第13話 魔導王国マゼンタ4
では、魔力感知(初歩)で自分の魔力を知ってもらった訳なので、魔導書を読んでもらうことにした。
いきなり難しいものは無理だろうが、魔導学園エスカトーレの教科書なら、魔法の解説もついていたりして、初心者にはちょうどいいだろうと思って、はじめようとしたが失敗した。
ベルもメグミもどうやら文字の読み書きを習っていないらしく、魔導書が読めなかった。
よくよく考えてみれば、ベルは五歳、そもそも人間の子どもですら、まだ文字を学ぶ時期じゃないのだ。
魔族の彼女が文字の読み書きを習っていないのは当然といえる。
メグミにいたっては、母親の農作業の手伝いをしていたため、勉強をする必要がなかったらしいとのこと。
しかし、さすがに魔法を使うのに文字の読み書きが出来ないのは辛い。というか不可能である。
さすがの俺でも、彼女たちに一から文字を教える時間なんてない。
今は、なんとか時間がとれているが、俺は基本的には、仕事で忙しいからな。
どうすればいいのか考えていると、庭の掃除をするために、クレフィが出てきた。
彼女はクリストファーの娘で、うちのメイドをしてもらっている。
そして、現在十八歳の魔導学園エスカトーレの三年生でもある。
灰色の髪と緑の目が特徴的でシルバーフレームの眼鏡をかけた見目麗しき少女、性格は穏和で誰にでも分け隔てなく接する真面目な子だ。
彼女は魔法の才能も薄紫と非常に高く、座学の成績もいい。
そんなクレフィは、俺たちの姿を見ると、俺たちに一礼して掃き掃除を始めた。
「クレフィご苦労様。悪いけど一つ頼み事をしてもいいか?」
「頼み事ですか?」
「ああ、そうだ。ちょっと、ベルとメグミに文字を教えてあげてくれないか?」
「私がですか?」
「まあな。せっかくなら学生であるクレフィが適任だと思ったんだよ。忙しいなら他の奴に頼んでみるけど?」
「旦那様がそうおっしゃるなら、私にお任せください。いつ頃教えればよろしいのでしょうか?」
適任と言ったとたんに、クレフィの目は輝き、やる気に満ち溢れていた。
マルクトはそんなやる気満々の彼女にお願いすることにした。
「昼間はメグミも仕事があるから、今日の夜から毎晩教えてやってくれ」
「承知いたしました」
「それから二人は四月から魔導学園エスカトーレに通わせるから、二人ともそれまでには文字を完璧に読めるようにしておくんだぞ」
「えっ?」
これにはメグミも驚いた。
なにしろ何も聞いていなかったからだ。
それに、
「無理ですよマルクトさん。私、魔法の才能は少しはありましたがお金を全く持ってません。だから学校なんて行けませんよ」
「薄い赤で魔法の才能が少しな訳ないだろ。なにしろ世界の人口のほとんどが黄と白だぞ。だから薄い赤なら充分すごい才能だ。それに金のことなら、心配するな。将来有望な少女に投資する程度の資金は俺にとっては必要経費だ。だいたいクレフィの学費だって俺が払ってるんだ。今更二人分増えたところで問題はないさ」
「旦那様には感謝してもしきれません」
「いいって、いいって、気にすんな」
クレフィが一礼して、マルクトに対して感謝の言葉を述べてくれた。
彼女にはここで働いてもらっているし、そこまでのことはしてないと思うんだが。
「とりあえず二人ともしっかり学べよ。学費に関しては、俺が出すから気にしなくていい。とりあえず、学園で基礎を学んでから俺が魔法を本格的に教えよう。というわけで今日はここまでだ」
「「ありがとうございました」」
二人が家の中に戻ったあと、クレフィにもう一仕事頼んでから、俺も部屋に戻った。
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数日後、俺は魔導学園エスカトーレの現学園長と会っていた。
クレフィに頼んだもうひとつの仕事。
それは、学園長との面会をとりついでもらうことだった。
見た目が四十代にしか見えないこの学園長は御年百歳というじいさんだった。
いやそんなことよりもこのじいさん本当に魔法使いなのか?
魔法を使っている姿よりも大剣振るっている方がしっくりくる見た目してるぞ。
腕力だけで人体を捻れそうな丸太のような太い腕に、ラフな格好のせいで服越しにわかる鍛えぬかれた腹筋、そして彫りの深い顔に髭を生やしているせいで、まさにワイルドな男が演出されている。
とても魔法学園の学園長とは思えない男だ。
そりゃ見た目で判断するなとかよく言われるけど、これは駄目だろう。絶対わかる訳ないわ。
百歳にはとても見えませんねって俺が聞いたら、なんでも年をとる時間を遅くする魔法を自分にかけているせいで若く見えるのだとかなんとか。
いやそこじゃないんだよ。確かにそこも気になったけど、そっちよりも俺はそのムキムキな体の方が気になってるんだよ。
あっでも俺ももう少し年とったらその魔法かけようかな。
そして更に話を聞いていると驚いたことに、目の前で緑茶を飲んでいるワイルドじいさんの正体、この学園長は世界でも現在六人しかいない賢者の一人で、『六賢老』という組織の序列三位と自ら名乗ったのだった。
『六賢老』という組織はその名の通り六人の賢者が中心になって作った組織で、魔法の尊さを世界に広めるという目的のもと、魔法使いを育てている。
賢者というものはそもそも濃紫以上で知識の豊富な者という条件のもと、そう呼ばれている。
この組織には俺も一応誘われたが、年寄りの集まりにわざわざ参加したいと思っていないので辞退した。
『六賢老』のトップでもある六人の賢者の正体はあまり知られておらず、組織内でも一部の者のみが知っているのだとか、だから俺も目の前の学園長が六賢老と聞いて少し驚いた。
いや少しどころではないな。少しの間何も頭に入って来なくなるくらいには驚いたな。
そういえば、クレフィに聞いた話によると、このじいさんは知略や謀略を駆使するタイプらしい。
最初聞いた時は「なるほどな」と思ったけど、このじいさんの姿見たら絶対あり得ないって誰だって思うわ!!
こんな見た目の奴がパーティーメンバーにいたら絶対真っ先に突っ込んでいくだろ。だってこういう見た目の奴って短気で直情的なバカばっかりだろ?
どこをどう見たら、こんな奴が裏で糸をひくような奴に見えるんだ?
むしろ操られる側だろ?
「それで、魔法開発研究所の主任がわざわざ私に何のご用でしょうか?」
湯飲みをテーブルの上に置いた学園長にそう聞かれたマルクトは、現実に引き戻される。
「今日は魔法開発研究所の人間としてではなく、あくまで俺個人の頼み事をしたくてきました」
「あなた個人の場合もっととんでもない肩書きがつくではありませんか。ねぇ? 世界でたった二人しかいない黒き魔法使いよ」
「……そんな肩書きはどうでもいいんですけどね。今回は俺の推薦で二人程入学させてほしい旨を伝えにきました」
「あなたの推薦なら、とても素晴らしい魔法使いなのですかな?」
「いや、魔法使いとしては二人は素人です」
「ほほう? ではなぜ推薦をなさるのですか?」
「その二人は俺の新しい家族なんです。それに心配しなくても、魔法の才能はありますから、しっかり教えこんであげれば、きっと素晴らしい魔法使いになりますよ」
マルクトは自信満々に言いきった。
「ほほう。それは楽しみですな」
そう言った学園長は何かを閃いたような顔でこう告げた。
「では、一つお願いしたいことがあるのですが」
「なんですか?」
「先日この学園の高等部の教師がいなくなってしまい、代役を探していたところなのですが」
なんだか無性に嫌な予感がした。
「よろしければ、この学園で教師をしていただけないでしょうか?」
「申し訳ないですが辞退させていただいてもよろしいでしょうか」
「えー、そこをなんとか」
学園長は、頭を下げて頼みこんできた。
求められること自体は悪い気しないんだが正直忙しいんだよ。
「そう言われても、俺だってこう見えて忙しいんです。学園の教師なんてやっている場合じゃないんです。学園の教師をすれば、研究所の方がおろそかになってしまいますからね」
学園長はマルクトに見えないように薄く笑みを浮かべ、
「世界でたった二人しかいないとされる黒ランクの魔法使いのあなたのような方に是非教鞭を執っていただきたいのです」
学園長は立ちあがりさらに続けた。
「あなた程の実力があれば、教職と研究の両立くらい簡単なのではありませんか?」
「いや、だから」
「そういえば、確かあなたの古い友人が現在教鞭を執っていましたね。彼の教職としての能力は一流です。さすがにあれほどの能力は求めていませんが。多少は彼に劣るにしたってそれでも黒ランク。実にほしい戦力ですね」
なんだと?
俺の力があいつに劣るだと?
だったら証明してやるよ。
そこまで言われたら黙っていられないよな?
いいさ、やってやるよ。
「やりましょう! やってやりますよ! 受け持った生徒が俺に一生服従したくなるぐらい、俺色に染めてやりますよ」
あいつに劣っていると言われるとか屈辱にも程がある。
ここは、あいつよりできるというところをこのじじいに見せつけて、このワイルドじじいに土下座させて、さっきの発言を撤回させてやる。
「そう言ってくださるとなんとも心強い。詳しい打ち合わせは後日、そうですね~一週間後なんていかがでしょう?」
「問題ありません」
そう言ってマルクトは学園長に挨拶をして帰って行った。
「彼がおだてられたり、煽られたりするのに弱いとは聞いてはいましたが、まさかこんなにあっさり行くとは。彼のお友達に聞いておいて正解でしたね」
学園長は更に呟く。
「彼がうちに来てくれれば本当に助かりますね。戦力は多いことに越したことはありませんから」
そう言った直後、学園長の不適な笑い声が部屋に響くのだった。
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