第6話 魔王少女5

 話を聞いた俺は、シズカの死が、大天使サリエルが来たために起きた出来事であったことを聞き、魔王はむしろ被害を被った側であることを理解した。

 一応嘘をついていないことは、嘘を見抜く魔法で確認済みである。


「シズカがベルを守って死んだことはわかった。だが、魔王を放置なんて出来ないぞ。それに、ここにいては、サリエルにばれるんじゃないのか?」


「おっしゃる通りです。ですからあなたの知恵をお借りしたいのです」


「俺の?」


「はい。ベルフェゴール様は未だに、魔法を上手く使えません。このままでは大天使が再び来た場合、間違いなく敗北するでしょう」


 俺は、紅茶を飲みながら、カトレアに続きを促す。


「そのうえ、貴方のように強い人間が魔王討伐に乗り出した場合、戦力が乏しいのです」


 そりゃそうだ。

 俺がその気になればこの二人を始末するのは容易い。

 それをしないのは、昨日のこともあるが、一番はシズカが命をとして守ったベルを倒す気にはなれなかっただけなのだ。 

 俺がそんな風に、どうすればいいのか考えていると、魔王の部屋の扉が開かれる。

 そこに立っていたのは、槍を持った2mを越える筋肉質な体をしていた山羊のような角を生やした魔族だった。


「魔王様ご無事でございましょうか?」


「メレク様、どうかなさったのですか?」


「カトレア殿、魔王討伐を掲げた魔法使いが、この階層に来ませんでしたか?」


 そう言って周りを見渡すメレクという悪魔と目があった。


「魔王様、なぜ人間などと、呑気にお茶を飲んでおるのですか」


 メレクは俺のもとまでやって来て、


「我々の同胞はこやつに殺されたのですよ。まだ人間等と心が通わせられると信じておられるのですか?」


 俺を指さしてそう言った。


「もちろん。だって、私はマルクトと友達だ」


 ベルは満面の笑みでメレクに答える。

 メレクはその言葉に震えながら、


「その友達一人を作るために、我々の同胞は何人も殺されたのですよ。それなのに、仕返しもせずに同胞を殺した相手とのんびりとお茶を飲んでいるなんて…貴方など魔王の風上におけない。……そもそも貴様さえいなければ、魔王様が死ぬことはなかったのだ」


 メレクはそう言うと、ベルに向かって持っていた槍で突き刺そうとしてきた。

 一連の動作を見てメレクの異常な雰囲気に警戒していた俺は、急いで結界魔法を発動した。

 しかし、メレクの槍は結界の前に立った人物を貫いた。


「カトレアー!」


 ベルは刺された人物の名前を叫んだ。

 カトレアが主の危機を感じ取って身を挺して庇ったのだ。

 メレクは結界とカトレアに防がれた無傷のベルを見て、舌打ちするとカトレアを乱暴に床に投げ捨てる。

 真紅の液体が投げとばされたことによって彼女の腹部から床に飛び散った。

 そんな光景を見たベルは急いでカトレアの元に駆けつける。

 ベルは絶望にうちひしがれた顔でメレクを見つめる。


「どう……して」


「貴様のせいだ、ベルフェゴール。貴様が人間なんかと仲良くしようと考えなければ、カトレア殿も死ぬことはなかっただろう。全部貴様のせいだ。魔王ベルフェゴール!!」


「いや、違うだろ。カトレアが死んだのは、カトレアを殺したお前が悪い。同胞が俺にやられただって?

わざわざ忠告したにも関わらず攻撃してきたのはそっちだろ? 俺は、身にかかる火の粉を払っただけだ。どこにベルが悪い要素がある?」


 メレクは席から立ち上がり、口を挟む俺をにらんだ。

 さっきから黙って聞いてりゃ言いたい放題だな。


「それに、お前らの野蛮な考えより彼女の考えの方が俺的には好きだな」 


「人間風情が知った口を聞くなー!」


 マルクトの言葉に怒りを抱いた、メレクは再び槍を構えて、今度はマルクトに槍で攻撃する。 

 しかし、その槍がマルクトに届くことはなかった。

 なぜなら、メレクの体のあちこちに1m程の鋭く細い氷柱が20本刺さっていたからだ。


「お前程度の悪魔じゃ俺に近寄ることもできずに死ぬ。そんな実力差もわからずに、俺に喧嘩を売った時点でお前等の負けなのさ」


 メレクを倒したマルクトはベルにむきなおる。


「いいかベル、お前はその考えを絶対に変えちゃ駄目だぞ。人間と心を通わせるなんて素晴らしい考えじゃないか。俺はその考えを支持する。だが、その考えを変えてお前が人を襲うなら、俺がお前の敵になっちまう。……俺はできれば友達と戦いたくないからな。」


 マルクトはベルの頭を撫でながら、ベルに自分の意志を告げる。

 マルクトの言葉にベルは泣きながら何度もうなずく。

 そして、マルクトはカトレアの状態を確認した。


「カトレアの息はあるが結構重症だな。助けるにはおそらく超回復魔法しかないだろう。だけど、あれは魔物の妖気をかきけす光属性の究極魔法だ。つまり無事治っても、カトレアは人間になっちまう。それでもいいのか?」


 マルクトの問いかけに


「ベル様のお役にたてるのなら、人間の身になっても構いません。こんなところで死ぬ訳にはいかないのです」 


 カトレアは弱々しい声で、そう囁く。


「マルクト頼む。お願いだから、カトレアを助けてくれ。なんでも言うこと聞くから。」


 ベルは俺に泣きながら、懇願してくる。

 マルクトは返事の代わりに、ベルにうなずき、超回復魔法を発動させた。

 超回復魔法は相手の命がある限り、全回復する光属性の究極魔法だ。

 本来魔物に光属性の魔法を使用した場合、魔物の妖気どころか存在ごと消し去る程相性が悪いのだが、超回復魔法に関しては、妖気は消し去るものの命は保てる可能性があった。

 しかし、当然術者の技量次第で死ぬ可能性もある。



 時間にして数分だったのかも知れない。

 しかし、マルクトにとってのこの数分は、自分の全神経を魔法に集中させていたため、まるで数時間のようにも感じられた。

 カトレアの体が金色に光輝き、その光が消えた。

 マルクトの治療が終わったのだ。

 その結果、カトレアの背中にあった黒い羽は消え、彼女の心にぽっかりと空いた穴も消えていた。

 カトレアの呼吸も安定して来ており、大丈夫だとわかると、マルクトは急激に肩の力が抜けるような感覚に襲われた。

 

 こんなに働いたのいつ以来だろう。

 マルクトは、そんなことを考えながら意識が遠のくのを感じていた。

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