第12話 魔導王国マゼンタ3

 扉をノックする音が部屋に響く。

 その音が先程来るように伝えていたクリストファーが来た合図だと、マルクトはそう思った。


「入ってくれ」


「失礼します。どのようなご用件でございましょうか?」


「今回、居候することになったベルについてだ」


「お嬢様についてでございますか?」

 

 マルクトは少し間を開けて椅子に深く腰を落ち着かせながら、言った。


「実は、……彼女は魔王なんだ」


 マルクトは、今回の魔王討伐に向かった際に起きた出来事と彼女達を家に招き入れた理由を包み隠さずに話した。(帰りに酔ったこと以外)


「……驚きました。お嬢様が魔王ですか」


「そうだ。それなりの力は持っているが扱いきれていないようだった。彼女自身はあまり人と交戦したくないと言っているし、大丈夫だとは思うが、一応周りに知られないようにはする。クリスに話したのは、意見が聞きたかったからなんだ」


「といいますと?」


「俺の行動は自分で勝手に決めたことだから後悔はしていないが、周りからしたら、いずれこの世界に混沌をもたらすかもしれない魔王を俺が育てているようにも見えるだろう?」


「しかし、それでも旦那様は魔王ベルフェゴールを育てると言うのですね?」


「まぁな。俺にはむしろ、あの場所にベルを放置していた方がよっぽど良くないことになると思った。それなら、俺はベルがこの先、人間たちを憎み、滅ぼうと考えないようにすればいい。違うか?」


「いえ。私は旦那様の意見に賛成にございます。しかしながら、旦那様がおっしゃったように、良くないと考える者も、先代魔王に国を荒らされたグルニカの民も、反対する者もいるでしょう。まずは、ベル様の身元を偽証するように、手配致しましょう」


「頼む」


「一つ気になっていたのですが、お嬢様から妖気を感じなかったのは、旦那様が何かなされたのでしょうか?」


「ああ、彼女の妖気は俺の魔力で抑えこんでいる。一応俺が生きている限り、彼女の正体はばれないだろう」


「さようでございますか」


「というか、今更だが良いのか?」


「何がでしょう?」


「ベルをお前たちに相談せず、勝手に家に招き入れたことだよ」


「致し方ない状況だったのでしょう。それに旦那様の決めたことでしたら、私に反対する意思などございません。ではこれにて、失礼致します」


 そう言って、クリストファーは部屋を出ていった。

 あまり人に伝えるのは良くないが、クリストファーは信用できる。

 いざというときになった場合頼りになるだろう。

 だから先に、この件を伝えておくべきだとマルクトは感じたのだった。


「まったく。俺にはもったいない部下だよ」


 そんな独り言を呟き、仕事を再開しようとすると急に扉が開かれた。


「マルクト遊ぼう!」


 そこには、先程の話題の発端となった人物が入ってきた。

 あまりにも突然で、マルクトは驚いたが、


「悪いな、今忙しいんだ。後にしてくれないか?」


「嫌だ。今がいい」


「そう言われてもなぁ」


 そう言ってマルクトは机にたまった大量の書類を確認した。

 彼は魔王討伐でいなかった約三ヶ月、仕事を全くやっていなかった。そのため、マルクトのいないうちに、仕事がたまっていったのであった。

 マルクトは仕事を片付けようと奮闘するも、未だにその量は全くといっていいほど、減っていなかった。そのため、マルクトはここ数日まともに寝ていなかった。

 ベルはそんなことなど露とも知らず、


「遊んで遊んで遊んで」


 と駄々をはじめた。


「無理なものは無理なの」


 マルクトはため息をつきながら言った。

 だいたい遊べるものなら、マルクトも遊びたいのだが、そんなこと、あのクリスが許してくれる訳がない。仕方なく仕事に集中しているのであった。

 ベルは今にも泣き出しそうな様子で唸っていると、何か閃いたような顔になって、


「なら、魔法を教えて!!」


 突然そんなことを言い出した。


「魔法?」


「うん。私もマルクトみたいにすごい魔法使いになりたいの」


 いや忙しいと言っているのに、何故魔法ならいいと思ったのか?

 まったく子どもとはよく分からない。

 そう思い、断ろうとしたがベルと初めて会った時に、ベルが魔法を暴走させていたことを思いだした。

 もしもベルが俺のいないときに、興味本位で魔法を使おうとしてまた暴走したら、今度はこの家が吹っ飛ぶんじゃないのか?。

 そんな最悪な想像に頭を抱えながら、

(預かった身としては、彼女を育てるのも俺の役目か)


 そう考えたマルクトはベルに


「…分かった。一時間したら、仕事も一段落する。そしたら教えてやるよ」


 そう言った。


「やったー。約束だよ」


 ベルは手をあげて満面の笑みで喜び、部屋を出ていった。



ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー



 仕事を一段落終えた俺は、ベルを連れて庭に出ていた。

 ベルは魔法を教えてもらえるというのが嬉しいようで、はしゃいでいた。


「これから、まずは魔法学の基本を学んでもらう。まず魔法には、属性というものがある。炎属性、水属性、風属性、地属性、光属性、闇属性の六種類があって、この属性の適正がないと魔法は使えない。例えば、水属性の水刃という魔法は、水属性の適正がないと使えない。ベルに水属性がないなら、この魔法は使えないというわけだ」


 その説明を終えると、メグミが紅茶を持って来てくれた。

 メグミに感謝の言葉を伝えてから、メグミにもここに残るよう引き留めた。

 そして、ベルのほうを見ると、説明を終えたマルクトに、楽しそうな表情を向けていた。


「そんなことより私にはどんな属性があるの?」


 そんなことよりベルは自分にはどんな魔法の適正があるのかが知りたいようなのでメグミを呼んだ。


「今からそれを教えるから、メグミもやるぞ」


「私もですか?」


「当たり前だろう。お前にも魔法の才能があるかもしれないじゃないか? まずは二人とも、目を閉じろ」


 とりあえず、自分の中にある魔力を感じてもらうことが重要なので、目をつぶらせて、己の中にある魔力を感じて出た色を教えてもらうことにする。

 

 これは魔力感知魔法の初歩で魔力には本人の質と量を色で示すことができる。

 魔力感知(初歩)は教えれば誰でもすぐに使えるようになる無属性の魔法だ。

 魔力感知(初歩)によって、表示される色は黒、紫、青、赤、緑、黄、白の7段階が現在確認されている。

 この色によって、その人が使える魔法の属性の数が決まり、魔力の量は濃さによって決まる。

 黒なら6種類全部、紫なら5種類、青なら4種類、赤なら3種類、緑なら2種類、黄なら1種類で、白は魔法の使えない者たちである。

 白は魔法が使えないとは言っても、正確には魔法を使える程の魔力がないというだけだった。

 この魔力感知(初歩)は使うことが誰にでもできるのは別にこの魔法が、微量な魔力でも使えるという意味ではなく、魔力が足りなければ、少々の血を代償に魔力を生成して魔法を発動させているからであった。

 多少の魔力であれば、血を代償にしても、貧血程度にしかならないのでたいしたことではないのだが、やり過ぎると失血死する可能性もある。

 だから、白の人は、白だとわかってからは、基本的に魔法を使わせることはない。

 なぜならそれは、文字通り命を削ることと同じなのだから。


「という訳でこの魔力感知(初歩)が安全なことがわかったところでいざ実戦といくか?」


 メグミとベルは未だによくわかっていない様子だったが、とりあえず考えるな感じろという昔友人がよく言っていた言葉に則ってやらせてみた。


 計測結果はベルフェゴールは濃い紫で、メグミはピンク(薄い赤)だったらしい。


 ちなみに普通は白か黄が多い。

 メグミは以外と魔法の才能があるみたいだ。

 ベルフェゴールの濃い紫という結果にも驚いた。

 まだ子どもとはいえさすがは魔王。

 そんなに魔力があるとは俺も思っていなかった。

 成長したらとんでもない魔法使いになってしまうな。

 育て方には気をつけよう。

 マルクトはそう思うのであった。

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