第2章 入学編

第15話 入学1

 今日から学校に行けることが嬉しくて、今日はいつもと違う髪型にしてほしいと、ベルは、自分の側近でもあり、自分の数少ない理解者でもあるカトレアに頼んでいた。

 

「これでいかがでしょうか?」


 カトレアが自信満々の表情でベルに確認する。

 ベルはまじまじと鏡を見た。

 胸元に六芒星のエンブレムがついた魔導学園エスカトーレの白い制服に身を包み、カトレアに手入れしてもらった新しい髪型のベルがそこには映っていた。

 新しいベルの髪型は、胸元まで伸ばした横髪をくるくる巻きにして、肩の前に出したもので、幼い彼女にはよく似合っていた。


 ベルは、嬉しそうに鏡の前で何度もポーズをとり、


「ありがとうカトレア」


 ベルは満足した様子で、カトレアに礼を述べた。


 この日のために髪型を変えたベルの目的は一つ。

 マルクトに自分だけ子ども扱いされるのが我慢ならない。

 だから今年新しくできたお兄ちゃんに他の皆と同じく大人のように扱って欲しかったのである。

(今日こそお兄ちゃんに大人っぽいって思ってもらわないと)

 ベルは、カトレアにお礼をいうと、マルクトの部屋に向かうため、部屋から飛び出して行った。


 そんな様子のベルを見てカトレアは思っていた。


(あんなに学校に通うのを楽しみにしていらっしゃったとは、マルクト様には感謝してもしきれませんね)


 しかし、カトレアはこうも思う。

 自分の主の正体がばれたときの周りの対応はおそらく、ばれる前とは一線を画すものになるだろう。そうなった時、主を心の底から支えられるのは自分をおいて他にいないだろう。

 確かに、マルクトの強さを身をもって知っている自分としては、マルクトが死ぬなんてことは、まったく考えられない。

 だが、いずれ、マルクトには伝えなくてはならないだろう。

 先代魔王様が何故この世界に来たのかを。

 だが、今はまだ時期ではないとも考えている。

 いくら、マルクトが強いとはいえ、一人ではどうしようもないのだから。


 

 ベルはマルクトの部屋の前に立つと、ノックをせずに部屋に入った。

 部屋に入るとマルクトは昨日の夜と同じように、部屋の机に突っ伏したまんまの体勢で寝ていた。

 

 昨夜のマルクトは結局寝かせてもらえず、クリストファーにやっと一時間程度寝ていいと許可されたのであった。

 ちなみにまだ十五分も寝てなかったりする。

 とりあえずベルはマルクトが寝ていては、自分の姿を見てもらえないと思い、大声でマルクトを呼ぶ。


「起きてー!!」


 マルクトはなぜか微動だにしない。

 ベルはうまくいかないので歯噛みしていると昨日の出来事を思い出した。

 昨日の夜はああすればおきたではないか。

 ベルは机の横においてあった椅子を、寝ているマルクトの横まで運び椅子を置いて、椅子に座ってマルクトの耳元まで寄って、


「朝だよ。お兄ちゃん起きて」

 

 結果は、その甘い言葉で、意識が覚醒したマルクトはおもいっきり顔をあげる。

 すると、マルクトに寄っていたベルのおでこに頭突きがクリティカルヒットした。

 

「もう朝か!!」


「イダッ!?」


 頭に硬い感触を感じた直後、悲鳴が聞こえたため、マルクトは横を見ると、ベルが椅子の上で頭をおさえてうずくまっていた。

 マルクトはおそるおそる、


「すまんベル。……大丈夫か?」


「大丈夫じゃないもん。いたかったもん。うわーん」


 ベルは大声でまくしたて、泣いてしまう。

 マルクトがどうすればいいのか迷っていると、ベルの髪型がいつもと違うことに気付いた。

 

「あれ? ベル、髪型変えたのか? 似合っているな。かわいいぞ」

 

 とりあえず話をそらさなくては、ベルの泣き声で、皆が来てしまう。

 そんな考えに至ったマルクトはベルの頭を撫でて機嫌を直そうと試みる。


「……ほんと?」


 ベルは涙目で見上げながら、マルクトに問う。


「ああ。リボンとかよく似合っているな」


「えへへ」


 ベルは、マルクトに髪型をほめられたうえ、頭を撫でられたことにより、すぐに機嫌がなおった。

 マルクトはなんとかベルを泣き止ませることに成功した。


 マルクトが朝からベルに頭突きをしてしまう事件を起こしていたが、逆におかげで、眠気が完全に吹き飛んでいた。

 マルクトは、ベルと一緒に朝食にむかい、そこでクリスが作ってくれた朝食を食べる。

 そこにメグミとクレフィも合流した。三人とも魔導学園エスカトーレの白い制服に身を包んでいる。

 ちなみに、マルクトは白い襟付きのシャツに青いネクタイをつけ、下は黒いズボンにベルトをしている。そしてその上に前を開いた状態で白衣を着ていた。

 四人で朝食を食べていると、


「あれ? ベルちゃんおでこ赤くないですか?」


 とメグミがベルのうっすらと赤くなっていたおでこに気付いた。

 そういえば、傷治すの忘れてたな。


「…お兄ちゃんに頭突きされたの」


 ベルの言葉により、メグミとカトレアの視線が、マルクトに突き刺さる。 

 

「どういうことでしょうか? 旦那様」


 カトレアが顔を傾けて聞いてくる。

 カトレアさん目が怖いです。

 マルクトはカトレアから顔をそむけながら、


「一応言い訳するが、決してわざとじゃないぞ」


「わざとでなければ頭突きしても良いと?」


「いえ。すいません」


 マルクトは彼女の目の圧力に屈してしまった。


 マルクトはとりあえずベルのおでこに手を当てた。

 すると、ベルのおでこは赤みが徐々にひいていき、いつもの可愛い彼女のおでこに戻った。

 しかし、ベルのおでこの痛みはひいたが、カトレアの怒りはひかなかった。



 

 入学初日だというのに、カトレアに晩飯抜きを言い渡されて気分が落ち込んでいるマルクトと、そんなマルクトに少し同情するメグミ、そして今朝のことなど、もう全く気にしていないベルの三人は学校に到着した。


 学校の中心にでかでかと建っている丸い屋根のついた建造物。

 その建造物を囲むように建っている学部棟。

 正門からでも見える建造物の奥にある時計台。

 今日のこの日を楽しみにしていた二人は、気分が高揚してくる。

 そんな二人の様子を見て、

(入学させて良かったかもな)

 とマルクトは感じるのであった。


 そして、三人は魔導学園エスカトーレの敷地に踏み入った。


 この時のマルクトとベルの二人は知らなかった。

 彼らがこの学園に入ったことにより、この学園に脅威が招かれることを。

 そして、その災禍に巻き込まれることを。

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