?
マルクトは目の前の、自分のことを化け物と言った男を一瞥すると、
「いや、普通の人間だよ。君たちのように自分より下の人間必死に探して、貶して、陥れるような悲しい人間とは違うけどね」
そう言ってマルクトは男たちの顔に向かって水玉の魔法を放った。
一切の魔法発動の兆候すら見せずに放たれた魔法は、対象の敵に対して避けることすら許さず、対象者全員を水の中に沈めた。
この魔法は捕縛用の魔法で対象の者を水で出来た玉の中に入れて窒息させることができる。
いつ解除するかは、術者の気分次第で、当然抵抗できるにはできるのだが、マルクトの技術に中等部を卒業すらできなかった連中が抵抗できるはずもなかった。
結局、もがき苦しんでいた連中は全員、窒息して気絶したところでマルクトに解放されたのだった。
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